カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

「通信遮断」より・妹のナイショ話

2015-02-11 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 うちには小さな家庭菜園があって、そこでは爺さんがちまちまとトマトやキュウリなどの野菜を育てている。
 そんなある休日の朝、収穫したばかりの野菜をビニール袋に突っ込んだ爺さんが、あいつの家にコレを持って行けとオレに渡してきた。
「勉強を見て貰って、おやつも出してくれたんだろう。一応の礼はしないとな」
 言われてみれば確かにそうなので、オレは黙って袋を受け取ってあいつの家に向かう。
 インターホンで声をかけると、対応してくれたのはあいつの妹だった。
『あ、ごめんなさい、今、おじいちゃんもお兄ちゃんもいないのよ』
「遊びに来たんじゃない、うちのじーちゃんからの届けものだ」
 ビニール袋に入った野菜を示すと、あいつの妹は『わあ!新鮮なお野菜』と喜んでドアを開け、ついでにオレを室内に引っ張り込んだ。抵抗する間もなくソファに座らされたオレは、お茶の用意を始めるあいつの妹を呆然と見詰める羽目に陥る。
 成る程、この問答無用のマイペースぶりは確かにあいつの妹だ。などと妙な感心をしていると、すぐに茶と茶菓子を持って現れたあいつの妹は、実にさりげなくオレの正面の椅子に座ってオレに菓子を勧めてきた。
「コレは自信作なの、良かったら食べて」
 言われるままに食った菓子は確かに旨かったので、ごく普通に『旨い』と口に出すと更に喜ぶあいつの妹。
「良かった!おじいちゃんもお兄ちゃんも何も言ってくれないんだもの」
「そう言えば、こんな朝っぱらからドコ行ってるんだ二人とも」
「あ、ちょっと病院に」
「ケガでもしたのか?」
「ううん、実はお兄ちゃん、小さい頃に大きな病気で手術したことがあって、今は元気なんだけど一応定期的に検診を受けているの」
「あいつが?」
 大きな病気とやらも手術という言葉も、普段から無駄に元気で明るいあいつのイメージからは全く想像出来ずオレはちょっと驚く。が、そう言えばこの前の体育で水泳があったとき、あいつは水着にも着替えず見学していたなと思い出した。
「ところでこの話、内緒にしてね。お兄ちゃんの友達には知っておいて欲しいから話したけど、たぶんお兄ちゃんが嫌がるから」
「……ああ」

 考えてみれば、あいつのことをオレは殆ど何も知らない。今まではそれで不自由はなかったし多分コレからも別に不自由はあるまい、ないはずだ。
 あいつの妹から『自信作のケーキ』を貰って家に帰る途中の道で、オレはそんなことを考えていた。
コメント

「俺を信じろ」より・試合開始

2015-02-10 21:57:53 | だからオレは途方に暮れる
 オレの学校の連中が言う『バケモノ』は、少なくとも外見は普通の小学生だった。特に際だった筋肉質でも長身でもないし、どちらかというと顔立ちは整っている。ただ、その顔はまるで人形か何かのように明確な表情というものがなかった。
 確かに不気味なヤツだと思いながらも、試合開始の合図と殆ど同時に駆け出したオレはあっさり向こうの学校の選手からボールを奪った。が、独走態勢に入る前に軽くボールを奪われ、そのまま別の選手にパスされてしまう。
「!」
 いつの間にかヤツにオレの斜め後ろに貼り付かれ、更に一瞬の隙を突かれたのだと気付いたオレは、とにかくヤツのマークを振り払おうと足掻くが、ヤツはまるで影法師のようにオレの動きをそっくり真似ながら、時折オレという本体に取って代わろうといているかのように動きを封じてくる。

 駄目だ、振り払えねえ!

