カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

「最後の手段」より・あいつのナイショ話

2015-02-21 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 痛みと共に目覚めると、倉庫のような場所に転がされていた。起き上がろうとするが手首を体の後ろで括られているらしく思うように動けない。
「……畜生ッ」
それでも何とか半身を起こして周囲を見回すと、すぐ側にあいつが意識を失ったまま、やはり後ろ手に縛られた姿で転がっていた。何だか無性に腹が立ったので思わず蹴りを入れてやったら、軽く呻き声を上げながら目を覚ます。
「あれ?何でキミがここにいるの?」
 この非常事態に相も変わらず脳天気な口調のあいつに、オレは思わず声を限りに怒鳴り散らした。
「おまえが呑気に寝ていたせいでオレまでこんなトコロに連れ込まれたんだろうが!」
「えっ、それじゃボクを助けようとしてくれたの?」
 ありがとうやっぱりキミはボクの一番の友達だよ!などと叫びながら殆ど一動作で半身を起こすなり懐いてくるあいつを足で押しのけながら、オレは取りあえず有るだけの疑問をぶつけてみることにする。
「それより答えろ!あいつらは一体なんだ!なんでおまえが狙われる!」
「……えーと、それには色々と込み入った深い事情が」
「残らずぜんぶ話せ」
「うーん、それじゃその前に」
 よいしょ、と、あいつがごく無造作に縛られた腕を動かすと、さっきまで後ろ手に拘束されていた筈の腕が前縛りになる。
「おおスゲえ!どうやったんだ?」
「腰下から脚に腕をくぐらせたんだよ、これで……」
「分かった、くぐらせるんだな」
 それならオレもと真似しようとしたが、さんざん悪戦苦闘した割には妙な具合に腕がハマって動けなくなっただけだった。
「おおおおおっ!」
「ああキミは無理しなくていいから!」

 とりあえずの「準備」を終えた後、あいつは観念したように口を開いた。
「あいつらは、ボクのおじいちゃんが開発したサイバニクス技術のノウハウが欲しいみたいなんだ」
「さいばにくす?」
 どこかで聞いたような、しかし正確な意味は分からない単語にオレが戸惑っていると、
「この場合は人工臓器といった方が分かりやすいかな、正常な働きが出来ない人間の部品を、機械などの人工物にすげ替えて機能を回復する技術だよ」
 ボクも詳しくはよく分からないけど、と付け加えてからあいつは話し始める。
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「鳩尾に痛恨の一撃」より・拉致

2015-02-20 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 とにかく出来る事からやっていこう。

 そう思ったオレは取りあえず爺ちゃんに「酷いこと言ってゴメン」と謝った。すると爺ちゃんは少しだけ驚いた表情になって、気にするなと呟いたきり黙り込んでしまった。口に出すまでは散々悩んだ割に言ってみれば実にあっさり話が終わったので、オレもいささか拍子抜けする。
 この調子であいつにも「あの時は少し驚いただけだ」と言ってやろうと思ってあいつの家を訪ねたが、あいにくと留守だった。

『ゴメンね、最近お兄ちゃん何も言わないで外に行くことが多くて』
 気負っていた分拍子抜けしてしまい、うちに上がって待ってみたら?とあいつの妹が誘うのを断って、オレはいったん家に戻ることにした。夏休みも半ば過ぎ、そろそろ宿題の心配をしなければならない時期に入っている。そっちの方から話を持って行くのもイイ考えだな、などと思いながら道を歩いていた時。
 道を曲がるとオレの前方に見覚えのある後ろ姿が現れた、あいつだと思って反射的に身を隠してから、よく考えてみれば隠れる必要はもうないと思い出して声を掛けようとした直後。
 あいつの脇を徐行していた車が停車するなり、数人の男があいつを取り囲んだ。何か叫ぼうとしたあいつを男の一人が口を押さえながら抱え込み、車の中に連れ込もうとした時、オレは殆ど反射的に駆け出して男達の臑部分を狙って次々に蹴りを入れていた。子供の力とは言えいきなり急所に攻撃を食らった男達が呻く中、男の一人が取り落としたあいつの手を掴んで叫ぶ。
「逃げるぞ!」
 しかし力の限りに掴んだあいつの手がオレの手を握り返す事はなく、そもそも立ち上がろうともしないあいつの身体。
「おい、しっかりしろ!どうしたんだよ!」
 そこまで叫んでからようやく、オレはあいつがクスリか何かで意識を失わされたらしい事に気付いた。
「ちっ!」
 それならとオレはあいつを自分の背中に背負ったが、そこまでが限界だった。
「……このガキが!」
 男の容赦ない一撃にオレの身体はあいつごと軽々と吹っ飛ばされ、道路に転がる。
「おい!そっちのガキには怪我をさせるなと言われているだろうが!」
「分かってるさ!しかしな!」
「止めろ、時間がないんだぞ」
 言い争いを始めそうだった男二人をリーダー格らしい男が制止し、今度はオレに視線を向ける。
「予定外だが、仕方ないな」
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「捨て身の一撃」より・兄ちゃんのナイショ話

