あられの日記

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旧三井家拝島別邸(北泉寮)見学2階

2014年02月05日 05時12分34秒 | レトロ建築
北泉寮は、明治25年(1892)に永田町の旧首相官邸の所に建てられた鍋島侯爵邸の和館がベースになってます。なぜにベースかといえば、拝島へ移築した後に三井家が増築してるからです。
見学ツアーは建物2階へと進みます。私がまず驚いたのは南に大きく開いたガラス窓です。もう採光たっぷり~~。



広間を取り巻くように廊下があります。上の画像の床をよく見て欲しい。廊下の内側が畳敷きなのです。鍋島侯爵・旧鍋島藩のお殿様は、畳部分を歩くのだ。

こっちの画像の方が畳の廊下部分がもっとよく分かるかな?
「以前案内したお客さんが教えてくれたんですが…」
ン?

「床の間の上にある小さな引き戸は何の為についているか?」
何の為に~??
そういやあ、大概アレ同じ大きさなんだよな~。何でついてるのかしら?
「実は…」
ほうほうほう。
「首検分した首を入れる為だったのです」
フリーズ!!
え~と?ソレって…。
アレだ。戦があったとする。ンで敵方の名のある武将を倒したら、本人かどうか確認する為に戦場から首を本陣とか城へ送る。ンでもって首を納めた櫃を床の間の上の引き戸に収納したーーって事か!?
う~む。まさかの使い道!まさかの目的でアレはつけてあるのだね。

「この化粧台は古いです。オリジナルです」
ごめ~ん。他にも由来とか時代とか説明があったんだけどね。化粧台が置いてある場所は狭くてですね。案内人さんが説明してた時にそこに近づけなかったのね。後から撮影したンで、詳細は分からないままです。これが鍋島時代か?三井になってからか~??
さてさて、2階は大広間・中の間・小広間とか、いわゆる和室がいくつもあるのですが…。
「ここで問題です。一番格式の高い部屋はどこでしょうか?」
ン~~??
「実はこの部屋です」

「この部屋は、桟が全て角を面取りがなされています」
本当だ…。こんな所に職人芸が…。自由鑑賞だったら絶対に気付かなかったわ~。

そして私が密かに萌えたチェックポイントです。この建物って釘隠しが全くないんですよ。って事は、全部組み合わせの組木で建物が造られてるのだね。この建物が出来たのは1892年。1923年に発生した関東大震災を殆ど被害無しで耐えた優れた建物です。日本の技だよなあ…。まあ、旧首相官邸の地に立ってたのであれば、あそこなら地盤はそこそこ硬かったと思うけど。少なくとも液状化とかはなかったんじゃないかな~?とはいえ、同じ敷地にあった鍋島侯爵の洋館は倒壊したとかとか。
ああ…。レトロ建築を見学していっつも思うんだけどね。私にもう少し建築の知識があればもっともっと楽しめると思うんだよね。
こちら廊下の隅っこを写してみました。


2階の廊下から1階を見下ろしてみました。
さて、2階の奥へ進みます。

実はもう三井時代の増築部分になります。
「増築部分と鍋島侯爵の建物の見分け方は、桟の太さです。時代が下ると細い木が使われています」

「こちらが当主の寝室です」
病気で寝てた時とか、看護婦を呼び出しボタンが壁に残ってました。
更に奥へ進みますと、
「浴室です」
  
右の画像は、天井の湯気抜きです。
さて1階へ戻ります。
これ、昨日の記事の最後に紹介した階段ではありません。別の使用人用の階段だそうで。つーか、よくこんな和館を校舎として使っていたよなあ…。子どもなど使い方が洗いだろうにな。
入口には、維持募金の箱が設置してありました。





かつてここに門がありました。土台だけ残されてます。
最後に北泉寮の建物をもう一度振り向いて見学ツアーを終えました。

さて、ここからは…。大勢の見学者はグループ毎に散って行きます。あるグループは近所の拝島大師へ。別のグループは武田つつみと立川堀を見学に向かうようです。私らといえば…。そそくさと拝島駅行きのシャトルバスに乗り込みます。シャトルバスは本数は少ないけど、見学客も利用出来るのです。しかもありがたい事に無料で利用出来るのだ!
拝島駅到着。次に向かう先はJR日野駅。あっこさんの希望で新選組ゆかりの日野本陣を目指します。

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