 何度かボールを奪われ、悔しいがそう認めざるを得なかったオレの耳が聞き慣れた声を捉える。あいつだと気付いた直後にオレは全力で駆け出し、向こうの選手からボールを奪った直後に、ゴールを目指す振りをしながらあいつに向かってパスを入れていた。
 徹底的に独走を繰り返していたオレが他の相手にパスを回したのが予想外だったのか、流石にヤツも咄嗟に反応出来ないでいる中、あいつは針穴に糸を通すような際どい軌跡を辿って足下に転がってきたボールを巧みに操りながらゴールを目指し、見事にシュートを決める。

 それからの試合はオレ達のペースで進み、結局勝ったのもオレ達のチームだった。

「やったね!ナイスアシストだったよ!」
 嬉しそうにハイタッチを求めてきたあいつに対して、オレは半分呆けながらそれに応じる。ヤツに散々に翻弄されたせいでプライドはかなり傷付いたが、あいつがシュートを決められたのはオレのパスが的確だったからだし、結果的に試合にも勝った。

 と言うわけでまあ、痛み分けだなと勝手に決めて何とか平常心を取り戻したオレは、ヤツがオレとあいつに向かって形容しがたい視線を向けていた理由について随分後になるまで考えることもなかった。
  


コメント

「我が軍門に下るが良い!」より・もう一人のバケモノ

2015-02-10 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 その日は朝からあいつがオレに絡んでこなかったので何かあったのかと思ったら、代わりにクラスの連中が見慣れない数人と一緒になってあいつに絡んでいた。
 別にイジメとかそんな雰囲気ではなく、皆が何かを必死に頼んでいるのだがあいつは気が乗らない、そんな感じだ。珍しいこともあるものだと聞くとはなしに聞いていると、何でも隣の学校で行われるサッカー試合に出て欲しいと言うことらしい。

 何となくムッとしながら成り行きを眺めていると、あいつは本気で困ったように「ボクは、そういうのはちょっと」と繰り返すばかりだっが、連中も『公式試合じゃないから!』とか『サッカー部員や少年団じゃないとか関係ないから!』とか『隣の連中にナメられっぱなしとかマジ勘弁だから!』とか『あのバケモノに対抗出来るのはキミだけだから!』とか必死だった。そしてオレはとうとう我慢しきれずに割り込んで怒鳴る。
「てめえら、何でオレに声をかけないんだ!」
 すると連中は一様に「えー」と言わんばかりの微妙な表情になった。
「……だってキミ、ボールを他の人に回さないし」
「チームワークとか考えないでしょう」
 痛いところを突かれたオレは、取りあえず逆ギレしつつ訊いてみることにした。
「うるせえな!それよりバケモノって何だよバケモノって!」

 どうやら何かを諦めたらしい連中が嫌々ながら順序立てて説明してきた事をまとめると、隣の学校にサッカー部にも少年団にも正式加入していないながら常識外れに強いヤツがいて、うちの学校のチームがボロ負けしたのだそうだ。情けない話ではあるが、このままでは面子が保てないとあいつを引っ張り出してリベンジを目論んでいるらしい。
 正直、馬鹿じゃねえのかお前らと突っ込んでやりたかったが、それより早く、さっきまで何だか煮え切らない態度だったあいつが何か決心したように顔を上げ、オレを見ながら言った。

「それじゃ、キミと一緒ならボクも参加するよ」

 この発言で連中の間から色々な意味の阿鼻叫喚が上がったが、あいつの決心が固いと悟ったのか渋々同意し、オレの参加も決定した。そして、それがオレとあいつとヤツとの出会いになった。
コメント

「無茶しやがって」より・栄光の報酬

2015-02-09 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 最近オレの帰りが遅くなったのは何かあったのかと爺さんが聞いてきたので、連日同級生の家まで引きずられて勉強させられていると答えた。ついでに当の同級生であるあいつとあいつの爺さんの名前を教えたら、何故か思い切り爺さんの表情が渋くなる。
「なんだよ、あいつの家に行くなってことか?」
「そんなことは言っておらん……昔のことを思い出しただけだ」

 爺さんとあいつの爺さんは、昔、ちょうどオレとあいつのような関係だったらしい。つまりは人嫌いの爺さんを脳天気なあいつの爺さんが散々に引っ張り回し、周囲も何となくそれが自然なことだと認識する、そんな状態だ。
「ヤツは悪い奴じゃなかったし、今から考えてみればワシもそれなりに楽しんでいた」
 だが、それでも、と言いかけて爺さんの言葉は途切れる。そのまま何となく気まずい雰囲気の中で溜息をついてから言葉を続ける爺さん。
「……コレから何があるかは分からんが、お前の好きにすれば良かろう」
 いや今はどちらかというとオレがあいつの好きにされているから、などと混ぜ返すことも出来ぬまま、オレは黙って飯を食うことに専念する。

 しかし、何だってあいつはオレにあそこまで絡んでくるんだろう?
 そんな疑問もふと浮かんだりしたが、勿論その時のオレに答えなど出せるはずもなかった。

 とりあえずあいつとの勉強会は、次のテストでオレがあいつには及ばないにしろ、なかなかの高得点を獲得するまで続いた。先生から返されたテスト用紙をこれ見よがしにリビングのテーブルに置いておくと、それを見つけた爺さんはオレに向かってただ一言だけ声をかけてきた。
「やれば出来るんじゃな」

 その晩の晩飯は珍しくオムライスが出た。卵焼きが所々破れた歪な形のそれに、オレはケチャップで思い切り自分の名前を書いてからスプーンを突き刺してやった。
コメント

「閉じ込められる」より・飛んで火に入る何とやら

2015-02-08 00:01:01 | だからオレは途方に暮れる
 日曜日の朝早くにゴスペルを連れて散歩していたら、前方の坂道から足下に果物が幾つか転がり落ちてきた。
「なんだ?」
 ゴスペルにも手伝わせて全ての果物を拾い上げてから坂の上を見ると、何やらキャアキャア叫びながら勢いよくオレたちに向かって手を振る女の姿があった。年頃はオレと同じくらいで、可愛い女の子が大好きなゴスペルが盛んに尻尾を揺らしているから、オレにはよく分からなくてもきっと可愛い子なのだろう。
「コレはお前のか?」
 そう言って返してやろうとした時、ようやくオレはその女が細い腕に似合わない大荷物を抱えていること、更にゴスペルがもの言いたげにオレを見上げているのに気付いてしまった。なので仕方なしに提案してみる。
「なんなら、運んでやろうか?」

 ガキとは言え、いきなり見ず知らずの男に自分の荷物を任せる女の図太さに感心しながら一緒に歩いていると、女はゴスペルを恐れる風もなく見ながら言った。
「おおきいワンちゃんね、名前はなんて言うの?」
「ゴスペル」
「なんだか強そうな名前だわ」
「キリスト教で『福音』って意味だぜ、クリスマスに生まれたから父さんが付けた」
「ロマンチックな由来なのね」
「うーん」

 ゴスペルがクリスマスの生まれだというのは本当だ。ただしそれはオレが産まれる一年くらい前、ゴスペルを身籠もった母犬がうちに迷い込んできて、難産の末にゴスペル一匹だけが生き残ったのを父さんが飼うことにしたという経緯があるのでロマンチックなんて事は今まで考えたこともなかった。
 まあ、そんな話までこの女に聞かせることはないだろうと黙ると、女は何だか見覚えのある道を進んでいき、見覚えのある家の前で止まった。
 女が「ただいま」とインターホンに呼びかけた時点で荷物を投げ捨てて逃げれば一人だけなら逃げ切れたかもしれないが、位置的にゴスペルの身体が邪魔をした。
「お帰り……って、遊びに来てくれたのかい?」
 相変わらず脳天気な笑顔のあいつが問答無用で素早くオレの手を取ると、女は驚いたようにあいつに向かって言った。
「朝市で買いすぎた荷物を持ってくれたんだけど、お兄ちゃんの友達なの?」
 
コメント

「無駄な抵抗は止めろ」より・悪意なき包囲網

2015-02-07 00:03:04 | だからオレは途方に暮れる
 うちの爺さんとは随分違うなというのが、あいつの爺さんを見たオレの第一印象だった。小柄なのは変わらないが恰幅が良く、笑顔を絶やさないせいもあって雰囲気が随分と柔らかい。
「君のことは良く聞かされているよ、この子と仲良くしてくれて有り難う」
「おじいちゃん、今日はぼくたち一緒に勉強するから」
 話が長くなりそうだと察したのか、あいつは早々に俺の手を引いてリビングから移動する。

「ここがボクの部屋だよ」
 ネームプレートが架けられたドアを開けると、そこにはいかにもあいつらしい空間が広がっていた。大きな本棚には図鑑や文学全集が並び、学習机の他にノートパソコンを置いた机もある。室内はきちんと整頓されていて、ベッドに架けられた明るい青色のカバーにも乱れはなかった。
「これは?」
 ふと目に止まった写真立てに飾られた写真について訊ねると、あいつの両親だという。
「今はいないけどね、とにかく勉強をはじめようか」
 促されるまま机に着いて教科書とノートを広げながら、オレと同じで両親がいないのかとぼんやり考えていたら、熱心に問題の解き方を教えようとしていたあいつに「聞いてるの!」と怒られた。

 しばらくするとノック音が響き、あいつが返事をしながら部屋の扉を開けると、先ほどの爺さんが湯気の立つカップとケーキの乗った皿二人分を盆に載せた姿で現れた。
「そろそろ休憩しても良い頃だろう?」
「ありがとう、おじいちゃん。さあ食べよう、コレ妹が焼いたんだよ」
 そんな風に促されるまま食ったケーキは確かに旨かった。
「妹がいるのか」
「うん、双子だよ。学校では別のクラスだけど」
 成る程、道理で見ないわけだと納得していると、不意にあいつの爺さんが少しだけ眉をひそめてうちの爺さんの名を挙げ、オレはひょっとして親戚かと訪ねてきた。
「……うちのじーさんを、知ってる?」
「おお、それでは君はやっぱり奴の孫か!奴も知らせてくれれば良いものを!」
「おじいちゃん、知り合いなの?」
「大学時代の同期で、しばらくは同じ研究所に勤務していたこともある」
「わあ、すごいや!おじいちゃん同士も友達だったんだ!」
また爺さんに会いたいと喜ぶ自分の祖父を見ながらはしゃぐあいつの姿に、オレは何となくだが逃れようのない何かに絡みつかれている自分に気付き始めた気がした。
コメント

「どうです、ここで一つ手を組みませんか」より・問答無用の友情

2015-02-06 00:04:02 | だからオレは途方に暮れる
 オレの気紛れというかムラ気が酷い事は昔から父さんや母さんに何度も言われてきたし、悔しいが自覚もある。だから、今回のテストの点数が悲惨な結果になったのは最近色々あった末の不可抗力で決して俺自身の実力ではない、断じて違う。
 などと言い訳しながら持ち帰ったテスト用紙を丸めてゴミ箱に捨てておいたら、何故かそれを爺さんに見つけられた。

「成る程、勉強は苦手なほうか」
 それだけ言ってオレにテスト用紙を返してきた爺さんを見返すべく昼休み時間に教科書を引っ張り出していると、教室を出ようとしていたあいつが声をかけてくる。
「どうしたの?サッカーやろうよ」
「うるせえな!いま忙しいんだよ!」
「えー、だって今朝も『今日こそ負けない!』とかボクに言ってなかった?」
 手にした鉛筆をぶち折りかけながらも、オレは奇跡的に発揮出来た忍耐力を駆使して歯ぎしりしながら答えた。
「勝負は預けておいてやる……」
「だめだめ、勉強なんてダラダラやっても身につかないよ。遊ぶときには遊ばないと」
 そのままオレの手首を掴んだあいつは問答無用でグラウンドに向かって歩き始める。そして道中いかにも良いことを思いついたとばかりに提案してきた。
「そうだ、勉強ならボクが見てあげるから学校が終わったらうちにおいでよ」
 おじいちゃんもボクに友達が出来たって教えたら喜んでくれていたからきっと歓迎してくれるよ、などと笑顔でまくし立ててくるあいつの手を力ではどうしてもふり解けないまま、オレは力一杯叫んだ。
「すこしは人の話を聞けーっ!」
「え、なに、どうしたの?ところで甘いものは好き?たしかケーキが残ってるからね、美味しいんだよ」

 その日のサッカーの結果については言わずもがなだろう。
 そして放課後、ホームルーム終了直後の初速ダッシュ失敗が響いて逃げ切れなかったオレは、宣言通りあいつの家まで文字通り引きずって連れて行かれることになった。
コメント

「敵に囲まれる」より・息子達の襲来

2015-02-05 00:21:05 | だからオレは途方に暮れる
 日曜日の午後。
 オレがリビングでゴスペルと遊んでいると不意に玄関の方が騒がしくなったが、どうせ爺さんの客だろうと思って放っておいたら勝手に若い男が四人ほど上がり込んできた。
「おお、お前がオヤジの孫か」
「目付きがそっくりだな」
「意外に可愛いじゃねえか」
「生意気そうな面してやがる」
 好き勝手なことをぬかしながら無遠慮に近付いてくる体格の良い男達にゴスペルが威嚇のうなり声を上げるが、男達は全く怯まずに素早く三人がかりでゴスペルを押さえてしまう。何するんだと叫んで連中に飛びかかりかけたオレも最後の一人に抱え込まれてしまった。
「ご主人様を守ろうとするとは良い犬だ」
「良い犬だが、年を取りすぎたな」
「安心しろ、お前も坊ちゃんも取って食いやしねえよ」
「そうそう、何しろ坊ちゃんはオヤジの大事な……」
 男達の言葉はそこで途切れる。直後に四人は床に転がされ、オレとゴスペルは呆然とそれを眺めるだけだった。
「何をしておるんだ、お前等」
 外見からは想像出来ぬ俊敏さで瞬く間に四人を制圧した爺さんが明らかに激怒寸前の口調で訊ねると、男達は床から跳ね起きるなり嬉しそうに答えた。
「オヤジ、お久しぶりです!」
「とうとうお孫さんと暮らせるようになったと伺ってご挨拶に参りました!」
「と言うか、どうしてすぐに知らせてくれなかったんですか!」
「お祝いしましょうよお祝い!」
 無遠慮に響き渡る男達の蛮声に対して「やかましいわ!」と更に巨大な声で一喝してから、爺さんは渋い顔になる。
「……まあ、お前等にすぐ知らせなかったのは悪かった。色々あったから事態が落ち着いてからと思ってな」

 話を聞くと、何でも四人はオレの母さんが家を離れてから爺さんが面倒を見た施設育ちの里子だという。爺さんは自分の奥さんに死なれてからずっと男やもめで暮らしてきたが、里親としての条件は満たしていたらしい。現在は四人とも社会人として独立して個別に生活しているのだが、『オヤジ』である爺さんを心配してしょっちゅう訪ねてくるのだそうだ。
「まあそんなわけで、宜しくな坊ちゃん」
コメント

「ダメージを受け膝をつく」より・隣のあいつ

2015-02-04 06:18:29 | だからオレは途方に暮れる
 当たり前と言えば当たり前だが、爺さんの家で暮らすことになったオレは新しい学校に転校することになった。そうして、実に不本意ながら『あいつ』と出会った。

 隣の席になったあいつは脳天気にニコニコ笑いながら、オレに向かって「よろしく」と声を掛けてきた。この時点で苦手なタイプだと判断したオレは出来るだけ無愛想な態度を取るようにしたのだが、あいつは全く空気を読もうとせずに話しかけまくって来て、移動教室や施設の位置がまだ良く分からなかったオレは不本意ながら、しばらくの間あいつに頼る形となった。

 あいつはオレと違って良い子ちゃんな優等生で、勉強は出来るスポーツは万能、おまけに人当たりと顔が良いのでクラスの人気者と言うか憧れの的らしかった。そんなあいつに親切にされながら全く仲良くなろうとしないオレはクラスの連中に色々面倒なことを言われまくったが、付き合っていられるかとばかりに全部無視してやった。ただ、このまま連中に舐められたままというのも癪だったので、今度はオレから仕掛けてやることに決める。

 狙っていた機会は意外に早くやってきた。体育の時間、オレとあいつは別々のチームに分かれてサッカーをすることになったのだ。
 あいつは基本的に周囲の連中に巧くボールを回しながら、ここ一番と言う時に強烈なシュートをゴールに叩き込むのが得意なようだったので、あいつがパスした相手からボールを奪い取り、独走状態でゴールを目指してやる。何人かオレを止めようとしてきた奴もいたが、はじき飛ばすように振り切ってやった。そして、そのままの勢いでシュートの体勢に入った直後。
 不意にオレのすぐ側で風が巻き起こった。

 何があったのか理解出来るより早く、オレからボールを奪ったあいつは信じられない素早さでフィールドを駆け抜けてゴールを決め、そこで試合終了の笛が鳴る。
 クラスの連中が上げる歓声の中、何人かとハイタッチを決めるあいつを見ながら、オレは悔しさよりも、むしろ今まで知らなかった背筋がゾクゾクするような感覚に襲われていた。あいつはオレからボールを奪う瞬間、まるで獲物を狙う獣のような凄まじい視線を向けてきたのだ。

 あいつ、一体何者なんだ。

 そんな事を考えてると、あいつが駆け寄ってきて嬉しそうに俺の手を取るなり言う。
「君、すごいね!ボク、本気でびっくりしたよ」

 その日から、あいつのオレに対する馴れ馴れしさが推定で三割増しになった。
コメント

「もう後がない」より・新しい生活

2015-02-03 00:36:25 | だからオレは途方に暮れる
 爺さんの家は古いが意外に広かった。
 オレの部屋だと通された部屋に置かれていた学習机や洋服箪笥も、かなり使い込まれたものだが頑丈な造りをしている。隅の方に剥がし忘れたらしいシールがそのまま貼ってあったが、色あせたそのロボットキャラをオレは知らなかった。
 この部屋を使っていたのは一体誰なのだろう。そんなことを考えながらオレが自分の少ない荷物を適当に突っ込んでいると爺さんが現れ、飯が出来たと言う。

 出された食事は魚やヒジキの煮物などの和食が中心だったが、意外にもすんなり受け入れられた。母さんの作る料理と殆ど味が変わらなかったのだ。
「食べ終わったら食器の片付けを手伝って貰うぞ」
 それは家にいた頃も同じだったので、オレは爺さんの言葉に頷いてから庭の方を見る。その片隅には犬小屋が置いてあって、すぐ側でゴスペルが餌皿に鼻面を突っ込んでいた。
「……ゴスペルにエサをやったのはじーちゃんか?」
「ワシの他に誰がいる」
 ゴスペルは普段なら絶対に家族以外の見知らぬ相手から餌を貰ったりしない。何だか裏切られたような気分でゴスペルを睨むと、オレに気付いたのかゴスペルが顔を上げると尻尾を股の間に挟み込んで視線をそらしてしまった。

 狼犬というのは基本的に毎日運動させてやらなければならないので、食器の片付けが終わったオレはゴスペルを連れて散歩に行くことにした。
「まだ道が分からんだろう、ワシも行こう」
 そう言って付いてきた爺さんだったが、一緒に歩いている間は何の会話もなかった。爺さんが何かを話したがっているのは分かったが、俺が何も話しかけようとしなかったせいだろう。実際、その頃のオレは爺さんと話すことなど何も思いつかなかった。ただ、たまに爺さんが近所の建物や道路の行き先について説明してきたりするのを聞くとはなしに聞きながら歩き、散歩は終わった。

 家に戻ってからオレは思い切って爺さんに、ゴスペルを家の中に入れて欲しいと頼んでみた。家ではそうやって飼っていたのだと。
 すると爺さんは「そうか」とだけ呟いてゴスペルを家に入れてくれた。嬉しそうに尻尾を揺らしながら、早速リビングの一角を縄張りと定めて陣取るゴスペルの姿に、どんなに爺さんに対して思うところが有ろうと、オレはもう本当にココで暮らして行くしかないのだと覚悟を決めることになった。
コメント