原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

キャバクラ嬢が堕落しないための提案

2010年10月16日 | 自己実現
 今朝方「原左都子エッセイ集」の前記事に読者の方より、以下のごとくのコメントを頂戴した。
 << 原さんは、ニュース以外全くテレビを見ている感じがしませんが・・・。 >>

 おっしゃる通り、原左都子はNHKの昼間の天気予報とニュース、同じくNHKの夜7時のニュース以外はテレビを見ていないと言って過言でない。
 どうも民放には若かりし頃よりアレルギーがあるのだ。 報道に信憑性がない(NHKが必ずしも信頼できるとも言えないのだが)のと、コマーシャルも含めたあの雑多な“やかましさ”が耳障りでイライラしてしまうためだ。

 そんな私が近頃見る(と言うより眺める)民放のテレビ番組がある。 ちょうどスポーツジムでランニングマシーンに乗っている時間帯に4チャンネルで「ミヤネ屋」という番組が放映されているのだが、あれをイヤホンなしで画面とテロップ字幕だけ眺めならが走っているのだ。 その時間帯にろくな番組が放映されておらず、これが一番マシだからである。


 昨日(10月15日)の「ミヤネ屋」特集は“キャバクラ嬢”だった。
 キャバクラ嬢に関しては、「原左都子エッセイ集」のバックナンバー「風俗への入口」(2008年11月)や「先に笑う?後で笑う?」(2008年9月)において既に取り上げている。
 前者「風俗への入口」においては、知人の19歳の娘さんがキャバクラでアルバイトをしたいと言うのだがどうしたものかとの相談に乗った私が、“キャバクラ”とは風俗への入口であり、親としては何が何でも娘さんが風俗の世界へ入るのを入口で塞き止めるべきである趣旨の話題を展開している。

 昨日の「ミヤネ屋」の特集は“既にキャバクラ嬢になってしまっている”女性を取り上げていた。
 取材を受けて登場したキャバクラ嬢は、短大を卒業して保育士の資格を取得したものの就職先がなく、次の就職先を見つけるまでの食い扶持としてキャバクラで働いているのだと言う。
 この女性以外にも、キャバクラに面接に来た若き女性の様子が取材されていた。 採用側の「なぜキャバクラで働きたいのか?」との質問に対し、この女性は「派遣切りに遭い就職先を探しているのだが、自分の場合接客関係の仕事なのでキャバクラの経験が今後活きると思う」云々の返答をしていた。(この女性が“キャバクラ嬢”として採用されたか否かは不明である。)

 就職難にあえぐごく普通の若き女性が“食い扶持”としてキャバクラに職を求めるのが今時当たり前の現象であるがごとくの番組構成であったように捉えた私であるが、果たしてそうであろうか?  このような報道をすることにより若き女性にキャバクラ嬢になることをむしろ煽ることを趣旨とした番組のようで、大いに不快感を抱く内容であった。


 この番組に登場した女性達は、年季が入った原左都子の目には決して“ごく普通の女の子”には映らずやはり“特異的”である。
 まず、自分の外見的容姿に“だけは”大いに自信があることが見え見えなのだ。 と言うのもテレビ画面で放映されている限り、キャバクラ嬢の皆さん、外見は若くて美しくイヴニングドレスで露にした胸が例外なく豊満である。 もしかしたら外見に“だけは”自信のある女性達が若気の至りで「私だってあのように綺麗に着飾ったら皆にもてはやされるわ」と、まるでお姫様になれるがごとくの浅はかな夢を追っているのではあるまいかとの懸念を抱かされる。  今回の「ミヤネ屋」の取材によると、今時の20代前後の女性が憧れる職業の一つとして、「歌手」や「女優」に交じって 何と! 「キャバクラ嬢」がランクインしているのである。(小学生対象の調査じゃあるまいし、いくら何でもちょっと幼過ぎないのか?? こういうところに“でっち上げ”の匂いがして信憑性がないよなあ。)

 しかもこの特集においてキャバクラという世界は、何の能力も人生経験もない若き女性が髪を結い厚化粧をして胸の谷間を露にしたドレスを身にまとうだけで“にわかお姫様”に変身でき、男性客に触られながらただで酒を飲んで酔っ払っているだけで普通の仕事では得られない収入が転がり込んでくる、一見“美味しい”仕事であるかのように描かれているのだ。

 上記の保育士志願“キャバクラ嬢”も、原左都子の観察では今のところまだ先々の危険性が視野に入っていないようだ。 取材に応じて「やはり自分は子どもが好きだから将来は保育士を目指したい」と言うのだが、取材側の「月給が15万円の保育士の生活に今さら耐えられますか?」との質問に対し、「キャバクラ嬢の場合、凄い人は一日に5万稼ぎますしね…」と言葉を濁している有様である。
 しかも保育士志願“キャバクラ嬢”曰く、「ホテルへ行きましょう、と誘ってくる客が多いです」…  そりゃそうだろう。 (大して稼ぎもなさそうな)キャバクラの顧客男とは性的欲求解消が目的で“有り金はたいて”キャバクラに通い詰めているのだろうし…


 それだからこそ、なまじっかの素人娘が風俗の世界へなど入らぬに限るのである。
だが今回の「ミヤネ屋」特集のごとく、既に安易にその世界へ入り込んでしまったうら若き“キャバクラ嬢”が今後堕落の人生を歩まないために如何に身を振ればよいのか、原左都子おばさんが老婆心ながらここで提案することにしよう。

 その世界から本気で早めに抜け出して自分の専門職に戻りたいと意図しているのならば、キャバクラの席では酔ったふりだけして絶対に酒は飲まないことである。もちろん、アホ客とホテルへなど決して行ってはならない。(感染症の心配もあるぞ。) 早めに家に帰って専門分野の学習と就職活動に励もう。

 もしも本気で気に入る顧客がいるならば、よ~~~くその顧客男の人物像や経済力等の全体像を観察しよう。 キャバクラ嬢自身が職業的将来像を描けないとなると、その顧客男に添い遂げて家庭を築いて子どもを産むというのも一つの選択肢であろう。 ただし、常連でキャバクラで遊ぶ男とは所詮その程度のレベルであることも重々心得ておこう。
 
 そんなつもりは一切ないならば、キャバクラ嬢を全うしながら虎視眈々と自分の将来の夢を描きつつ自己資産の維持強化に励もう。
 上記「原左都子エッセイ集」バックナンバー「先に笑う?後で笑う?」において記載済であるが、キャバクラ嬢の中には投資に励み自己所有住居を購入に至る女性もいるらしい。 (ただし、なまじっかの情報でこれを志したのでは危険性が伴うため相当の知識と力量を備えてからにしようね。)


 もしも上記のいずれも遂行する気力も力量もないと自己判断するならば、その女性は元々キャバクラ嬢等のアングラ世界で生き延びれる素質はないと早期に判断するべきだ。

 だからこそ風俗へは入口から絶つべきだと原左都子は主張しているし、元々キャバクラ嬢を志向する類のお若き女性とは自滅的であり一種特殊な存在なのである。 (教育行政、しっかりしろよ!!)
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ホルター心電図24時間体験記

2010年10月14日 | 医学・医療・介護
 本日の「原左都子エッセイ集」においては当初、時事論評カテゴリー関連の記事を綴る予定だったのだが、どうも今日の原左都子は疲労感、脱力感に苛まれ頭がクリアに働かない。
 この魂が抜けたような心身状態の原因は、昨日より24時間に渡り受けたホルター心電図検査のため体が“ロボット状態”を余儀なくされていたからに他ならないと推測する。

 そこで本日は予定を変更して、働かない頭で思い出せるレベルの内容の「ホルター心電図24時間体験記」を記述することとしよう。
 (ホルター心電図検査に関する医学専門的な情報に関しましては、他の文献やサイトをご参照下さいますように。)


 いえ、決してホルター検査自体が体に悪影響を及ぼす訳ではない。 
 日々目覚ましい技術革新を遂げている現代医学医療機器の世界における例外ではなく、今時のホルター検査装置とは至って小型化されていて、さほどの装着感がないといっても過言ではない。

 私の場合上半身に電極を4箇所貼り付けたのだが、この電極自体厚みがほとんどなく、いわばサロンパスを貼り付けている感覚である。(もちろん、スースーしませんよ)  そしてそれら電極を細いコードで繋ぎ合わせ各電極からのデータを受け取り処理する記録装置は、なんと携帯電話の3分の1程度の小ささである!
 それらの装置が体から24時間剥がれないよう頑丈に接着生地で覆うのだが、この生地の接着力が強靭でよほど激しく動いても電極が取れる心配はないようだ。 その代わり痒みや皮膚の発赤反応が出ることはあるとの説明であったため、「痒くなったら電極の上からボリボリ掻いていいですか?」などと私は天然質の質問をしたのだが、看護師氏(検査技師氏?)答えて曰く、「いいですよ~~」

(装置を貼り付けた上半身の写真を撮って披露すると全体像が分かり易いのは承知だけど、2、30年前のボディならともかく、まさかねえ…
 
 携帯の3分の1程度の小ささの記録装置は、一番下の胃の辺りに貼られた電極部分からのコードと首から紐でぶら下げる恰好となるのだが、医院を出て歩き始めてみて感じたのは、その重みが胃に及ぼす圧迫感と首紐をぶらさげていることによる肩の負担である。 いくら小型装置とは言えども、普段慣れているネックレスよりも断然重いのを実感である。
 医院より自宅へ帰るなり、胃の圧迫感と肩の負担を軽減するべく自分でバンドエイドを取り出してあれこれコードを装着し直してみたり(思い切りのよい原左都子とて、決して電極自体をむしり取るようなことはしませんよ~)、首紐の長さを調整してみたりの試行錯誤を繰り返したのであるが、どう工夫しても違和感が拭い去れないのだ。 普段、慣れないものを体に貼り付けられることの不条理を大いに実感である。


 医院の先生らは普通に暮らしていいと言うけれど、この電極で繋がれた“ロボット状態”じゃ相当の図太い神経の持ち主かよほど悟りを開いた人物でもない限り必然的に心拍数も上がるだろうし不整脈も出るよなあ、などと思いつつも、 忘れてならないのはホルター検査のもう一つの宿題の「24時間の行動記録」である。

 体に貼り付けられた電極が示す心臓からのデータと患者の24時間の行動記録を照らし合わせる事にこそ、ホルター検査の本髄、存在意義があるのだ。 

 物事を観察記録することを我が“天性の業”とする人生を歩んでいるとも言える原左都子の特性として、この種の行動記録用紙を与えられるととことん記述したい気分になるものである。 ところが今現在の社会は個人情報保護の制限があるが故に、たとえ医療と言えども医療提供側から患者に対してその詳細の記録を望むべくもない。 加えて自らの健康維持をこれ程までに医療機関に依存する国民が多い現状において、数をこなさねばならない医療データ解析者の負担を考慮した場合、ある程度の行動記録があれば十分とのことなのでもあろう。

 それにしても、自分の行動を一枚の記録用紙に端的に表現することとは難しいものであることを実感させられる思いである。
 殊に私の場合元医学関係者であるため、この辺の情報をホルター解析者に提供してあげたら有用なのだろうか?、などとの余計な配慮心も働いてしまうのだ。
 まあ、その種の特殊な背景も心臓に多少負担がかかる要因でもあり得ることを勘案しつつ、本日原左都子なりの記録用紙を医院に提出するに至ったのではあるが…。


 昨日医院受診時に、ホルター検査に先立って先週行った外注諸検査の結果も合わせて聞いてきた元医学関係者の原左都子の総合診断結果によると、来週結果が出る今回のホルター検査も 「異常なし」 であることでしょう!

