クリスマス礼拝宣教 ルカ2章1~21節
メリークリスマス、救い主イエス・キリストのご降誕を心よりお祝い申しあげます。
巷では11月頃からクリスマスソングが流れ、ツリーやきらびやかなイルミネーションで飾られて、クリスマスセールなどと、教会よりも早くからわきかえっていますが。
私たちはキリスト教会暦のもと、12月3日からアドベントを守りながら、4週目の本日主の日にクリスマス礼拝を迎えました。このアドベントの期間「神の愛と救い」が肉をとって現された二人の女性、マリアとエリサベトを通して、私たちもその信仰に神の救いを黙想してまいりましたが。先週は身重のマリアが、親類のエリサベトを訪ねたところから御言葉を聞きました。
エリサベトが聖霊に満たされ「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、何と幸いでしょう」と言うと、マリアは「身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださった」と、主をあがめ、喜びたたえました。
エリサベトも子どもができなかった苦しみと、一転して高齢で子どもを宿すという悩みを通る中から、「主は今こそ、こうして、わたしに目を留めてくださった」と主を賛美します。
二人はアドベントの期間を通して、世間や世の視線がどうであれ、救い主である主がこの「わたしに目を留めてくださる」そのことを確信していったのですね。
今日も私たち一人ひとりに目を留めてくださる救いの主を覚えつつ「大いなる喜びの知らせ」と題し、クリスマスのメッセージを聞いていきたいと思います。
「家畜小屋に生まれた救い主」
ヨセフとマリアはベツレヘムに住民登録をするためにガリラヤのナザレを出立します。
距離的にはおよそ120キロ程ですが。私が2000年に聖地旅行でナザレに見学に行った時、その道は小高い丘が幾つも連なっていて、山あり谷ありという感じでした。当時は現在のように道路は整備されておりません。マリアは臨月で子どもがいつ産まれてもおかしくなかったという状態でしたから、彼らにとってそれはもう想像を超えるような険しい道のりであった事でしょう。
そうしてようやくベツレヘムの町に入るや、マリアは出産の時を迎えるのであります。
聖書はそれを「マリアは月満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶の中に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」と簡潔に記しています。
それは、住民登録のために町に多くの人々が来ていて宿が取れなかった、ということはあるでしょう。けれど考えてみると、ベツレヘムは婚約者ヨセフのお里であります。親戚や知り合いも住んでいたはずです。
これは恐らく結婚前のマリアが身重になったということが何らかのかたちで親戚や知人の耳にも入り、当時としては大変なゴシップ、親族の恥というようなことで、誰も彼らを家に迎え入れる者がなかった、ということもありえます。
いずれにしてもマリアとヨセフは世間から顧みられない、もっといえば疎外されたような中、家畜小屋で救い主イエスさまを産むのです。
一体その時の誰が想像し得たでしょうか。神の御子、救い主メシアがこういうかたちで家畜小屋に生まれ、動物の食べるほし草をベットにするなどと。
しかし、それが神さまのご計画なのです。
主の御業は、世から疎外され、軽んじられ、顧みられないようなところに自らお降りになられ、そこから救いがはじまっていくのです。そうして十字架に至っては人間のどん底にまでお降りになる。その事によって全人類の贖いの業が成し遂げられるのです。
この当時、ローマの支配下にあったユダヤの人々は、様々な束縛や制限を受けた生活を強いられていました。
そのような中で人々は、預言者たちによって告げられたメシアがやがて出現し、ユダヤの人々に解放をもたらしてくれると信じていたのです。彼らが祈り待ち望んでいたのは、救世・主メシアの華々しい出現によって解放と統治がもたらされる事でした。そういういわば革命家、カリスマ的指導者を彼らは期待していたわけです。
確かに主メシアは預言通りユダの地にお生まれになりました。
しかし、それは権力のある王宮や立派な神殿にではなく、みすぼらしく薄暗い家畜小屋であった。神の愛と救いは、こうして顕され今に至ると、聖書は語るのです。
「羊飼いたちに告げ知らされた喜びの知らせ」
さて、この神の御子、主メシア、救い主の誕生の知らせが最初にもたらされたのは、「野宿をしながら夜通し羊の群の番をしていた羊飼いたち」でありました。
王宮や神殿に仕えていた宗教家たちや律法や預言に詳しかったお偉い方たちではなく、貧しく名も無い無学な羊飼いたちであったのです。