2015-02-19 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 三人の兄ちゃん達を追い払ってから爺さんの家に帰る途中、大兄ちゃんはオレに怖い思いをさせてしまった詫びだと言ってドッグカフェに連れて行ってくれた。犬用クッキーを貪り食らうゴスペルを傍らにハンバーグランチを食べていたオレに、コーヒーカップを手にした大兄ちゃんが声を掛けてくる。
「なあお前、もしオヤジに『お前が10歳になって会いに来ようとしたからワシの娘夫婦が死んだ』と言われたら、どう思う?」
 思わずフォークを止めて見上げると、大兄ちゃんは酷く悲しそうな顔つきで続ける。
「お前がオヤジに言ったのは、それと同じ事だ」
 自分では想像も出来なかった言葉に胸が詰まって俯くと、大兄ちゃんは何かを決心したように一つ頷いてから更に言葉を継いだ。
「オヤジはな、俺たちと同じ施設育ちだ。まだ赤ん坊の頃に置き去りにされていたんだそうだ……それでも頭の良かったオヤジは自力で進学して就職して嫁さんを貰って、子供も出来て、自分はこれから幸せになるんだと思っていた」

 初めの悲劇は産まれてきた子供と引き替えに最愛の妻を失った事。だが、それでも爺さんは男やもめのまま一人娘を育て上げた。
 やがて一人娘は愛する男と出会い、二人の仲を強硬に反対した爺さんの元を去った。それでも爺さんは二人の間に子供が産まれたと聞いて訪ねていき、今度は『もう十歳まで会わせない』と叩き出されたと言う。
「……確かにかーさんは気が強かったけど、何があってそんなコトになったんだ?」
 そんなオレの直球過ぎる疑問に、大兄ちゃんは「さあな」とだけ答えて話を続ける。
 二度目の悲劇は娘夫婦一家の事故。高速で飲酒運転中の大型ダンプに突っ込まれ、オレがほぼ無傷だったのは奇跡だと後に教えられた。ニュースでそれを知った爺さんは、例え葬式には間に合わなくても娘夫婦が遺した子供だけは守らなければならないとオレの元に急いだのだそうだ。
「オヤジは基本的に自分の過去を他人に話す人じゃなかったが、一度だけ『孫が十歳になったら会える』と嬉しそうに写真を見せてくれたことがあってな」
 あの時は少しお前が羨ましいというか、妬ましかったぞと呟いてから大兄ちゃんは黙り込んだ。オレの方もすっかり食欲が失せ果てたまま、ただ意味もなく目の前のハンバーグをフォークでつつき回す。
「……お前が大変な目に遭ったのは知っている。だが、オヤジだって平穏に暮らしてきたわけじゃないと、今は無理でもいずれ解ってやって欲しい」
「……大兄ちゃんって、じーちゃんみたいな話し方するんだな」
 思わず呟いたオレに、大兄ちゃんは実に意外そうな表情になる。
「俺は四人の中で一番オヤジに似ていないと良く言われるんだが」
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「取り押さえられる」より・兄貴達の逆襲

2015-02-18 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 最悪の気分で迎えた夏休みを、オレがゴスペルと一緒にダラダラと過ごしていたある日。
 久しぶりに爺さんの里子だった『兄ちゃんたち』が三人ほど遊びに来た。
「何だ何だ不景気な面しやがって」
「まあ、夏休みだってのにドコにも行けないんじゃ退屈で腐るだろう」
「いいトコロに連れてってやるぞ、車でかいからゴスペルのヤツも連れて行こうぜ」
 最初の出会いこそ出会いだったが、その後の兄ちゃんたちは遊んでくれたり外でメシを食わせてくれたり、たまに小遣いをくれたりとイロイロ構ってくれたので、オレもその頃にはすっかり懐いていた。だから、その日も何の疑いもなく『兄ちゃんたち』の誘いに乗った。
 その日の天気は快晴で、オレは車窓にゴスペル共々へばりついて流れ去っていく景色を夢中で眺める。やがて車は町を離れて家の姿も疎らになり、いつしか完全な山道に入った。
「ところで、今日はドコ行くんだ?」
 その時点でもまだ兄ちゃんたちの意図に気付いていなかったオレが脳天気に尋ねると、兄ちゃんの一人が笑いながら『いいトコロだよ』と答えてきた。その口調に何かイヤなもを感じ始めたあたりで車が止まり、オレとゴスペルは促されるままに車から降りる。
 見回すとそこは地元の人間しか入らないような林道に続く空き地で、とても『いいトコロ』には思えなかった。
「なあ兄ちゃんたち、コレって」
 直後、一番末の兄ちゃんが笑顔のままオレを突き飛ばす。そのまま尻餅をついてしまったオレにゴスペルが駆け寄ってきて兄ちゃんたちに唸るが、ゴスペルが見かけ倒しの臆病な犬だと知っている兄ちゃんたちはただ笑うだけだった。
「なあオマエ、一体オヤジに何を言った?」
「オヤジが甘い顔してりゃ図に乗りやがってよ」
「実の孫だからって調子に乗ってるんじゃねえぞ」
 オヤジに謝れよ!出来ないならココに犬と一緒に置いてくぞ!
 予想もしていなかった大人が本気で浴びせてくる罵声に、オレはただゴスペルにしがみついて震えていることしか出来なかった。その時。
 いきなりその場に現れた人影が稲妻のように拳を振るい、三人の身体が地面に沈む。
「何をやっている、お前等」
「……だ、大兄ちゃん、今日は家庭サービスの日では?」
「ほら、コイツが酷えコト言ったからオヤジが落ち込んだじゃん」
「大兄ちゃんだって許せないだろ!」
 そんな弁明を皆まで聞かず、再度三人に対して念入りに拳を振るってから大兄ちゃんは割れ鐘のような声音で叫んだ。
「オヤジとこいつの問題が暴力で解決出来るなら、とっくにオヤジが拳を振るって解決しているんだ!余計な真似をするんじゃない!」
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「壁際に追い詰められる」より・投石の行方

2015-02-17 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
理由は知らん、経緯も知ったことじゃない。そんな風に前置きしてからヤツは続ける。
「ただ、あいつは何か守りたい存在があって、それ故に『良い子』であることを自らに課した。そんな無茶を続けていれば大概どこか壊れるものだが、あいつはそれでも『良い子』で在り続けてきた……たいした精神力だ」
 それに引き替え、とヤツはオレを見据える。
「貴様は子供だ、周囲の事など忖度せずに己の感情のままに笑い、怒り、叫ぶ。
 未熟で、放漫で、そして無力だ」
 ヤツの使う言葉はどう考えても年齢不相応の難解な単語が入り混じっていて文法上の正確な意味を捉えるのは難しかったが、その口調と態度から悪口を言われているのは丸判りだったのでオレは叫ぶ。
「うるせえな!ガキで悪いかよ!」
「悪くはない、貴様はそれが許される立場だ」
 だが、とヤツは更に続ける。
「それ故にお前はこれからも様々な場面で傷付き、痛みに狂い回る。それが子供である事の代償だから仕方が無いかもしれないが」
「一つ聞いていいか?」
「何だ」
「いったい歳いくつだ?」
「今年十一歳になる」
「オレと同い年じゃねえか!なんでそこまで偉そうにできるんだよ!」
 思わず殴りかかったオレの拳を、ヤツは殆ど一動作で軽くかわした。
「ああ、それは簡単だ」
 次の瞬間にオレの腕を取ったヤツは、そのまま腕を捻り上げながらオレの身体を空き家の壁に叩き付ける。
「必要に駆られて無数の場数を踏んできた、それ故にだ」
「痛ででででっ!」
「だが、だからこそ貴様ら、特に貴様の言動は興味深い」
『そちら』を選ぶ事は出来なかったからな。ヤツはそう呟くなりオレから手を離して背を向けてきた。
「いずれにしろ暫くは観客(オーディエンス)に徹するさ、せいぜい楽しませてくれ」
 そのあまりにも人を食ったような態度に、オレは思わず足下の小石を拾い、歩み去って行くヤツに向けて投げ付けていた。が、ヤツは振り返りもせずに小石を掴み取り、そのままオレに投げ返してきた。避けきれずに当たった小石の痛みにオレが思わず呻いていると。
「誰かに石を投げ付けた時は、その石を投げ返される覚悟をしておいた方が良い」
「うるせえ!」
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「赤か白かどちらかのコードを切れ」より・ストーカー様より一言