 えっ?、そんな勝手な思い込みのある奴ほど後で痛い目に遭う、ですって???  
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美の巨匠ゴッホ 没後120年の輝き

2010年10月12日 | 芸術
 (写真は、現在国立新美術館に於いて開催中の「ゴッホ展」のチラシ 及びゴッホ作“ゴーギャンの椅子”(左)、“アルルの寝室”(右)の絵葉書)


 ゴッホと言えば、小学生の頃図工の教科書で見た(上記写真のごとくの)厳しい表情の自画像や、自分で耳を切り落とした奇行エピソード、そして自殺(他殺説も存在するが)により37歳の若さでこの世を去るに至った短い生涯等々、“暗い”イメージが先行してしまい“食わず嫌い”の原左都子であった。

 今から30年程前の1982年に、安田火災海上が当時のレート価額で58億円を投じゴッホ作「ひまわり」を購入して巷の話題となったことは、おそらく皆さんもご記憶であろう。
 その頃、安田海上取締役の奥方と知り合いであった私は、その奥方に誘われるままにゴッホにあまり趣味がないにもかかわらず、単なる野次馬根性で58億円の「ひまわり」を安田海上東郷青児美術館(現 損保ジャパン東郷青児美術館)へ見学に行ったのである。
 作品保存のためと察したが薄暗い室内に展示されていた「ひまわり」は、私が知る盛夏に咲くひまわりとはまったく別物の“どす黒い黄色”とでも表現できかねない活気のない花が花瓶にいけられている絵だったのである。  (これが58億円ねえ~。 芸術の価値など凡人庶民の私には所詮一生分からず終いなのだろうなあ…)と内心思いつつ、その後引き続き取締役ご夫人のランチに同行したものである。


 さて、話を国立新美術館で現在開催中の「ゴッホ展」に移そう。

 今回の「ゴッホ展」は “こうして私はゴッホになった” とのテーマを掲げ、ゴッホの芸術との出会いから死の直前に至るまでの作品を一堂に展示したものであった。
 展示作品の多くは、ゴッホの世界的コレクションを有するゴッホの生誕地であるオランダのファン・ゴッホ美術館とクレラー=ミュラー美術館の協力の下に結集しつつ、ゴッホがその作風に影響を受けた巨匠の作品も交えて公開された「ゴッホ展」だった。

 これを芸術家志望の我が娘に鑑賞させない訳には行かないと志した私は、先だっての体育の日(10月11日)に娘と共に国立新美術館へ出向いたのである。

 さすがに大混雑の会場であった。
 ゴッホの絵画の観賞と言うよりも、人の頭また頭を観賞して来たとも言える程の混雑だったのだが、それでも国立新美術館は会場が広いのに助けられた思いである。 長身の私は(子どもや低身長の鑑賞者に遠慮して)混雑の後方からの観賞とならざるを得なかったのだが、それでも結構ゴッホ作品の色彩や絵画の全体構成は見て取れた。)

 その中で今回原左都子が一番気に入ったゴッホ作品は、冒頭の写真の左側「ゴーギャンの椅子」である。 絵葉書写真ではまったくゴッホの描写が再現されていないが、この作品の色使いに大いにインパクトを受けた私なのだ。
 恥ずかしながら、私はゴッホとゴーギャン(原左都子は少し前に「ゴーギャン展」にも足を運んでいることに関してはバックナンバー “我々はどこから、そしてどこへ” において既述している。)が、南フランスアルルにおいて一時期共同生活をしていたことすら認識していなかった。 この2人が後世に名を刻む美の巨匠として、たった2ヶ月間であれ影響力を与え合った歴史とは凄まじいものであろう。
 参考のため、冒頭の写真の右「アルルの寝室」は当時ゴッホが住んでいた部屋であり、その隣にゴーギャンの部屋があったとのことである。 そして、左は言わずと知れたゴーギャンが愛用していた椅子をゴッホが描いたものである。

 ところがこの2人どうしたことか、わずか2ヶ月にして不和となる運命にあるらしい。
 ゴッホ伝記によると、どうやらゴッホの自画像を見たゴーギャンから「自画像の耳の形がおかしい」と言われたゴッホが自分の左の耳朶を切り取ったということなのだ。しかもゴッホは切り取った耳朶を女友達に送りつけるという奇行をするなどして、精神科病院に入院するに至ったとのことである。
 その後1890年にフランスパリ郊外で狩猟の弾を受け、ゴッホは2日後に37歳の若さにして死に至っている。(死因に関しては上記の通り自殺説、他殺説が今尚行き交っているようだが。)
  


