土日当直の1日目は、3人入院ぐらいでボチボチ過ぎていってます。
敬老会を隣でやっていました。
60歳になったので、もしかしたら、何か貰える権利が有るかと思って行ってみましたが、75歳以上からでした。
敬老の権利まで生きられるかどうか、まだまだなかなか、心配です。
第11番霊場からは、ぶらぶらと歩き始めてすぐ、少し道が広くなったような広場に、大串バス停のログハウス様の小屋が有ります。
バスを待つのは、1匹だけでした。(写真クリックしてください、ゴジラの土手も少し近くなりました。)
丁度その前に、第12番霊場大串バス停待合所前のゴミ箱が有りました。
ここの蓋も金網状になっていましたし、左横には傍塚様のブロック囲いも付属していました。
側面には大串湾がずっと広がり、ここに沿って半円を描くように第18番霊場まで歩きます。
大串地区は、たぶん奈留島でも、人々が最初に(早ければ縄文時代)住み着いた所だと思います。
良港と付近の豊富な魚場に助けられ、そこそこに生活できるぐらいの繁栄を、ずっと続けていたようですね。
地区内での血縁も濃いが、その反面、北海道まで漁に出かけ魚と共に嫁さんも獲ってきたような人もいて、奈留島内でも 「大串もんは、アバラが1本少ない。」 と、奈留の他の地区の人とは違うと思われているようです。
確かに、大串の人はいつも喧嘩しているような喋り方で、声は大きいし、人の言うことはあまり聞きません。 ですが、馴染んでしまうと、なかなか人情味あふれて、親切で、暖かな味のある人が多いと思います。