あるBOX(改)

ボクシング、70年代ロック、ヲタ系、日々の出来事などをウダウダと・・・

「THE ROCK ODYSSEY 2004」に行って来た!<br>1週間がすぎて・・・

2004年08月02日 | 生活
翌日、協賛のフジテレビを見るも紹介されず(後から聞いたら27時間TV内の「めざましテレビ」では少し取り上げられていたらしいが)。

事前に結構あおってた日経新聞にも載ってないし。ションボリしつつも「そうだ、夕刊だ!夕刊ならカルチャー取り上げるから載るぞ!」と気を取り直すも、連れに「今日、日曜だから夕刊ないよ」とアッサリ言われて凹むオレ。

スポ紙を買って、やっと記事を目にする。
やはり「エアロに稲葉に7万人が酔った」の見出しだった。
つ~か、The Wh♂の名前は無いのかい!・・・と怒ってみるも、直後に「ザ・フーは結成40年目の初来日」の項あったから許したるわ。一枚しかない写真も「ピートとロジャー」だったし。

あと、会場のファン層に隔たりがあって「入れ替え制」みたいになってた事とかは・・・書かず仕舞いだな、やっぱ。

The Wh♂から見るヤツも多かった・・・とか。その前は洋楽ファンのランチタイムだった・・・とか。

「そういや、ロンドンでの2000年コンサートを、わざわざ渡英して見に行った、連れの友人が居たなぁ。彼も行ってたろうなぁ」・・・なんて思ってたら。

しっかり行ってました。

しかも翌日、連れが連絡取ったら「あ~、いま神戸。二日目の大阪公演も見る」と来たもんだ!!!
24日は、Wh♂見終わってサッサと退場、翌日に備えていたってさ!(笑)

・・・・はぁ、負けたよ。

2公演28000円、しかも旅費も!
ヤツからすれば英国まで行って見るほどだから安いモンかも知れんが。

とにかく凄いねぇ~。

そして凄いと言えば!
BBSでもチラと書いた「オレのロックと違う!!」と、会場の火災報知機を8ヵ所も押しまくって、逮捕された36才の男!

結局は、神奈川県警に威力業務妨害で逮捕されたワケだが「稲葉浩志さんのステージをきっかけに、自分の考えていたロックと違うという腹立ちが爆発した」と供述してるってんだから天晴れというか何と言うか(笑)。

しかし、警報音は一部にしか流れなかったのか、その間コンサートは普通~に続けられ、B’Zと聴き分けのつかん楽曲は延々と流れておりまして。私なんてそんな騒ぎがあったのすら全然~知りませんでした。

まぁ、通路の床で休んでると警官が7~8人ウロウロしてて「大観衆あつまる会場だからテロとか警戒してるのかな?大変だなぁ~」なんてノホホ~ンとしてたんですがな(笑)。

まぁ、これもロックフェスならでは(?)。
ウッドストックだかでも運動家が「一言いわせてくれ」とThe Wh♂の出番直前にステージに上がり、ダラダラ話し始めたからキレたピート・タウンゼンドにギターでブン殴られた・・・なんて事件もありましたから(政治的な事でなく「オレのステージを邪魔するヤツは許せん!!」って事だったらしいけど)。

まぁ、気持ちは分かりますがな。
回りの人間にこの件のコト話したら、皆大笑いして拍手したが・・・。オレって偏った知人しか居ないの?(笑)

まぁ、私なんて。その辺は妙に醒めてて「無視を決め込む」だけでしたがね。

結局、1日付けの日経にThe Wh♂の記事が載ってて。
その初来日ステージの凄さ、「ビートルズ、ストーンズと並ぶ英国三大バンド」の重要性を語っており、そっち方面でも満足致しました。

もっと早く来て欲しかった気もするが。
80年代後半~90年代の「やらされてる」公演より、今回の「本人たち主導」のライヴの方が見応えあったと思うし。
そりゃ、いまに通じるシィプアップ振りを見せた2000年ライヴも見たかったが(偉大なベーシスト、ジョン・エントウィッスルを生で・・・)。