 今回、原左都子は遅ればせながらも初めてゴッホという美の巨匠の“業”に触れられた気がするのだ。
 ゴッホという画家に対して私がこの展覧会において抱いた印象とは、芸術に一歩踏み込んだ若かりし当初より努力家であり勤勉であり、自分が志す方向を地道に見据えつつモチーフ、色彩等の基礎力を修得しながら、先人の作風も大いに参考にしつつ着実に精進してきた芸術家であるような気がする。  ただ残念ながら、芸術家には珍しいことではないのだろうが、今で言う“鬱病的気質”も天分として備えていたのであろうか??

 その辺の精神的事情故に、一面において悲壮感漂う画家とのイメージが否めないのかもしれない。
 ただ、ゴッホが描いた絵画の中には素晴らしい色彩構成力や、没後120年の今の時代に尚訴えるべく輝ける生命力は十分にあると、今さらながら実感する私である。

 ゴッホの名前が今尚世界の名立たる美の巨匠として響き渡っているのは、その辺の人物像が醸し出す絵画の類稀な存在観故なのであろう。
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“イクメン”正当化現象に横たわる社会の病理

2010年10月09日 | 時事論評
 3、4日前のNHKテレビ番組「クローズアップ現代」において、“イクメン”が取り上げられていた。

 “イクメン”という言葉が初耳の方のために、以下にその意味を日本後俗語辞書より引用してみよう。
 <イクメンとはイケメンが変化したもので、育児を積極的に率先して行う男性、育児を楽しんで行う男性を意味する。産休による出産後、女性が引き続き育児を行うのが一般的であった。これに対し、男性が育児休業基本給付金といった制度を利用し、育児休暇をとって積極的に育児を行う男性が増えた。こういった男性を賛美する言葉として出来たのがイクメンである。ただし、休暇をとって育児をしたい男性は多いものの、収入(給与)が下がる、会社の評価が低くなるといった理由から、まだまだ日本における事実上のイクメンの数は少ないのが現状である。(2009年現在)>


 夜7時半からの番組である「クローズアップ現代」を、いつも家事の合間に垣間見ているためその詳細を把握していないのだが、番組の趣旨としては“イクメン”を正当化し賞賛するものであったように記憶している。
 上記日本語俗語辞書の“イクメン”解説によると“イクメン”男性とは育児に積極的に取り組みそれを楽しむ人種であり、やはりそれが賛美されているところに特徴があるようだ。


 ここでいきなり私事になるが、我が子の育児の99%を母親である私の独壇場として17年近く成し遂げてきている原左都子の場合、今さら子どもの教育を亭主にバトンタッチする気はない。 (既に高校生にまで成長しているため、その必要もないのだが。)
 我が亭主が育児に係わった1%とは、子どもが幼き頃に一緒にお風呂に入ってもらったことであり、当時これが大いに助かったのは事実である。 それから中学校の入学式までは保護者として私に同行した亭主でもある。(今時両親で出席しないと片親家庭かと思われかねないからね。)
 この私とて子どもが小さい頃程、亭主の育児への係わりに期待はしていた。 特に我が家の場合は子どもが若干の事情を持って産まれてきていたため、日頃の育児に難儀する部分が多かったためである。  ただ、期待してそれが叶わず、仕事で帰りが遅い亭主とバトルを繰り広げてお互いに疲れ果てるよりも(そういう時期が我が家にも確かにあった。)、育児は母親の私の責任として単独で成し遂げる方がむしろ楽であると早期に悟った私でもある。 その代わりにたとえ亭主と言えども育児に直接係わらない傍観者からの“無駄なご意見は無用!”との独裁者として君臨させてもらい続け、今に至っている我が家の子育て歴である。

