ここ一両日、何て事はないほんのちょっとした出来事なのだが、私にとって嬉しいサプライズが続き、一人で“にんまり”とほくそ笑んでいる。
昨日の出来事だが、いつも食材を配達してくれる御用聞きの男性が私宛に“とある”プレゼントを持参してやって来た。
そのプレゼントとは今時流行りのポイント制度上の一サービスに過ぎず、誰しもが点数に達した時点で自動的にその恩恵に与れるシステムだ。 それでも、私としては心ウキウキとその包装紙を開いた。
そうしたところ入っていたのは、私の「還暦祝い」の粗品だった。
昨月60歳を迎えた私だが、実は公然と「還暦祝い」を頂戴したのは今回が初めてである。
さすがに実母からは既に祝い金をもらっているが、その他一切の祝いの品はもちろんのこと、一言の「お祝いの言葉」すら家族を含め何処のどなたからも届いていない身だ。
そりゃそうだろう。 今の時代、個人情報保護制度が厳格化している影響で、よほど深い付き合いにでも発展しない限り、日頃お付き合いのある人に年齢を明かさないのが一般的であろう。 そういう理由で、まさか付き合いの浅い人物が、私が還暦を迎えたなどとは露知らない事と認識している。
別の側面観点からだが、実際問題今時の60歳などまだまだ若気の至りの年齢層だ。 「還暦」なる言葉すらが形骸化している時代背景でもあろう。
そんなこんなで私に限らず誰しもが「還暦」など空気のごとく通り過ぎ、未だそれぞれの青春を謳歌されている事と想像する。
一方、私自身が自分なりの“節目”としてこの「還暦」を通過したく考えていた。 その一環として、既に自分自身で「還暦祝いフォトブック」を作成し手元に保存している。 おそらく後20年、30年経過して未だこの身が現世に持ちこたえていた場合、(あの頃は未だ青春だったなあ。)と自ら感慨深く振り返る事が叶うと目論んだのだ。
それにしてもたとえポイント還元だったと言えども、昨日某業者が届けてくれた「還暦祝い粗品」に改めて我が「還暦」通過を意識させてもらえた事に、心ウキウキ気分の単細胞の私だ。
以上のように先月「還暦」を迎えたばかりの私を、3年程前より全面的に信頼し慕ってくれている人物が存在する。
それは娘でも実母ではなく、(まさか亭主でもなく)、義母だ。
もちろん、我が娘も実母も(亭主も)今後に至って私の支援を期待している事は判断が付いている。
ところが、義母の私に対する期待ぶりは確かに“最高位”に位置付けていると私自身が評価可能なのである。
と言うのも(私が言っても何なのだが)、さすが実業家として一族を支えて来た義母には、人の適性を判断する能力が備わっていると私側も判断する故だ。
片や(若輩の娘は未だ評価に及ばない存在だが)、公務員を定年まで全うした事を自負し続けている実母など、その“日和見主義”の実態とは甚だしいものがある。 娘であるこちらが少し親切な言葉をかけてやればいい気になるし、そうでない場合娘の私相手に平気で悪態を突いて来る…。 その単純かつ体たらくぶりで、今後の被介護生活を一体どうやって潜り抜けるのか、実娘として実母の“アホさ加減”に辟易とさせられ続けているのだ。 実際問題、たかが一地方の公務員を定年までやり遂げ地元過疎地では周囲からヘーコラしてもらえていると言ったところで、一体全体現役時代にどの程度の実力を身に付けられたのだ?と、電話で実母と話す都度、娘としていつも問いたくなるのだ…
元実業家かつ人を見る目に於いて“目利き”の義母こそが、亭主との見合い晩婚相手として私を推薦してくれた張本人だ。
当時流行りの、4高(高学歴・高身長・高収入・高地位)との見合い晩婚に私があり付けたのは、義母こそが「この女性こそが自分の“行き遅れ”息子のお相手に一番相応しい!」と頑張ってくれたからに他ならない。
要するに、当時女性に対してさほどのポリシーがなかった亭主としては、結婚相手の女など誰でもよかったとの事であろう。 その総合判断を義母に任せた挙句の果てに巡り合ったのがこの私である。
まあそうだとしても、見合いにて知り合った亭主と、確かに学問分野に於ける会話が何とも活気付いた事か! 私のたっての願いで、後に娘の名前を古代ギリシャ哲学から引用するに至っているが、それに真っ先に同意してくれたのも我が見合い結婚相手の亭主だったとのいきさつだ。
さてさて、そんな義母が現在要介護の身に陥り、高齢者有料介護施設にて暮らす立場にある。
義母が度々、嫁である私に電話を掛けて来ては様々な要求をして来る。
それに日々応えつつその要求に応えているのだが、昨日の電話で義母が私に告げた言葉に、何故かプラスの意味合いで引き込まれ嬉しい感覚に陥った。
「○子さん(私の事)って確か私より年下だったと思うのだけど、時折どういう訳か私の“お姉さん”のような気がする事があるの。 やっぱり自分がボケたせいかと考え直したりもしながら、今の私にとって○子さんはどうしても私の“お姉さん”なのよ。」
まさに、「お義母さん、ありがとうございます!」と御礼を申し上げるしかない程の私に対する最高の“褒め言葉”と受け取った!
海千山千の雑多な人生を歩んで来た私だが、確かに過去に於ける民間企業の係長経験や、高校現場の教員経験、更には一番長く厳しい道程だった娘のサリバン先生経験が、今になって大いに生きていると私自身も分析するのだ!
それらの経験なくしては、私は今現在、恥ずかしながらも義母や実母の介護支援に難儀し、周囲に不平不満ばかりをぶちまけていたのではなかろうかと振り返る。
お義母さん、これからも一生私を「お姉さん」として慕って下さいね。 必ずやその使命を喜んで果たし続けます!
昨日の出来事だが、いつも食材を配達してくれる御用聞きの男性が私宛に“とある”プレゼントを持参してやって来た。
そのプレゼントとは今時流行りのポイント制度上の一サービスに過ぎず、誰しもが点数に達した時点で自動的にその恩恵に与れるシステムだ。 それでも、私としては心ウキウキとその包装紙を開いた。
そうしたところ入っていたのは、私の「還暦祝い」の粗品だった。
昨月60歳を迎えた私だが、実は公然と「還暦祝い」を頂戴したのは今回が初めてである。
さすがに実母からは既に祝い金をもらっているが、その他一切の祝いの品はもちろんのこと、一言の「お祝いの言葉」すら家族を含め何処のどなたからも届いていない身だ。
そりゃそうだろう。 今の時代、個人情報保護制度が厳格化している影響で、よほど深い付き合いにでも発展しない限り、日頃お付き合いのある人に年齢を明かさないのが一般的であろう。 そういう理由で、まさか付き合いの浅い人物が、私が還暦を迎えたなどとは露知らない事と認識している。
別の側面観点からだが、実際問題今時の60歳などまだまだ若気の至りの年齢層だ。 「還暦」なる言葉すらが形骸化している時代背景でもあろう。
そんなこんなで私に限らず誰しもが「還暦」など空気のごとく通り過ぎ、未だそれぞれの青春を謳歌されている事と想像する。
一方、私自身が自分なりの“節目”としてこの「還暦」を通過したく考えていた。 その一環として、既に自分自身で「還暦祝いフォトブック」を作成し手元に保存している。 おそらく後20年、30年経過して未だこの身が現世に持ちこたえていた場合、(あの頃は未だ青春だったなあ。)と自ら感慨深く振り返る事が叶うと目論んだのだ。
それにしてもたとえポイント還元だったと言えども、昨日某業者が届けてくれた「還暦祝い粗品」に改めて我が「還暦」通過を意識させてもらえた事に、心ウキウキ気分の単細胞の私だ。
以上のように先月「還暦」を迎えたばかりの私を、3年程前より全面的に信頼し慕ってくれている人物が存在する。
それは娘でも実母ではなく、(まさか亭主でもなく)、義母だ。
もちろん、我が娘も実母も(亭主も)今後に至って私の支援を期待している事は判断が付いている。
ところが、義母の私に対する期待ぶりは確かに“最高位”に位置付けていると私自身が評価可能なのである。
と言うのも(私が言っても何なのだが)、さすが実業家として一族を支えて来た義母には、人の適性を判断する能力が備わっていると私側も判断する故だ。
片や(若輩の娘は未だ評価に及ばない存在だが)、公務員を定年まで全うした事を自負し続けている実母など、その“日和見主義”の実態とは甚だしいものがある。 娘であるこちらが少し親切な言葉をかけてやればいい気になるし、そうでない場合娘の私相手に平気で悪態を突いて来る…。 その単純かつ体たらくぶりで、今後の被介護生活を一体どうやって潜り抜けるのか、実娘として実母の“アホさ加減”に辟易とさせられ続けているのだ。 実際問題、たかが一地方の公務員を定年までやり遂げ地元過疎地では周囲からヘーコラしてもらえていると言ったところで、一体全体現役時代にどの程度の実力を身に付けられたのだ?と、電話で実母と話す都度、娘としていつも問いたくなるのだ…
元実業家かつ人を見る目に於いて“目利き”の義母こそが、亭主との見合い晩婚相手として私を推薦してくれた張本人だ。
当時流行りの、4高(高学歴・高身長・高収入・高地位)との見合い晩婚に私があり付けたのは、義母こそが「この女性こそが自分の“行き遅れ”息子のお相手に一番相応しい!」と頑張ってくれたからに他ならない。
要するに、当時女性に対してさほどのポリシーがなかった亭主としては、結婚相手の女など誰でもよかったとの事であろう。 その総合判断を義母に任せた挙句の果てに巡り合ったのがこの私である。
まあそうだとしても、見合いにて知り合った亭主と、確かに学問分野に於ける会話が何とも活気付いた事か! 私のたっての願いで、後に娘の名前を古代ギリシャ哲学から引用するに至っているが、それに真っ先に同意してくれたのも我が見合い結婚相手の亭主だったとのいきさつだ。
さてさて、そんな義母が現在要介護の身に陥り、高齢者有料介護施設にて暮らす立場にある。
義母が度々、嫁である私に電話を掛けて来ては様々な要求をして来る。
それに日々応えつつその要求に応えているのだが、昨日の電話で義母が私に告げた言葉に、何故かプラスの意味合いで引き込まれ嬉しい感覚に陥った。
「○子さん(私の事)って確か私より年下だったと思うのだけど、時折どういう訳か私の“お姉さん”のような気がする事があるの。 やっぱり自分がボケたせいかと考え直したりもしながら、今の私にとって○子さんはどうしても私の“お姉さん”なのよ。」
まさに、「お義母さん、ありがとうございます!」と御礼を申し上げるしかない程の私に対する最高の“褒め言葉”と受け取った!
海千山千の雑多な人生を歩んで来た私だが、確かに過去に於ける民間企業の係長経験や、高校現場の教員経験、更には一番長く厳しい道程だった娘のサリバン先生経験が、今になって大いに生きていると私自身も分析するのだ!
それらの経験なくしては、私は今現在、恥ずかしながらも義母や実母の介護支援に難儀し、周囲に不平不満ばかりをぶちまけていたのではなかろうかと振り返る。
お義母さん、これからも一生私を「お姉さん」として慕って下さいね。 必ずやその使命を喜んで果たし続けます!