ハッチがいた日常

夫は病死、仕事も辞めて被災猫ハッチと暮らしたけれど、10年で終わってしまった。これからは本当の一人暮らしの日々。

代々木の魚籠庵

2009年09月23日 10時20分55秒 | 日常

 昨日は、老猫を団地暮らしのときからよく知っている友人Sさんと私たち夫婦の3人で、久しぶりに飲み会をしました。

 Sさんも去年仕事を辞めたそうで、びっくりしました。

 さらに驚いたのが、魚籠庵にいつもの板長、中台さんがいなかったことでした。見知らぬおじさんがいたので、きっと連休だけのピンチヒッターだろうなんて思っていました。そして夫も私もSさんも杯を重ねて酔っ払ってきてしまい、その状態で店を出たのでした。

 私も相当飲んだのかな・・・。といっても最近はそんなに飲まなくても酔ってしまうのです。年のせいですね。生ビールから日本酒、栗焼酎といろいろ。メニューも昔と違っていて、不思議といえば不思議でした。いつものおでんも品数が前と違う・・。

 新宿の駅を京王線に向かう途中のキハチで私はどうも、ソフトクリームを食べたような・・。翌朝のコーンの紙で思い出しました。帰りは二人で高尾まで乗り過ごして引き返すという有様。酔っ払い夫婦です。

 夫が魚籠庵を出る間際に、中台さんの急逝を教えてもらったのでした。

 あの創意工夫の素晴らしい料理をもう二度と食べることができないのです。彼はとてもいい腕をしていました。ああ、トマトのおでんを食べておけばよかった!

 今も信じられません。就寝中の突然死だそうです。42歳、家族を残して・・・。確か、デジカメで撮った写真があったのでは・・。1年ぶりに店に行ってこんなことになっているとは。本当にショックでした。

 PCには魚籠庵や中台さんのデジカメの画像、見つけられず、CDRに保存しておいたデータバックアップ用の中にやっと見つけました。42歳で急逝してしまった中台さんの写真です(撮影時は2002年8月。でも、お姿はその当時と全然変わっていなかったと思います)。あなたの腕と味を惜しむ人たちはたくさんいます。ご冥福をお祈りします。

コメント (3)
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