優吾が橋本を呼び出した数日後。
その日の天気は上々だったので、生徒達は昼休み時間に教室を離れ中庭やホール周辺の屋外で弁当を使う者が多かったが、圭佑や信乃、それに優吾の姿もその中にあった。
寮暮らしの優吾はホールで買った業者搬入の弁当を、他の二人はそれぞれ家から持ち込んだ弁当を敷地内の立木の枝葉をを初夏の爽やかな風が揺らす中で広げ、いつものことだが圭佑は三人の中でもひときわ嬉しそうに箸を動かす。松本でも有数の大店の息子である圭佑の弁当は量だけでなくおかずの内容もなかなかに豪華なもので、信乃などはこれだけの量の飯を日常的に喰らっている筈の圭佑が、どうして縦にも横にも伸びずに小さい躰のままなのかと疑問に思ったりするが、当然ながら口に出したりはしない。
「ああ、そう言えば二人とも、今度の日曜って何か予定あるか?」
ふと思いだしたように尋ねてくる圭佑。
「いや、特には無いが」
「己も無い」
信乃と優吾が答えると、圭佑はにんまりと満面の笑みを湛えてから提案してくる。
「それじゃさ、ちょっと良い料亭で一緒に昼飯なんてどうだ?」
「何かあるのか」
今までの経験上、圭佑がこういう表情をするのは大概が碌でもない騒動の発端であると知っている信乃が一瞬だけ優吾と視線を交わし合ってから呟く。
「実はさ、うちの秀一兄ちゃんがお見合いするんだよ。でさ、父さん達には内緒でおれ達三人にご馳走してくれるって言うからさ」
「俺達三人に?」
「信乃と優吾には色々おれが世話になってるから、こう言う機会にお返しをしておきたいって兄ちゃん言ってたぜ」
「世話に、ねぇ」
別に世話をしてやっているなどと言う気はないが、確かに圭佑と連(つる)んでいると面倒ごとに巻き込まれる頻度は相当に高い。そんなことを信乃が考えていると、同級生の一人が三人の存在に気付いたように近寄ってきて声を掛けてくる。
「おい圭佑、羽柴先生が職員室まで来いって呼んでたぞ」
何かやったのかお前、と続く同級生の言葉に思い当たる節でもあるのか僅かに表情を引きつらせる圭佑が救いを求めるように信乃と圭佑に視線を送るが、二人は自分の弁当から視線を外すことはなかった。
「取りあえず行って来い、お前の弁当は見ていてやる」
優吾が重々しく呟くと圭佑も観念したように立ち上がり、すぐ戻るからな!と叫ぶなり小走りでその場を駆け去って行く。
「……それにしても圭佑の兄さんが見合いとは、とうとう覚悟を決めたのかね」
信乃の呟きに優吾も頷く。
「元々から、大店の跡取りとしての責任を果たさねばならぬ身ではあっただろうが」
秀一兄ちゃん、何か女性が苦手なんだって。おれが小さい頃に何かあったらしいけど、詳しくは教えてくれないんだよね。
以前、圭佑が行っていた言葉を思い出しながら頷き合う二人。圭佑の兄である秀一とは何度も会った事があるが、さすが大店の番頭を勤めるだけあって人当たりが良く、少しばかり締まりのない印象は拭えないが顔立ちも悪い方ではない。故に秀一が現在まで女性を遠ざけるに至った、圭佑の言う『昔あった何か』は相当に深刻な事件だったと容易に察することが出来た。
「まあ、わざわざ圭佑や俺達を見合い現場に、しかも親に内緒で呼びつける辺り、何かはありそうだが」
「確かにな」
根っから坊ちゃん育ちの圭佑と違って平穏とは程遠い、はっきり言ってしまえば相当に屈折した幼少時代を送ってきた信乃は巧い話を額面通りに受け取るという習慣を持たないし、優吾は信乃とは別の意味で他人の好意に甘えるのが苦手だ。しかしそれ故に、何度か世話になっている秀一が圭佑と二人を巻き込んで何かを企んでいるというのなら、むしろ積極的に乗るべきではないかとも思えるのだった。
「とりあえず、今度の日曜か」
信乃が呟き、応ずるように優吾が頷いてすぐ、先生との話を終えたらしい圭佑が『おれの弁当~っ!』と叫びながら二人の側に駆け戻ってくる