季節は晩秋へ動くという。毛布を厚手のに変えないと寒いようだ。炬燵布団の準備やら結構忙しかった。空に近かった冷蔵庫もすこし食物が入った。
不足しいていた食品をスーパーへ買い物に行くときに思った。二人の食卓といって朝晩はずっと食事を二人分用意をしている。ランチマットをだして二人分ご飯もお味噌汁もおかずも並べている。こんな時に私が急に具合が悪くなったら、見に来てくれた人はびっくりするかもしれないと思うこともある。「だれがいたの!?」と。(笑)それは、食生活をきちんとしていける大事な習慣になった。道の駅へ安くて新鮮な野菜を買いに行って工夫して料理を作る。そんな日々が私の体を健康にしていったようだ。ひとの身体は口から入るもの以外からはできていかないというから。
もと夫と暮らしているときも忙しくても料理はしていた。文句も言わずよく食べてくれた。今よりも経済的にははるかに恵まれていたので、デパ地下に日曜日にはおいしいものを買いに出かけられた。「今日は、なににしようかな?」と献立を考えられることが、とてもしあわせなことだったとしみじみ思う。料理を食べてくれる相手がいるということはしあわせなことだ。それはもと夫に感謝している。そして、いまの二人の食卓の相棒にも。
そんなこと考えても見なかったけど、日常の中にあるささやかなしあわせってこんなことなのかなぁと思う。「料理」はやはり愛情なのだろうと思うのは、おばあさんだからかな。まぁ、おばあさんでもいっか。感謝が増えるということは。