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バクダッドの悪夢        まもる

2007年02月18日 22時47分50秒 | Weblog
 バグダッドに住む人々の生活ぶりを伝えるものに8月に出た『バグダッド・バーニング2 いま、イラクを生きる』(アートン刊)がある。著者はイラク女性だが、実名ではなく、「リバーベンド」というインターネット上のブログ名で出ている。今回出たのは第2集で、2004年6月から今年6月までのブログを集めている。
 今年2月11日のブログでは、「襲撃」と題して、いとこの誕生パーティーでおばの家に招かれた時に、夜、治安部隊の家宅捜索を受けた経験を次のように書いている。

 「突然、2人の男が居間に入ってきた。私たちは全員おばのそばのソファに座っていた。いとこのBは目覚めていて、恐怖に目を見開いていた。男たちは大きな軍用懐中電灯を持っていた。一人が私たちにカラシニコフ銃を向け、『お前らのほかに誰かここにいるのか?』と、おばに吠えた。『いいえ、私たちのほかには外であなたたちと一緒にいる夫だけです、家を調べてみればいいわ』。T(別のいとこ)が、どぎつく輝く軍用懐中電灯の光を遮ろうと手を挙げた。が、男の一人が怒鳴りつけたので、その手は弱々しく膝の上に落ちた。私はまぶしい光に目を細めたが、目が慣れてくると、彼らが覆面をして目と口だけを出していることが分かった。いとこたちをちらりと見て、Tがほとんど息をしていないのに気づいた」

 この時の治安部隊の作戦で、おばの地区だけからでも、19歳から40歳までの男たちが、少なくとも12人連行されたという。ほとんどはスンニ派住民だった。別の場所で治安部隊に連れ去られた住民の家族は「彼らが死体で発見されることを予測して、日に何度も死体保管所を訪れている」という。リバーベンドは別のところで、家族を求めて、死体保管所に集まる人々の表情を書いている。

 ブッシュ大統領は米同時多発テロから5年の今年9月11日のテレビ演説で、「サダム・フセインが権力の座からいなくなって、世界はより安全になった」と述べたが、イラクにとっては全く逆だ。米国を襲った暴力は、米国の戦争によってイラクに移植され、さらに地域の矛盾を吸収し、人々の憎しみを食う怪物のように増殖している。ブッシュ大統領がいくら戦争を正当化しようとも、さらに安倍首相が「武力行使を支持したのは正しかった」と国会答弁しようとも、世界がとんでもない暴力を抱え込んでしまったことは否定できない。

   asahicom 川上泰徳記者      


 
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朝日新聞に見る日本の歩み その1 「米機動部隊が本土初来襲」‥千里眼

2007年02月18日 18時02分32秒 | Weblog
 蔵書を古本屋に売るために、ダンボール詰をやっているとき、大正元年から昭和47年までの朝日新聞縮刷版を持っているのに気づいた。このブログの投稿に利用しようと思って、売却することをあきらめた。
 この縮刷版のなかから面白そうな記事、同じ月日の記事などをアトランダムに選んで連載していこうと思っている。その第一弾がこれである。

 昭和20年2月17日
 
   「敵有力機動部隊近海に出現」
     「関東、静岡各飛行場を艦載機波状攻撃」
     「延べ千機以上で来襲 硫黄島に上陸を企図か」

 東京の初空襲は昭和17年年4月18日のことであった。航空母艦に搭載された陸軍の軽量化した戦略爆撃機B25が東京などを爆撃し、そのまま中国大陸まで飛び着陸したのだ。サイパン陥落後、その空港から飛来したB29によるいわゆる「東京大空襲」が、昭和20年の3月10日と5月25日にあったが、この艦載機による空襲は2月17日のことであった。
  
 記事の一部を引用する。「敵機動部隊はまだ本土近海を遊弋中であり17日も引続きその来襲がある事を覚悟しなければならぬ。敵は一部に宣伝ビラを散布した。その内容は勿論取るに足らぬ荒唐無稽なものであるが、戦局の進展と共に今後も電波などによって各種の宣伝戦を活発に挑んで来る。‥‥この種宣伝ビラを拾った者は必ず警察の係官に届けられたし」
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ブッシュのイラク増派の行く末は その2  ‥‥千里眼‥‥