70年代後半も、いまから見ると「そんなに悪くないじゃん」なんて思うが。当時はキース・ムーン不在を嘆く論調が大きかったろうしなぁ・・・。

むしろ今だから有り難がられるし、本人たちもエゴから吹っ切れてバンドを運営できる(ピートは以前「ロジャーのヤツがライヴ中に親しげに近付いてきて笑顔でオレを見詰めるんだ。『オレたちは仲良し』って感じでな。嘘っぱちだよ。オレはそれが大嫌いだったけど返さないとヤツが怒るからな・・・」なんて語っていたが、数十年コンビを組んだ漫才師が相手が鬱陶しくなって喧嘩して、それを経て空気のような存在になる・・・・そんな印象さえ覚えた今回の来日公演だった)。

また、単独で来てくれるかも知れない。ファンの感触も良かった。メンバーも嬉し気だった。

武道館クラスでの再会もあるかも知れない。
それまで元気で!ピート!ロジャー!

「THE ROCK ODYSSEY 2004」に行って来た<br>終演すぎて夜が更けて・・・

2004年08月02日 | 生活
ちなみに、エアロスミスの7/24横浜競技場でのセットリストは・・・以下の通り。

1: Back In The Saddle
2: Toys In The Attic
3: Love In An Elevator
4: Roadrunner
5: The Other Side
6: Cryin'
7: Jaded
8: Rag Doll
9: Back Back Train
10: Stop Messin' Round
11: Same Old Song And Dance
12: Dream On
13: Draw the Line
14: Baby Please Don't Go
15: Mother Popcorn
16: Walk this way
17: Sweet Emotion

アンコール
18: Livin' On The Edge
19: Train Kept A Rollin'

終演後、すぐさま会場外に出たはイイが。来た時と違う妙な方向へ出てしまい。
おかげで駐輪場から発進する格好いいバイクや、駐車場で自分の車を探す家族連れなどの姿も見れました(さすがに「ベスパの群れ」は居なかったなぁ・・・)。

大通りに出たら、新横浜を目指す人の群れ。駅に着いて冷房を感じた瞬間「久しぶりやぁ~」と変な感激。

構内を歩きつつ「あれ、徳山vs川嶋Ⅰの時も通ったな、ここ」なんて既視感を味わう(←なんか違うぞ)。

帰りの電車から連れにメールし。「残業だからおち合ってゴハンでも食べよう」と返信受信。

久々に新宿の居酒屋で飲食。
ビールが旨い!!!!!!!あぁ、飲みたかったんだよ この味!!やっと逢えたよ この苦味!!

パンフを広げながらThe Wh♂ライヴの凄さを語ると、それなりに相槌うってくれる連れ。

まぁ、妙に平等なパンフで。皆が同じスペースで紹介されてる。
Wh♂はデカくてイイんだよ!!!

バンドメンバーの表記されており、「あぁ、P・ウェラーのバックに元オーシャン・カラー・シーンが2人も居たんだぁ」なんて独りごちる。
「あぁ、♪チャ~ララ~ラチャッチャッチャ♪のバンドね」と「リバーボートソング」の一節を歌う連れ。
あの、ニルヴァーナと聴き分けがつかないんですけど・・・。

そしてThe Wh♂の項。
メンバーに「ジョン“ラビット”バンドリック(Key)」の文字。
良く考えたら、70年代後期からThe Wh♂の鍵盤を担当している古株なんだよなぁ・・・。

私は敬愛する英国ブルースロック・バンド「Free」の後期キーボーディストの印象が大きかったが。

それ以前は同じアイランドレーベルの関連で、レゲエの神「ボブ・マーレイ」のレコーディングにも参加してるし。

そしてThe Wh♂と(ゲスト扱いとは言え)同じステージに立ち続けてるんだから、大物と縁のある男ですわ。

まぁ、メンバー紹介の時には「後期フリーの傑作“ハートブレイカー”で見事なオルガンプレイ聴かせてくれた」事もあって(「カムトゥゲザー・イン・ザ・モーニング」や「コモン・モータルマン」での音色は白眉!)、「ラビ――――――――ット!!!!」と叫ばせて貰いました。

決してスタープレイヤーでは無いが、英国ロックを支えたキーボーディストへの感謝を込めて声援を送らせて貰いました。

すっかり頭も白く薄くなっておられたが、そこは歴史って事で(笑)。

ラビットに声援送れたのも、今回の思い出となりました(そういやジャック・スターキーへの声援も大きかったなぁ)。

そんなこんなで新宿の夜も更け。
自宅へ帰った私はそのまま爆睡したのでありました。
シャワーは、浴びたよなぁ(笑)。