まど・みちおさんの詩集「うちゅうの目」は長年の作品の中からのベスト版のようなものだけれど、柴田トヨさんの「百歳」は白寿を記念して出版された前作「くじけないで」後の作品を載せた、まさしく百歳の詩集です。
さすがに詩の本数は多くなくて、来し方の聞き書きや短歌などが含まれています。
たとえば、こんな歌。
カレンダーに医師の来る日の赤印
気持安らぎ会話たのしく
さまざまな事がありたる九十年
しっかり私生きてきました
我が余生幾とせなるのか知らねども
年あらたまりシクラメン紅し
友よりの電話うれしくお互いに
からだのことを気遣い終わる
淋しいと思えば淋しくなってしまう
だから元気なふりをしている
九十八夢のごとくに過ぎてきて
新年静かに迎える我は
叶うなら夢で会いたし彼の人に
ひめたる思い告げてみたりき
「きれいにしていたいの」と鏡と口紅を手元に置いているというトヨさんは1911年、明治44年生まれです。
西暦でいうとピンとこないのですが、私の母も明治44年生まれでした。もう30年近く前に亡くなっています。
コンパクトを開いて、おしろいをはたく母の姿は覚えています。
ところが、口紅を塗った母の顔は記憶に残っていないのです。