2007年02月18日 13時31分50秒 | Weblog
 アメリカ軍増派直後、新統一司令部を設置し、アメリカ軍とイラク治安部隊・イラク警察を統合的に運用できる体制を整え、大規模掃蕩作戦を展開してきた。
 ところが、増派以前に較べてテロ(一般的にはそう表現されているのでそれに従うが、私はこの表現には異議がある)は逆に激化してきている。大きな事件だけを取り上げても、以下に見るとおりである。1月24日からバグダッド市内での大規模な掃蕩作戦が行われているが、日本ではその状況の報道はなされていない。

・中部カルバラ地区では、1月20日米兵5人襲われ、1人死亡、4人拉致されその後殺害。武装集団は米軍服を着て米兵身分証明書(おそらく模造品)を持ち、2箇所の検問を通過、州庁舎内に入り込み、実行におよんだのだ。この日だけで、26人の米兵が死亡。

・1月28日、バグダード西部のスンニ派の住むアディル地区で、女子高に迫撃砲が打ち込まれ、生徒5人死亡、約20人負傷。同日、サドルシティーのシーア派地区では、爆発で13人死亡。同じく同日、北部キルクーク地区では、自動車爆弾でクルド人16人死亡。

・イラク内務省発表では1月の死者数は1971人。実際の死者数はこれを上回るだろう。

・2月1日には中部ヒッラ地区で、連続自爆テロにより61人死亡。この日だけで、合わせて1日だけで計81人死亡。同日のアメリカ軍・イラク軍の掃蕩作戦では、シーア派の聖地ナジャフ近郊で、武装勢力を約250人殺害。おそらくこれはシーア派のサドル派の民兵であろう。

・2月3日、バグダッド市内のシーア派居住区のサドリア地区でのトラックの自爆テロで、135人死亡、300人以上負傷。一回の爆発の犠牲者としては、イラク開戦後、最悪の死傷者数となった。

・2月4日 バグダッドのイスラム教スンニ派居住のアダミヤ地区複数の迫撃砲が打ち込まれ、15人死亡 50人以上負傷。

・2月5日、バグダッド市内で2台の自動車爆弾で18人死亡、100人負傷。

・2月12日、バグダッド中心部のシーア派の多いショルジャン市場での3台の自動車爆弾テロで79人死亡、165人負傷。さらに1キロ離れた別の市場でも爆弾の爆発で9人死亡し21人が負傷。

 上記以外にも、連日爆弾テロが起こっている。アメリカ軍の増派で、本当にこの悲惨な状況をしずめることができるのだろうか。今のところは逆に激化しているとしか思えない。
 アメリカ軍の掃蕩作戦では、必ず無関係の市民がまきこまれ殺される。イラク人のなかにアメリカに対する憎悪を拡大・増幅していくことであろう。これが、アメリカ軍に対する爆弾テロの温床を拡大していくことになる。

 スンニ派の抵抗勢力・武装勢力は、一つにまとまった組織を作っているとは思えない。小さな組織がそれぞれ、ばらぱらに活動しているとしか思えない。それに較べるとサドル派の民兵組織はまだまとまっているようだ。が、これとて爆弾テロをおこなっている者たちは、やはり統一指導のもとに組織的に行動しているようには見えない。それだけに、掃蕩も困難をきわめるであろう。

 ブッシュは今回の増派で、治安を回復し、イラク政権に治安の権限を以上して、自分の任期中に、アメリカ軍撤退の条件を作るつもりであろうが、それはブッシュの楽観的な願望にすぎない。私はできないと思っている。ある程度表面的には、治安回復に成功したかのような状況を作ることは、ひょっとすると作れるかもしれない。それとて、シーア派とスンニ派の内紛はアメリカ軍の撤退後に再燃するに違いない。憎悪の連鎖はいまや鎮めることができないほど強くなっているのだ。さらに世界にテロを広げていく基盤をブッシュは作ったのだ。

 治安回復のための協力を他国に頼めないブッシュとしては、あれほど無視をし馬鹿にしていた国連に頼る以外には、道はないのだと思う。おそらく、史上最低の大統領という汚名をつけられて任期を終えることになろう。そして、アメリカの中東に対する影響力はかってないほどに後退することになろう。おそらくブッシュ後には民主党の政権が成立するであろう。その有力候補者は皆イラクからの早期撤兵を主張しているが、イラクの混乱を収拾するアメリカの責任をどう果たすのであろか。ブッシュが悪いのだではすまされる問題ではないのだ。

 
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