本日のエッセイは、昨日公開エッセイ <「死にたい」は「することが無い」と同義語かと感じる…> の続編の形となるが。
そう言えば表題の通り、義母の後世依存は早かった。
今思い起こすに我が娘が小5の春頃に、義母は自分の長女(私にとっては義理姉)と二世帯住宅を作って暮らすと言い始め、それを実行に移した。
その時の義母の年齢を計算すると、72歳だ。
えーーーー! もしも私がその年齢で一人暮らしだったならば、まだまだ青春をエンジョイするだろうになあ、😍 との発想しか沸かないんだけど。😜
そして義母はその後80歳時に、現在暮らしている高齢者介護施設へ引っ越した。
義母が介護施設で暮らし始めてまもなく義理姉が膵臓癌にて壮絶死したため、その後は我々夫婦が義母の保証人となり現在に至っている。
一昨日義母の施設へ訪れた際にも、その話題が出た。
義母曰く、「〇子さん(私のこと)には本当に申し訳ないと思っている。 娘があんなに早く亡くなって、結局ずっと〇子さんのお世話になることになってしまって… 早く死にたいのだけど、なかなか死ねなくて。〇子さんに迷惑をかけてばかりで心苦しい…」
私応えて、「そんな事はないですので、安心して下さい。 お義母さんに関する一番責任重大な仕事は “財産管理及びそれに伴う税務申告” ですが、毎年つつがなく実行していますので大丈夫です。」
そうなのだ。
要するに義母は自身の資産管理業務を、72歳から義理姉に全面的におんぶしようと企てたのだ。
結果としては当該業務は義理姉死後10年間、私がずっと担当している訳だが。
72歳でその業務引退、これ明らかに早過ぎる!
これをずっと続けられていたならば、「死にたい」とホザいている暇など無かったはずだ。
それを早期に後世に依存してしまった。
これぞ、義母の一番大きな失敗と私は結論付ける。
私め原左都子の場合、ある意味でその道のプロ(「税理士試験」を半分取得している)であるため、お茶の子さいさいなのだが。
確かに、義母や義理姉(義理姉も一度だけ青色申告にかかわっている)が過去に実施した申告用紙を垣間見るに、大いにデタラメをやらかしているのだが。 青色申告の場合、担当者が親切に訂正してくれるため、それで何とかなってきていたようだ。
義母ももう少し頑張ってこれをやり続けていたならば、「死にたい」を連発する暇は無かったのではないか、と思ったりもする。
とにかく、人間幾つになっても“やりがい”のある対象を維持し続けたいものだ。
それがある限り「死にたい」と言っている暇が自然となくなるであろう。
もちろん趣味でもよいが、この「青色申告」のように“責任を伴う業務”の方がより生き甲斐となるのではなかろうか。
そのように考えて。
今年も税務申告時期が近付いているが、私も1月末の義母の(不動産貸付業を含む)「青色申告」に向けて、今日からその準備に取り掛かろう!