8月31日って、ホントに嫌な日だよね。 1年365日の中で、一番憂鬱な日だね。
このおばさんもおんなじだよ。
幼稚園から大学・大学院まで人よりも随分と長~~い期間学校へ通った人間なのだけど、特に幼稚園から高校まで、8月31日ほど嫌な日はなかったよ。
おばさんの場合、特にいじめられていた訳ではないんだ。 そういう意味では、いじめられているから学校へ行くのが嫌な子達とはその理由が若干違っていて、申し訳ないんだけど…
おばさんの場合は、とにかく「集団生活」がとことん嫌だった。
学校の都合で勝手にクラス分けされ、生徒にとっては決して自発的に選んだ仲間達ではないよね。 その集団の中で、「皆で仲良くせよ!」とセンコーから強制される。 所詮無理がある。
もちろん好きな子もいて仲良くしたよ。 ただその他大勢は、こちらが好んで一緒に過ごしたいと言った訳じゃない。 はっきり言って、どーでもいい連中ばかり。 中には乱暴ものがいたりして、大声で叫んだり暴力を振るったりで、静かに過ごしたい私としてはその騒々しさにイライラさせられる。
センコーのほとんどは、ヒステリックな金切り声を挙げたり生徒を大声で罵倒する。 あるいは、「いい子」をえこひいきして、静かで大人しい子にはこれラッキーと無視を決め込み、ただの一度も話しかけても来ない。
第二次反抗期に入った小学校高学年から、自らに主体性が育ってきた私の「学校嫌い」は更に度を増した。 ただ、その内面から湧き出る反発心に助けられ、私は“ものを言える”子に育った。
友達に対する好き嫌いが激しくなり、また、公然とセンコー批判を出来るまでに成長した。 そのように反発心を表に出す私をバッシングする生徒も発生し、我が学校での態度が大きく変容し始めた。
私の場合決していじめられはしなかったが、私の存在を嫌う仲間が増え始め、特に中学生の頃は学校での居心地が悪くなった時期もあった。 ただ常に主体性を失わなかった私は、学業にもその他の活動にも積極的に励み、良き成果を上げて中学を卒業し、その後高校、大学・大学院へと進学した。
2度目の大学及び大学院修了後、30代後半期に高校教員を経験したのだが、その時にも8月31日はとてつもなく憂鬱だった。
いい大人にして、これはどうしたことかと自己分析したのだが、どうも子供時代のトラウマがいつまでも残っているものと結論付ける。 長い夏休み中に学校という「集団の場」から一時離れ、100%自分の自由意思で主体的に羽ばたける1ヶ月半の期間を経験すると、「学校」という場がまるで監獄のように思えてしまうのだ。 誰かに獲って食われる訳ではない事は頭では分かっているのに、それ程の嫌悪感を抱かされるほど「集団嫌い」の私だ。
ましてや「いじめられている子」にとっては、学校へ行くという行為は地獄に落とされるよりも厳しい現実であろうことが想像出来て余りある。
夏休み中だけは「いじめっ子」から縁を切れて解放されていた事だろう。 ところが、9月1日は無情にもやって来る。
もう逃げ場がない。
私が貴方の親ならば、「学校へ行かなくていいよ」と言ってあげるだろう。
実際、私の娘が小学生の時、いじめ等々で担任との間にトラブルが発生した際、親の私が積極的に学校を休ませるとの抗議行動を取った。 その後学校長との話し合いを通過し、解決に持ち込んだとの事件もあった。
私が貴方の親ならば、絶対にあなたを助けてあげる!
何をかなぐり捨ててでも、一番大事な我が子であるあなたを守り抜く!
きっと、あなたの親御さんも気持ちは私と同じだと思うよ。
それでも、口ではあなたに「学校へ行け!」と言ってしまうのかな? 私のように、学校長との話し合いを通し解決に持ち込むなる行動をとる親は少数派なのかなあ。
後半日過ぎたら、明日は無情にも9月1日だ。
どうしようか? 明日は休もうか、それとも思い切って行ってみようか??
いじめ等の特別な事情が無い場合、思い切って行ってみたら、心配したほどに学校などなんてことはなくて“へのかっぱ”だったりするかもしれない。
この私の場合、その類だったかもしれなくて、ごめんなさい。
「いじめ」等深刻な課題を抱えている子の場合、そうは言ってられないよね。
それは十分に分かっているつもり。
どうしてあげたらいいのだろう。 おばさんも苦しく辛い。
ただ、これだけは覚えておいて。
何の力にもなれないけど、本気であなた達の逃げ場のない心情を思い、心配している大人もいるという事を。
このおばさんもおんなじだよ。
幼稚園から大学・大学院まで人よりも随分と長~~い期間学校へ通った人間なのだけど、特に幼稚園から高校まで、8月31日ほど嫌な日はなかったよ。
おばさんの場合、特にいじめられていた訳ではないんだ。 そういう意味では、いじめられているから学校へ行くのが嫌な子達とはその理由が若干違っていて、申し訳ないんだけど…
おばさんの場合は、とにかく「集団生活」がとことん嫌だった。
学校の都合で勝手にクラス分けされ、生徒にとっては決して自発的に選んだ仲間達ではないよね。 その集団の中で、「皆で仲良くせよ!」とセンコーから強制される。 所詮無理がある。
もちろん好きな子もいて仲良くしたよ。 ただその他大勢は、こちらが好んで一緒に過ごしたいと言った訳じゃない。 はっきり言って、どーでもいい連中ばかり。 中には乱暴ものがいたりして、大声で叫んだり暴力を振るったりで、静かに過ごしたい私としてはその騒々しさにイライラさせられる。
センコーのほとんどは、ヒステリックな金切り声を挙げたり生徒を大声で罵倒する。 あるいは、「いい子」をえこひいきして、静かで大人しい子にはこれラッキーと無視を決め込み、ただの一度も話しかけても来ない。
第二次反抗期に入った小学校高学年から、自らに主体性が育ってきた私の「学校嫌い」は更に度を増した。 ただ、その内面から湧き出る反発心に助けられ、私は“ものを言える”子に育った。
友達に対する好き嫌いが激しくなり、また、公然とセンコー批判を出来るまでに成長した。 そのように反発心を表に出す私をバッシングする生徒も発生し、我が学校での態度が大きく変容し始めた。
私の場合決していじめられはしなかったが、私の存在を嫌う仲間が増え始め、特に中学生の頃は学校での居心地が悪くなった時期もあった。 ただ常に主体性を失わなかった私は、学業にもその他の活動にも積極的に励み、良き成果を上げて中学を卒業し、その後高校、大学・大学院へと進学した。
2度目の大学及び大学院修了後、30代後半期に高校教員を経験したのだが、その時にも8月31日はとてつもなく憂鬱だった。
いい大人にして、これはどうしたことかと自己分析したのだが、どうも子供時代のトラウマがいつまでも残っているものと結論付ける。 長い夏休み中に学校という「集団の場」から一時離れ、100%自分の自由意思で主体的に羽ばたける1ヶ月半の期間を経験すると、「学校」という場がまるで監獄のように思えてしまうのだ。 誰かに獲って食われる訳ではない事は頭では分かっているのに、それ程の嫌悪感を抱かされるほど「集団嫌い」の私だ。
ましてや「いじめられている子」にとっては、学校へ行くという行為は地獄に落とされるよりも厳しい現実であろうことが想像出来て余りある。
夏休み中だけは「いじめっ子」から縁を切れて解放されていた事だろう。 ところが、9月1日は無情にもやって来る。
もう逃げ場がない。
私が貴方の親ならば、「学校へ行かなくていいよ」と言ってあげるだろう。
実際、私の娘が小学生の時、いじめ等々で担任との間にトラブルが発生した際、親の私が積極的に学校を休ませるとの抗議行動を取った。 その後学校長との話し合いを通過し、解決に持ち込んだとの事件もあった。
私が貴方の親ならば、絶対にあなたを助けてあげる!
何をかなぐり捨ててでも、一番大事な我が子であるあなたを守り抜く!
きっと、あなたの親御さんも気持ちは私と同じだと思うよ。
それでも、口ではあなたに「学校へ行け!」と言ってしまうのかな? 私のように、学校長との話し合いを通し解決に持ち込むなる行動をとる親は少数派なのかなあ。
後半日過ぎたら、明日は無情にも9月1日だ。
どうしようか? 明日は休もうか、それとも思い切って行ってみようか??
いじめ等の特別な事情が無い場合、思い切って行ってみたら、心配したほどに学校などなんてことはなくて“へのかっぱ”だったりするかもしれない。
この私の場合、その類だったかもしれなくて、ごめんなさい。
「いじめ」等深刻な課題を抱えている子の場合、そうは言ってられないよね。
それは十分に分かっているつもり。
どうしてあげたらいいのだろう。 おばさんも苦しく辛い。
ただ、これだけは覚えておいて。
何の力にもなれないけど、本気であなた達の逃げ場のない心情を思い、心配している大人もいるという事を。