この当時の羊飼は、家もなく年中羊と共に生活していたため、安息日も守ることができません。町で豊かに暮らす人たちからすれば体裁も汚らしく、悪臭がするということで蔑(さげす)まれ、公の裁判の証人にもなることができませんでした。
そのように彼らは社会にあって様々な差別や偏見を受け、社会から孤立した生活をせざるを得なかったのです。
そんな羊飼いたちのもとに天使が現れ、「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである」と、神の御子・救い主が「あなたがたのためにお生まれになった」と、大いなる喜びの知らせが届けられるのですね。
町の人々は思っていたでしょう。「神の救いの祝福は彼らにはない」。
けれど神の救い、主メシアは、まず社会にあって貧しく、疎外されている羊飼いたちにその姿を現してくださったのです。
もし、救い主、主メシアが王宮や神殿の中でお生まれになったとしたなら、彼らはそのお姿を決して見る事も拝する事もできなかったでしょう。彼らは隔ての壁の外におかれ、大いなる喜びの知らせ聞くことがなかったでありましょう。
神さまの救いのご計画は、救い主がきらびやかな王宮や神殿にではなく、貧しい家畜小屋にお生まれくださったことによって、世の貧しく、世にあって居場所のない人々の間に臨んだのです。そうしてそれは具体的なかたちで、主メシア、救い主がお生まれになったとの「大きな喜びの知らせ」が羊飼いたちにもたらされるのであります。
教会もそうですが、牧会というもので大事な視点は、力のある人、能力のある人に合わせ、その人を大事にしていくと争いや諍いが生じますが。弱く小さくされている人を大事にしていくとき争いは起きません。
「神の国の民」
さて、羊飼いたちはこの天使の出現とみ告げに対して「非常に驚いた」とあります。
それはただビックリしたというだけでなく、心の底から畏れの念が生じた、それは「自分たちのようなもののところに、ほんとうにもったいない」という畏れであったでしょう。
又、民の中にも数えられもしない自分たちに「あなたがたのために救い主がお生まれになった」と言われたことに対する驚きであったでしょう。
ここを読むとき、私たちはこの驚くべき幸いに与った者たちが、その「主の恵みの大きさに気づく人たちであった」ということを知らされます。
主イエスはおっしゃいました。「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなたがたのものである」(ルカ6章20節b)
今日の「救い主イエス・キリストの誕生と羊飼いたちに臨んだその知らせ」のエピソードは、よく読むとこの「地上の力による統治」と「神の恵みによる統治」。言い換えれば「この世の国」と「神の国」とが対比して書かれているようです。
世の統治は、支配下におく全領土の住民をもってその権勢を示します。
住民登録は人頭税を徴収するためであり、住民の数を把握して皇帝の権力を示すものでありました。それは又、徴兵登録にも使用されるものでした。こういう形でローマ帝国は全領土の住民を管理、統治していたのです。それがこの世の権力による国であったということです。
では一方の、神の国とはどのようなものでしょうか。
まず天使は、「恐れるな。わたしは、民全体に与える大きな喜びを告げる」と語ります。
皇帝のような「全領土の住民よ」ではなく、「民全体」です。それは、ユダヤの民に限られたことでなく、ここでの民というのは「神の民」を指しています。キリストにあって今や信じる者すべて神の民とされているからです。
ところで羊飼いは、羊を数えるのを数ではなく、その名前を呼んで確認するそうです。「はい何々ちゃん」「はい誰々」と数えるんですね。しかし、その羊飼いたちは、この世の国では住民の一人にも数えられず、小さくされていた。けれども神の国が近づいた時、その民全体への救いの知らせは真っ先に名も無き彼らが呼び出されることから始められていったのです。
権威や力によるすべもない彼ら羊飼いたちは、真に神を畏れて生きていたのです。そのような神の民一人ひとりの総称が「民全体」ということなのでありましょう。
ここに主イエスの「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなたがたのものである」とのメッセージが込められているように思います。
「主の恵みに満たされた人の役割」
さて、大きな喜びに満ち溢れた羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムに行こう。主が知らせてくださった出来事を見ようではないか」と話し合った後、「急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた」とあります。
一刻も早く救い主にお会いしたいという期待に胸ふくらませた羊飼いたちの思いがほんとうに伝わってくるようです。
彼らは「見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った」。
しかしそれだけでは終わりません。神の救いをいわば身をもって体験した彼らは「この幼子(救い主)について天使が話してくれたことを人々に知らせた」というのです。
良い知らせを先に受取った自分たちは、民全体に与えられたこの福音を皆に知らせるべきだと考えたのです。彼ら羊飼いは町の人々から日頃は差別や偏見を受け、疎外されてきました。にも拘わらず彼らはその町の中に入り、その人々に「大きな喜びの知らせを伝えた」のですね。多少は気が引けたかも知れません。町の人が自分たちの言うことを信じてくれるだろうかという考えが頭をよぎったかも知れません。けれど、神の驚くばかりの恵みを体験し、大きな喜びと感謝にあふれる彼らでしたから、もう伝えずにはいれなかったのでしょう。このような新鮮な喜びに私どもも常に与っていたいと願うものであります。
ところがです、「それを聞いた町の人たちは皆、羊飼いたちの話を不思議に思った」とあります。まあ、それは羊飼いたちのように神の恵みをすぐに受取る感性が鈍くなっていた、聞いただけではにわかに信じることができなかったのでしょうが。しかし福音の証言は確かになされたわけです。後は神さまの御業なんですね。
大切なことは、羊飼いたちが大きな喜びに溢れて、救い主がお生まれになられたことを分かち合うために、大きな喜びの知らせ、福音を告げ知らせたという事実であります。
「心に納める:御言葉を受けとめる」
まあ町の人たちはそのようでありましたけれども、19節を見ますと「しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めていた」とあります。
これが今日のクリスマスのメッセージのいわゆるシメになりますが。
多くの人々が羊飼いに告げ知らされたこの出来事を不思議にしか思わなかった中で、マリアは違いました。
彼女は羊飼いたちに告げられた主のお言葉を、心のうちに納めていたのです。ここでいう「心に納める」となっている言葉は、牛が草を食んで、胃袋の中に入れては口の中に戻し、そしてまた胃袋の中に入れてということを繰り返して消化していく、そのように反芻することを意味します。
マリアは御言葉を食べるように心に納めては思い起こしと何度も反芻して神の御心を求めていたということでしょう。それは御言葉の黙想や祈りによって。
このことで思い浮かんでまいりますのが、後にイエスさまが少年になった折、神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり、質問しているのを両親が見て驚き、「お父さんもわたしも心配して捜していたのです」と言うところで、イエスさまが「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前です」とおっしゃったんですね。その時両親にはその意味が分からなかったのですが。それでも母マリアは「これらの事をすべて心に納めていた」と、今日の箇所と同様のことが書かれているのです。
もし彼女が神の御言葉を聞いてもその場限りで気にも留めない人だったなら、又、日常の出来事の中に神のご計画や導きを感じることがない人だったなら、どうなっていたでしょうか。果たして救いの御業は成し遂げられていたでしょうか。
「これらの出来事をすべて心に納め」、神の御心に生きたマリアがいたからこそ、主の救いの御業は成し遂げられていったと言っても過言ではないでしょう。
私たちは霊の糧である神の御言葉を、パンやご飯のように食べているでしょうか。
ちなみに今日のイエスさま誕生の地ベツレヘムは「パンの家」という意味だそうです。
私たちが毎日3度3度の食事をして健康が保たれ働くことができるように、霊の糧、命の御言葉に養われてこそ、日々神の民としてあゆむことができるのではないでしょうか。
まず羊飼いにもたらされた「大きな喜びの知らせが」、2000年という歳月、世界の国々に、そして私たち一人ひとりのもとに届けられています。私たちも又、その喜びを共にしつつ、今週もここからそれぞれの生活の場へと遣わされてまいりましょう。祈ります。
メリークリスマス、救い主イエス・キリストのご降誕を心よりお祝い申しあげます。
巷では11月頃からクリスマスソングが流れ、ツリーやきらびやかなイルミネーションで飾られて、クリスマスセールなどと、教会よりも早くからわきかえっていますが。