2015-02-16 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 あの日以来、オレはあいつの存在を完全に無視することにした。あいつは何か言いたげだったが何も言わず、周囲は再びオレにイロイロと勝手なことをぬかしてきやがったが、無言のまま力の限りに睨みつけてやったら黙りこむ。

 クラスの連中は誰一人オレに関わろうとせず、そもそも声すら掛けようとしない。そんなオレにとっては静かな日が数日続いた後で一学期の終業式がやってきた。
 式が終わってからおずおずと近寄ってきたあいつを当然のように無視していたら、クラスの連中が何人かあいつに寄ってきて一緒に帰ろうと誘い始める。以前は近寄りがたいと皆に遠巻きにされがちだったあいつだが、オレと一緒に行動するようになってから何故か声を掛けてくる奴が激増したらしい。ひとをダシにしやがってと以前ならムカついていたかもしれないが、今はその図々しさで早くあいつをココから連れて行ってくれと本気で思う。
 程なくあいつは殆ど無理矢理連中に引っ張られていき、一人になったオレは悠々とうちに帰ることにした。

「訊きたいことがあるんだが」
 いきなりオレの前に湧いて出たヤツの姿に、ストーカーの分際で何でここまで偉そうなんだと呆れていたら路地裏に引っ張り込まれ、更に空き家らしい家の庭に押し込まれた。
「此処なら少しの時間は誰の邪魔も入らん。あいつと何があった」
「お前には関係ない」
 そんなオレの態度に気分を害した風を見せぬまま、ヤツは一人で納得したように頷いてみせる。
「成る程、よほどの行き違いがあったか」
「ひとの話をきく気はなさそうだな」
「今の貴様に話す気は無いのだろう」
 そもそも俺が何と言おうと言うまいと小揺るぎもしない、ヤツの切って捨てるという言葉通りの口調と態度に歯ぎしりしながらオレは呟く。
「いったい、お前は、オレとあいつに、ナニを、望んで、いるんだ」
 するとヤツは一瞬だけ困惑に良く似た表情をその顔に浮かべてから、すぐに元の無表情に戻った。
「……これは持論だが、一つの可能性は選択するごとに他の選択肢への道を断ち切り、人生という道を狭めていくものだと思っている」
 おい、何の話をと口を挟みかけたオレを遮り、ヤツは続ける。
「そういう意味で、あいつは『大人の望む子供』になるために『子供らしい子供』で在り続ける道を自ら断ち切った存在だ」
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「鈍器で後頭部を一撃」より・砕け散る

2015-02-15 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
爺さんが留守なのか灯りの消えたリビングに、オレはゴスペルの名前を呼びながら駆け込む。が、リビングにゴスペルの姿はなかった。
「……ゴスペル?」
 次の瞬間、オレは狂ったようにゴスペルの名を呼びながら家中を駆け回る。それでもゴスペルを見つけられなかったオレは玄関で靴を履き直して外に飛び出そうとした、その時。
「何じゃ、もうパーティーは終わったのか?」
 リードで繋いだゴスペルを連れた姿で爺さんが庭に立っていた。そのままゴスペルからリードを外している最中にオレの様子に気付いたらしく、眉根を寄せて問いかけてくる。
「まさかとは思うが、喧嘩でもしたのか?」
 直後、オレの中で何かの箍が完全に外れてしまった。そして次の瞬間には心配そうに鼻面を押し付けてくるゴスペルにも構わず、ただ感情のままに叫ぶ。
「オレのゴスペルに触るなよ!父さんや母さんだけじゃなくゴスペルまで横取りする気かよ!」
「……何の話を」
 訳が分からぬといった表情の爺さんに、オレは絶対に言ってはならない言葉を口走った。

「じーちゃんに会いに来ようとしなければ、父さんも母さんも死ななかったんだ!」

 直後、爺さんの表情が思い切り歪んだ。殴られる!と反射的に身を硬くして目を閉じるオレだったがいつまで経っても衝撃は訪れず、恐る恐る目を開くと普段通りの無愛想な爺さんがオレを見下ろしながら『そうか』と一言だけ呟いて一人で家に入っていった。
 どうしたら良いのか判らないまま立ち尽くしていると、ゴスペルが何かを見つけたように吼える。
「どうしたゴスペル」
 その視線を追うと、垣根の外にあいつが立っていた。今にも泣きそうな表情で見詰めてくるあいつに、オレはどうしようもなく理不尽な怒りを感じる。

 優しい爺さんや妹、それに離れていても立派な両親がいて何不自由なく幸せに暮らししているくせに、どうしてそんなに悲しそうな顔が出来るのか。

「あの、ボクも、おじいちゃんや妹も、今日両親が帰ってくるって知らなかったんだ」
 驚かせちゃって本当にごめん、そんなあいつの言葉もその時のオレには全くの言い訳にしか聞こえなかった。
「……帰れよ」
 更に何かを言いかけたあいつの言葉を遮って、オレはもう一度叫ぶ。
「帰れよ!帰れって言ってるだろ!」
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「もってあと数時間」より・サプライズパーティー

2015-02-14 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 今日はゆっくりしてこいという爺さんに見送られ、プレゼントを抱えたオレはあいつの家を訪ねた。

 招き入れられたリビングには花が飾られ、恐らくはあいつの妹も手伝ったであろう様々な料理と大きなケーキがテーブルに所狭しと乗せられている。
「いらっしゃい、良く来てくれたね」
 笑顔のあいつにプレゼントを差し出し、コレは妹の分だともう一つ付け加えると驚いたように受け取ってから妹を呼び、二人でオレに礼を言いながらはしゃぎ始める。
「ありがとう!」
「大事にするわ!」
 そしてオレ達はあいつの爺さんの促されるままテーブルに着き、皆でハッピーバースデーを歌うのに照れながらオレも小声で併せた。そして、あいつがケーキに灯されたロウソクを吹き消そうとしたとき。
 インターホンのチャイムが鳴った。

「はて?誰だろうな」
 あいつの爺さんが不思議そうに呟いた直後、勢いよく扉が開いて室内に二人の男女が飛び込んできた。
「お誕生日おめでう!」
「二人とも大きくなったわね!会いたかったわ!」
「パパ、ママ!」
 あいつの妹がそう叫ぶなり女性に飛び付き、一瞬遅れてあいつもそれに倣う。
「パーティーの最中と言うことは、ギリギリセーフだったかしら」
「仕事が思ったより早く片付いてね、何とかお前たちの誕生日に間に合わせようと急いだ甲斐があったよ」
 わあすごいや、とかパパありがとう、とか、そんな会話が飛び交う中、オレはただ一人で呆然とするしかなかった。何しろかつて『今はいない』と言われたあいつの両親を既に死んだものと勝手に思い込んでいたのだ。おまけにあいつも妹も、自分の両親の前では普段の大人ぶった態度をあっさりと放棄し、その表情は今まで見たことのない年相応の親に甘える子供のもので……いたたまれなくなったオレは席を立つ。
 そこでようやくオレの存在を思い出したらしいあいつが、両親に『友達なんだ』と紹介しているのもろくに聞かず、オレは「帰る」と一言だけ言い捨ててからあいつの家を飛び出していた。誰かの呼び止める声が聞こえたような気がしたが、それも振り切って全速力で走る。
湧き上がる滅茶苦茶な感情をもてあましながら、その時のオレはただゴスペルの温もりに触れたかった。それだけがオレに残されたものだと信じていた。
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「お前に背を預けるぞ」より・祝祭前夜

2015-02-13 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 オレが爺さんの家で暮らすようになった頃はまだ冬だったが、気がつくと春が過ぎ、梅雨が明け、もうそろそろ夏休みも近くなった。当然ながらオレ達は進級したが、クラス替えがあったにも関わらずあいつとは再び同じクラスになり、何となく一緒に行動しているとたまに隣の学校から予告もなしにヤツが涌いて出る。そんな日常が何だか当たり前のように思えてきた今日この頃。

「誕生日?」
「うん、それでパーティーを開くんだ。おじいちゃんも妹もぜひ呼びなさいって言ってるし、予定があうなら来てね」
「あー」
 気のない返事をしてからうちに戻ったオレは、いちおう爺さんに訊いてみることにした。

「誕生日パーティーって、なに持って行けばいいんだ?」
 そんな問いかけに、爺さんは一瞬だけ文字通り目を丸くしてから答える。
「学校の友達に誘われたのか?」
「うん、あいつ」
 すると爺さんは「ちょっと待っていろ」と一旦食卓から離れ、財布を片手に戻ってきた。そのまま小額紙幣を一枚引っ張り出してオレに渡してくる。
「これで買えるだけの文房具を用意すれば良かろう。奴の孫なら多分そういうのが一番喜ばれる筈だ」
「……あ、うん」
いつもならここで会話が途切れるのだが、その日の爺さんはよほど機嫌が良かったのか片頬を歪めた微笑みに見えなくもない表情で言葉を続けた。
「それにしても、お前も学校や外ではそれなりに友達と遊んでいるんだな。うちに連れてきたことがないんで心配していたが」
「だってここ、じーちゃんの家だし」
「何を言っとる、お前はワシの孫なんだからココはお前の家じゃろうが」
 正直、爺さんがそんなことを言うとは思っていなかったので呆然としていると、さすがにばつが悪くなったのか『ほれ、さっさと晩飯を食ってしまえ』とそっぽを向いてしまう。

 次の日、学校から帰ってからショッピングセンターでプレゼント用の文房具を選んでいる時、不意に『あいつの誕生日なら、あいつの双子の妹も誕生日だよな』と気付いたので、悩んだ挙げ句、文房具の他にちょっとゴスペルに似た感じの犬のマスコットを買ってラッピングして貰った。我ながら良い思いつきだと自画自賛しつつ、プレゼントを渡した時のあいつの妹の反応を色々想像するとなかなか楽しい気分になれた。そして、その楽しい気分は誕生日当日まで続いた。  
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「不敵に笑う」より・バケモノ再来

2015-02-12 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 何でココにいるんだと言うのが、ヤツと再会したときの正直な感想だった。
 そりゃそうだろう、ヤツは隣の学校の生徒だし、オレはあいつと一緒にうちに帰る途中だったのだ。待ち伏せでもしない限り行き会う可能性は限りなく低い。
「やあ、久しぶりだね。近くに用事でもあるの?」
 大概の事態には笑顔で対応するあいつが普段通りにニコニコしながら訊ねると、ヤツは相変わらずの無表情で答えた。
「お前達を見に来た」
「ボクたちを?」
 訳が分からず戸惑うオレとあいつに、ヤツは僅かに眉間に皺を寄せながら話し始める。

 物心ついたときから己が周囲の人間とはどこか違うこと、そもそも情緒的に何かが欠けていることにヤツは気付いていたという。だが、ヤツの両親はヤツに『優秀な息子』であることしか望まず、結果的にヤツは両親をある意味で見限ることになった。
「それでも支えになってくれる幼馴染みがいたから今まで何とかやって来られたし、これからもそうする積もりだ……だが」
 まさか『仲間』がいるとは思わなかったと、ヤツの言葉はそう続いた。
「ああ?誰が誰の仲間だって?」
「だから、お前達だ。散々考えたが、それしか答えが出ない」
「一体ドコをどうやったらそんな答えが出るんだ」
「自分が周囲の連中とは異質な存在であることは、お前にだって判っているだろう」
 いきなり直球で痛いところを突かれたオレはつい反射的にヤツに殴りかかるが、『ダメだよ!』と叫んだあいつに止められた。
「……たしかに、ボクたちは他の子たちとは少し違うかもしれないけど、だからといってキミの仲間とは限らないよ」
 そんなあいつの口調には、珍しく隠しようのない怒りが含まれていた。
「そうだな、ひょっとしたら『敵』かもしれない」
 だが、それはこれから決めることにしようと言うなり背を向けてきたヤツに、オレは悔し紛れに叫ぶ。
「もう一度勝負しやがれ!今度は絶対に振り切ってやる!」
「サッカーでか?どうしてもと言うならまあ、忙しい身体だが相手をしてやってもいい」
「忙しいってなんだよ、習いごとにでも行ってるのか?」
「デートだ」
 そのまま悠々と歩み去って行くヤツをぶん殴ってやろうと駆け出しかけたオレは、再びあいつに押さえつけられた。
「一発だけでもいいから殴らせろーっ!」
「だからダメだってば!」
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