「アンデルセンの『絵のない絵本』、私は前からこの話が好きだったのですが、先日さし絵を描きあげたばかりなので、なお印象がふかいのです。貧しい屋根裏住まいの絵描きの青年に、月が毎晩訪れて語ってくれた物語りです。
ガンジス川に灯をながして愛する人の生死をうらなう少女の話、フランス革命のとき玉座で死んでいった少年の話、パンにバターをたくさんつけてと祈る小さな女の子の話など、一夜から三十三夜までの短い話が集まっています。詩集のようにふとひらいて、一つ二つよむとまた味わいがふかいと思います。いまから百男十年も前にかかれたものですが、人の世の悲しみや真実がかかれていて、それは今の世も全く同じです。アンデルセンは神を信じていた人ですが、神の力ではどうにもならない人の不幸をリアルにえがき出しているところも面白いと思います。中学校になって、大人の世界がわかりかけてきた少年や少女に一度は読んでもらいたい愛と詩の絵本です。
(掲載紙不明1966年)」