 そんな我が家の子育て風景を、定年までフルタイム仕事を全うした田舎の年老いた実母が垣間見ては、「あなたは子どもを産んでからはフルタイムの定職に就かずに、自分勝手に子育てをさせてもらって幸せだよ」とよく言う。
 これにはいつも反発する私である。「それを言うなら、母である私が一人で子育てを全うしているからこそ、ずっと亭主が安心して働けてるということでしょ! 忘れられては困るのは、私には不労所得収入があるということだよ。子どもを産んだ女性とはしばらく働けなくなることも独身時代から計算の上で、私は独身時に単独でローン完済した住居の賃貸収入を得て今現在家計の一助にもしてるよ!」


 話を冒頭の「クローズアップ現代」に戻そう。

 私の記憶によれば、今回のNHKの番組は現在“イクメン”として育児を遂行している男性側のみに視点を当て、母親である女性側の取材が手薄だったような感覚があるのだ。

 産んだ性である女性側として大変気になるのは、奥方が今置かれている身体的健康状況である。 育児をご亭主に頼っているということは、裏を返せば出産後まもない女性がまだ回復し切っていないであろう体に鞭打って職場復帰しているということではあるまいか。
 この私が救急車で運ばれ緊急帝王切開手術の後に出産した経験があるため、この思いは切実である。 いつも前向きに生きている原左都子でさえ、出産後半年程は感染症故の不明熱等の体調不良を引きずりつつの子育てだったからである。 私の場合、出産直前に高校教師の職場退職をしていたのが幸いしたのだが、もしもそんなダメージを受けた体で出産直後の女性が職場復帰することを想像しただけでいたたまれない思いである。

 もう一点気に掛かるのは“イクメン”亭主側の“イクメン”を志向した論理である。
 NHKの取材により登場した“イクメン”ご亭主達の“一見軟弱さ”を原左都子は見逃していなく本気で懸念するのである。 (どうも元々いわゆる“草食系”男性であるような……)
 上記の日本語俗語辞書にもあるごとく、本来の男性とは(もちろん職業女性も同様であるのだが)「育児休暇」を例えば1年間なりとも取ることによって、その先の職場復帰が不安になるのは職業人として当然のことであろう。 にもかかわらず、産んだ性である奥方が職場復帰したい意思を深い思慮もなく尊重するご亭主とは、そもそもご自身の職業に対して大した思い入れがないから故と判断できるのではあるまいか?? 


 もちろんこの問題においては、それぞれの夫婦間の特質やお互いの話し合いにより「どちらが主たる育児者になるか」が各家庭において議論されるべきであろう。

 ただもしも男性のいわゆる“草食化”現象により、男性側が社会の一員であるべく職業人として生き抜くことを強要されるりも、家庭内で育児を志向するとの“イクメン”嗜好に“逃げる論理”が子持ち男性の背景にあるとするならば、そこには産む性である配偶者たる妻の母体を守る思想は元より、男性が一社会人としての観点を失いつつあるに過ぎないことを大いに懸念するのだ。

 要するに、今の日本における男女夫婦関係の実態や社会雇用体制とは“イクメン”を正当化する程の進化を未だ遂げていないよ、と言いたい原左都子である。
       
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心臓が“トキめく♪”お年頃

2010年10月06日 | 医学・医療・介護
 病院嫌いで名高い原左都子(本ブログの健康・医療カテゴリーバックナンバーをご覧下さい。)が、昨日珍しくも内科を受診した。

 思い起こしてみるに歯科以外で病院を訪れたのは、12年程前に帯状疱疹を患って内科受診して以来である。
 いや、子どもに付き添って病院を訪れる機会は多く、そのついでに耳鼻科で耳と喉の検査をしてもらい特別な異常は見当たらなかったことはある。 その他は、インフルエンザであれノロウィルス感染であれ医療薬剤には一切頼らず自力で完治するに至っている。 ましてや、通常の風邪や腹痛、頭痛の類は元より、転んで膝が肉までえぐれた時も、胸を打って肋骨が折れたと自己診断した時(さすがにこの時は完治まで1ヶ月程かかったが)も自然治癒を待ちつつ耐え抜いた。(読者の皆様、決して真似はなさらないように…)
 何故に原左都子がこれ程までに自然治癒に意固地なのかというと、医療における副作用等の二次的弊害に対して元医学関係者として根強いアレルギー感覚があるためである。

 そんな原左都子にしては不本意にも、先週より不整脈に悩まされていた。 どうも心臓が突如としてトックン♪ と不定期に大きく波打つのだ。 この種の心臓の症状は今回が初めてということではなく以前よりたまに出現してはいたのだが、いつも忘れた頃に治まっているため大して気にも留めずに過ごしていた。
 今回はどうもトックン♪ が長引いている。 自分なりの(外科以外の疾患における)自然治癒の判断基準を1週間と定めている私は、そろそろ病院受診の潮時かと観念した。 しかも、心臓に関しては我が父が急性心筋梗塞で突然死しているのをはじめ、バリバリ突然死家系のDNAを引き継ぐ我が身であることが脳裏にあるからだ。


 昨日訪れたのは、我が一家(私以外の2人)がこの住居地に転居して以来お世話になっている近くの内科医院である。 まだ8歳であった我が子に付き添ってこの医院を訪れた当初より、私は院長先生を信頼申し上げていた。
 とにかく(大変失礼な表現ながら)頭が良くて優秀な先生なのである。 多岐に渡る内科分野の最新知識が豊富であられ、いつも患者(及び付添い人)が投げかける質問に熱心に耳を傾けられ、必ずやそれに適切に即答してくれるのだ。  加えて検査体制等の対応も迅速である。町医者ながらも即日検査に対応できる設備もある程度整っていて、外注検査以外は即日結果報告してもらえるのである。
 それに加えてこの先生、患者の特性を即時にして見抜く力もあられるのだ。(この力量こそが、個性豊かな人間である患者を看る医師として一番重要な能力ではないかと私は以前より捉えているのだが。)  初診問診票に記入した患者の自己申告内容を見つつ問診をしている間に、診断に役立つ様々な情報収集をしておられるのが患者(及び付添い人)に見て取れるのである。
 (それ故に我が子のみならず身内にもこの先生を推薦し、我が家族は転居以来ずっとこの医院を主治医とさせていただいているのである。)


 結局、今回の私の心臓トックン♪ に関しては、医院内で即日実施可能な心電図やX線撮影そして簡単な尿検査や血液検査の後に、(私という患者が持っている特質も見抜かれたことと察するのだが)先生が「さほど心配はない症状であろう」との一応の結論を下されたのである。
 ただしやはり気に掛かるのが、“我が突然死家系のDNA”であることには先生も重々言及された。 そのため、とりあえず来週「ホルター(24時間)心電図」検査をする予定となった私である。


 滅多に病院へ行かない私であるため今回の記事においては比較検討の後に論評する事が難しい原左都子であるのだが、皆さんはどうなのだろう?
 今の病院は患者にとって進化を遂げているのであろうか?

 昔の病院(特に町医者)は酷かったとしか言いようがない記憶が私にはある。 例えば少しでも専門的な質問をしたものなら“もう来るな!”ごとくの仕打ちを受けたものである。 
 時が流れ子どもに付き添って病院受診していると、今時はその種の専門的な質問には快く応えてくれる医師が増えている実感はある。
 ただ相変わらず待ち時間が長い割には診察時間は短く、はたまた設備的に簡易な検査機能さえも備えていない町医者が大多数であるため、自医院が手に負えない患者に関してはすぐさま「紹介状」を書くごとくの町医者医師は今尚多いのが現状ではなかろうか?
 これでは、患者にとっては二度手間となろう。


 その点、私の場合元医学経験があることが功を奏しているのか、よい町医者に恵まれて幸いと昨日実感したものである。
 
 さて、心臓が“トキめく♪”お年頃である私の、来週の「ホルター心電図検査」の結果はいかが相成るのやらと多少心配しつつも、私の(前向きな)人格を見抜いた?上で「たぶん大丈夫!」と言ってくれた主治医先生の言葉を信じつつ、今日も明日もいろんな事に胸トキめかせて、原左都子は今後も末永く生き抜くぞ!       
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