今日は所用があり岡山市にやってきた。
所用の前にまずは神社仏閣巡り開始。
所在地:岡山県岡山市北区金山寺481
宗派:天台宗
御本尊:千手観音菩薩
創建:伝・天平勝宝元年(749)
開基:伝・報恩大師
札所:報恩大師備前四十八ヶ寺
【縁起】
寺に伝わる室町時代の成立の金山観音寺縁起によれば、
当寺は奈良時代の天平勝宝元年(749)に報恩大師が、孝謙天皇の勅命により開創し、
後に報恩開創の備前四十八箇寺の根本道場となったという。
創建当時は法相宗に属し、裏山の三鈷峰に建てられていた。
御本尊として報恩大師自作の千手観音が安置されたと伝わっている。
延久元年(1069)焼失、平安時代末期の康治元年(1142)に現在地に移された。
嘉応年間(1169-1170)に宋より帰国した栄西により、
護摩堂等が建てられ宗派も天台宗に改めら、この時に院号を遍照院とした。
鎌倉時代には将軍家の祈祷所となっている。
戦国時代の文亀元年(1501)金川城主の松田氏は金山寺に対し、
自身の信奉する日蓮宗への改宗を迫った。
寺院側はこれに応じなかった為、松田氏は寺院を焼き払い堂宇は灰燼に帰した。
その後、伯耆国大山寺より法印円智が来山し、
松田氏を滅ぼした宇喜多直家の援助を得て、
天正3年(1575)に本堂・護摩堂を再建した。
宇喜多氏の庇護下、備前国の寺社総管として優遇された。
江戸時代になると岡山藩主池田光政により、
寺社総管から備前国天台宗総管に改められた。
平成24年(2012年)12月24日、本堂が火事で全焼した。
【遠景】


めちゃくちゃ長閑な場所にお寺はあります。
めっちゃ癒されるわ~。(^^
ここから三重塔が見えて良い景色です。
【山門】

絶賛工事中。
かなりくたびれた印象。
山門手前に縦列駐車で3台分は停めれますが、
転回がちょっと苦しい狭さですね。
【仁王】


【無料駐車場】

あの広場に車を停めた方がいいと思います。
【参道】

【護摩堂】



まず最初にあるのが護摩堂です。

不動明王は厨子に安置されているようで、
直接お目にかかれませんでした。
【石段】


奥にお堂と三重塔が見えてきました。
【仮本堂】


堂内は何とも質素なものですが、
平成24年の火災により重文の本堂と秘仏の御本尊が消失したとか。


写真と寄付のお願いの看板がありがあり、
とても痛々しい気持ちになりました。
本当に残念ですね。
私も少しばかりですが協力させていただきました。
【境内】

三重塔に続く石段。
【鎮守社】

【開山堂】



【三重塔】

いよいよ三重塔が目の前に。


岡山には立派な五重塔や三重塔が多いですが、
こちらの三重塔も渋くて素晴らしいものです。


どっから見ても渋いですね。
天明3年(1788)建立されたもの。
【大日如来】

三重塔の御本尊大日如来が祀られていました。
【風景】

めっちゃ長閑でしょ。
これでも一応岡山市内です。(笑)
京都市内の北区と同じく田舎ですわ。
【境内】

元々あった本堂跡です。
【庫裏】


【客殿】

【蔵】

【玄関】

【客殿護摩堂】



ちょうど帰ってきたご住職に御朱印をお願いすると、
客殿を案内していただいた。
ありがたい。
【中庭】

【御朱印】



御朱印は境内に鎮座する最上稲荷の御朱印を含め五種類ありました。
普通なら全部いただくのは節操が無いのでいただきませんが、
ご住職の押しが強かったので全部いただきました。
少しでも本堂を再建する費用が欲しいという思いが伝わってきました。
その気持ちはよく分かります。
【御朱印帳】

オリジナル御朱印帳がありました。
金山観音寺には600年以上続く伝統行事の金山寺会陽(はだか祭り)があり、
今年は2月1日(土)21時過ぎ頃より開催されます。
はだか祭りといえば岡山の西大寺が有名ですが、
このお寺にもあるとは知りませんでした。
私は男と裸でぶつかり合うのは全く受け入れられないので、
参加することはないですが、ご興味のある方はどうぞ。
【最上稲荷】

金山寺の境内には小さな神社が鎮座しております。
ちょっとしんどそうな石段があるが行ってみましょう。


やっぱりしんどい。(^^;
この石段と地味な印象なので、
神社に参る人はほとんどいないようです。

うーむ、なんとも寂しい境内です。


これはカワウソのような風貌してますね。(笑)

本殿。

境内社。
【御朱印】
所用の前にまずは神社仏閣巡り開始。
所在地:岡山県岡山市北区金山寺481
宗派:天台宗
御本尊:千手観音菩薩
創建:伝・天平勝宝元年(749)
開基:伝・報恩大師
札所:報恩大師備前四十八ヶ寺
【縁起】
寺に伝わる室町時代の成立の金山観音寺縁起によれば、
当寺は奈良時代の天平勝宝元年(749)に報恩大師が、孝謙天皇の勅命により開創し、
後に報恩開創の備前四十八箇寺の根本道場となったという。
創建当時は法相宗に属し、裏山の三鈷峰に建てられていた。
御本尊として報恩大師自作の千手観音が安置されたと伝わっている。
延久元年(1069)焼失、平安時代末期の康治元年(1142)に現在地に移された。
嘉応年間(1169-1170)に宋より帰国した栄西により、
護摩堂等が建てられ宗派も天台宗に改めら、この時に院号を遍照院とした。
鎌倉時代には将軍家の祈祷所となっている。
戦国時代の文亀元年(1501)金川城主の松田氏は金山寺に対し、
自身の信奉する日蓮宗への改宗を迫った。
寺院側はこれに応じなかった為、松田氏は寺院を焼き払い堂宇は灰燼に帰した。
その後、伯耆国大山寺より法印円智が来山し、
松田氏を滅ぼした宇喜多直家の援助を得て、
天正3年(1575)に本堂・護摩堂を再建した。
宇喜多氏の庇護下、備前国の寺社総管として優遇された。
江戸時代になると岡山藩主池田光政により、
寺社総管から備前国天台宗総管に改められた。
平成24年(2012年)12月24日、本堂が火事で全焼した。
【遠景】


めちゃくちゃ長閑な場所にお寺はあります。
めっちゃ癒されるわ~。(^^
ここから三重塔が見えて良い景色です。
【山門】

絶賛工事中。
かなりくたびれた印象。
山門手前に縦列駐車で3台分は停めれますが、
転回がちょっと苦しい狭さですね。
【仁王】


【無料駐車場】

あの広場に車を停めた方がいいと思います。
【参道】

【護摩堂】



まず最初にあるのが護摩堂です。

不動明王は厨子に安置されているようで、
直接お目にかかれませんでした。
【石段】


奥にお堂と三重塔が見えてきました。
【仮本堂】


堂内は何とも質素なものですが、
平成24年の火災により重文の本堂と秘仏の御本尊が消失したとか。


写真と寄付のお願いの看板がありがあり、
とても痛々しい気持ちになりました。
本当に残念ですね。
私も少しばかりですが協力させていただきました。
【境内】

三重塔に続く石段。
【鎮守社】

【開山堂】



【三重塔】

いよいよ三重塔が目の前に。


岡山には立派な五重塔や三重塔が多いですが、
こちらの三重塔も渋くて素晴らしいものです。


どっから見ても渋いですね。
天明3年(1788)建立されたもの。
【大日如来】

三重塔の御本尊大日如来が祀られていました。
【風景】

めっちゃ長閑でしょ。
これでも一応岡山市内です。(笑)
京都市内の北区と同じく田舎ですわ。
【境内】

元々あった本堂跡です。
【庫裏】


【客殿】

【蔵】

【玄関】

【客殿護摩堂】



ちょうど帰ってきたご住職に御朱印をお願いすると、
客殿を案内していただいた。
ありがたい。
【中庭】

【御朱印】



御朱印は境内に鎮座する最上稲荷の御朱印を含め五種類ありました。
普通なら全部いただくのは節操が無いのでいただきませんが、
ご住職の押しが強かったので全部いただきました。
少しでも本堂を再建する費用が欲しいという思いが伝わってきました。
その気持ちはよく分かります。
【御朱印帳】

オリジナル御朱印帳がありました。
金山観音寺には600年以上続く伝統行事の金山寺会陽(はだか祭り)があり、
今年は2月1日(土)21時過ぎ頃より開催されます。
はだか祭りといえば岡山の西大寺が有名ですが、
このお寺にもあるとは知りませんでした。
私は男と裸でぶつかり合うのは全く受け入れられないので、
参加することはないですが、ご興味のある方はどうぞ。
【最上稲荷】

金山寺の境内には小さな神社が鎮座しております。
ちょっとしんどそうな石段があるが行ってみましょう。


やっぱりしんどい。(^^;
この石段と地味な印象なので、
神社に参る人はほとんどいないようです。

うーむ、なんとも寂しい境内です。


これはカワウソのような風貌してますね。(笑)

本殿。

境内社。
【御朱印】
