今朝の新聞より
言葉は生きもの、時代ごとに使われ方や意味が変わるのは世の常と言われておりますので
こういうのを見る都度 「へ~~」「なるほど」と感心したり学びになったり、
でもときどきは(それでいいのかな?)と思ったり。
ただ 誰かが違和感を唱えても多くの人がそれでいいと言えば常識になるのが民主主義。そしてそこには時として感情的な要素が強く働いていることがあるようにも思います。
ということで 難クセをつける気などサラサラありませんが個人的な意見としてひとつだけ…
「まったり」という言葉は 私の中では上記の意味ではなく
食べものの味わい、特に深くてコクがある まろやかな食味を表現する言葉として位置付けられています。それは某グルメ漫画の影響かと思いますが。
たとえば 直近の日曜夕食当番の画,
「イカのニンニクバター炒めがまったりとして美味しゅうございました。海原雄山先生もご満悦でしょう・・・」
といった感じで。
正しい言葉の使い方は大事だと思います。
一方で新しい使い方も柔軟に受け入れていかねば…とも思います。
そういう使い方、好きじゃないなぁ・・・ と思ったら自分が使わなきゃいいだけでしょ?人が使っててもとやかく言わないでよ!
というのが昨今の傾向ですよね。
「みんな違ってみんないい」 とか、
「個性を尊重する」
「多様性を認める」 って そういうことなんでしょうか? (・。・)?
難問ですな。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます