行雲流水

阿島征夫、一生活者として、自由に現代の世相を評す。時には旅の記録や郷土東京の郊外昭島を紹介する。

現代の赤髭医療団Japan Heart

2016-02-25 17:15:20 | Weblog
昨日、NPOJapan Heartの創設者であり、理事長の吉岡英人医師のお話を聞いた。国境なき医師団の活躍はかねてより知っていたが、日本の若い医師による途上国で医療を受けられない人を対象とした医療活動「現代の赤髭医療団」(私が勝手につけた名前です)の実態を聞き感銘を受けた。始まりは1995年同氏30歳の時、ミャンマーで貧困から医療を受けられない人を対象に、単身で活動を開始した。軍事政権下でローカルの医療施設の協力は得られず困難を極めたが、毎日多くの住民が無料の診察を求め遠方からバスを乗り継いできた。
 
2008年には、カンボジャでも活動を開始、同国ではかつてポルポト政権により医師は9割が処刑され、貧者は全く医療とは無縁の存在であった。頭部に穴が空き顔が変形するほどのこぶができる子供が東南アジアでは多く、現地では手術ができないので、子供は一生表に出られないか死に至る。子供に普通の生活をさせたいという同氏の熱意から、日本の大学病院で手術し、元気になった子供が映像で紹介された。カンボジャでは診察施薬だけでなく、絶対的に足りない医師の不足を補うという事業が必要と考えた。同氏は日本の若手医師にボランティアを募り、今では600人を超える日本人医師や看護士が現地で無料の治療に無給で働いている。彼らは治療に当たるだけでなく現地の医師を指導し医師養成にも従事している。まさにJapan Heartは現代の赤髭医療団だ。
 
派遣された若手医師は医療環境の悪い中でも、生き生きと活動し、日本にいる時と目の光り方が違うと吉岡氏は言っている。これはかつて私が海外青年協力隊員を訪れた時と同じで、ボランティアというのは普通の労働とは違う何かがある。いまや年間17000件の診察、2500件の手術が可能となった。同氏はテレビ東京番組「世界を変える100人の日本人」として紹介されたのは当然だろう。
今、Japan Heartはカンボジャで小さいながらも病院を建設しようと同氏を先頭に奮闘している。カンボジャだけでなく周辺国の貧しい家庭の子供を守る病院ということで、日本の医師も学び、現地の医師も育てる拠点となる。年間予算の64%は会費と寄付によって賄っている。
 
同NPOの詳しくはジャパンハートで検索して下さい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする