2日間、東京やらでのんびりしたせいで、今日は朝から忙しい。まだまだ終わらない。この後はサッカーが始まる。(今日はいいか)クリスマスカードをサッカー仲間やお友達に送っているが、手作りなのでかなりきついものがある。ああ、今年も仕事をしたなぁ。それが終わると焼き菓子つくり。これもやはり予想よりも多い。これが終わらないと、義理が済まない。でも、小麦粉をこねるのは、陶芸のようで面白い。ああ、これをしていたので、うまく土を棒状にできたんだなぁ と思った。お菓子つくりも15年を越える。なんでもやってみるものだ。
あさドラの会話がなかなかいいなぁ と思う。陶芸の先生も同じようなことを言っていた。物を作るということは、それを見て(食べて)喜んでくれる人の笑顔を想像しながら作ることだろう。だから、細かいところも丁寧になる。手を抜けば、焼きあがると正直に出てくる。初めて作るときには、どうなるか不安だ。「不安を楽しみながら、焼き上がりを待つ」だっただろうか、今朝の朝ドラの言葉は。
「不安を楽しむ」か。「不安」は悪いものだと思うのがいけない気がした。「寂しくてはいけないかい?」という神父さんのことば。そうだよね、今の世の中、「不安」がないわけがない。でも、そこからは何も生まれない。その時になったら考えればいい。「不安」でばかりみていると「不安」のほうへいってしまう。だから「楽しい」ことを考えよう。3年後、5年後の夢でも見ようか。(生きているかどうかわからないなんて考えずに)
同じ方向を見て(人のためになることのために生きる)歩いていけばいいのではないだろうか。どこかで糸がつながっているようだ。小麦粉が陶芸の土につながることもあるのだから。思わぬことが思わぬことにつながるかもれない。なんでも楽しんでみよう。