私たちはキリスト教会暦のもと、12月3日からアドベントを守りながら、4週目の本日主の日にクリスマス礼拝を迎えました。このアドベントの期間「神の愛と救い」が肉をとって現された二人の女性、マリアとエリサベトを通して、私たちもその信仰に神の救いを黙想してまいりましたが。先週は身重のマリアが、親類のエリサベトを訪ねたところから御言葉を聞きました。
エリサベトが聖霊に満たされ「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、何と幸いでしょう」と言うと、マリアは「身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださった」と、主をあがめ、喜びたたえました。
エリサベトも子どもができなかった苦しみと、一転して高齢で子どもを宿すという悩みを通る中から、「主は今こそ、こうして、わたしに目を留めてくださった」と主を賛美します。
二人はアドベントの期間を通して、世間や世の視線がどうであれ、救い主である主がこの「わたしに目を留めてくださる」そのことを確信していったのですね。
今日も私たち一人ひとりに目を留めてくださる救いの主を覚えつつ「大いなる喜びの知らせ」と題し、クリスマスのメッセージを聞いていきたいと思います。
「家畜小屋に生まれた救い主」
ヨセフとマリアはベツレヘムに住民登録をするためにガリラヤのナザレを出立します。
距離的にはおよそ120キロ程ですが。私が2000年に聖地旅行でナザレに見学に行った時、その道は小高い丘が幾つも連なっていて、山あり谷ありという感じでした。当時は現在のように道路は整備されておりません。マリアは臨月で子どもがいつ産まれてもおかしくなかったという状態でしたから、彼らにとってそれはもう想像を超えるような険しい道のりであった事でしょう。
そうしてようやくベツレヘムの町に入るや、マリアは出産の時を迎えるのであります。
聖書はそれを「マリアは月満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶の中に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」と簡潔に記しています。
それは、住民登録のために町に多くの人々が来ていて宿が取れなかった、ということはあるでしょう。けれど考えてみると、ベツレヘムは婚約者ヨセフのお里であります。親戚や知り合いも住んでいたはずです。
これは恐らく結婚前のマリアが身重になったということが何らかのかたちで親戚や知人の耳にも入り、当時としては大変なゴシップ、親族の恥というようなことで、誰も彼らを家に迎え入れる者がなかった、ということもありえます。
いずれにしてもマリアとヨセフは世間から顧みられない、もっといえば疎外されたような中、家畜小屋で救い主イエスさまを産むのです。
一体その時の誰が想像し得たでしょうか。神の御子、救い主メシアがこういうかたちで家畜小屋に生まれ、動物の食べるほし草をベットにするなどと。
しかし、それが神さまのご計画なのです。
主の御業は、世から疎外され、軽んじられ、顧みられないようなところに自らお降りになられ、そこから救いがはじまっていくのです。そうして十字架に至っては人間のどん底にまでお降りになる。その事によって全人類の贖いの業が成し遂げられるのです。
この当時、ローマの支配下にあったユダヤの人々は、様々な束縛や制限を受けた生活を強いられていました。
そのような中で人々は、預言者たちによって告げられたメシアがやがて出現し、ユダヤの人々に解放をもたらしてくれると信じていたのです。彼らが祈り待ち望んでいたのは、救世・主メシアの華々しい出現によって解放と統治がもたらされる事でした。そういういわば革命家、カリスマ的指導者を彼らは期待していたわけです。
確かに主メシアは預言通りユダの地にお生まれになりました。
しかし、それは権力のある王宮や立派な神殿にではなく、みすぼらしく薄暗い家畜小屋であった。神の愛と救いは、こうして顕され今に至ると、聖書は語るのです。
「羊飼いたちに告げ知らされた喜びの知らせ」
さて、この神の御子、主メシア、救い主の誕生の知らせが最初にもたらされたのは、「野宿をしながら夜通し羊の群の番をしていた羊飼いたち」でありました。
王宮や神殿に仕えていた宗教家たちや律法や預言に詳しかったお偉い方たちではなく、貧しく名も無い無学な羊飼いたちであったのです。
この当時の羊飼は、家もなく年中羊と共に生活していたため、安息日も守ることができません。町で豊かに暮らす人たちからすれば体裁も汚らしく、悪臭がするということで蔑(さげす)まれ、公の裁判の証人にもなることができませんでした。
そのように彼らは社会にあって様々な差別や偏見を受け、社会から孤立した生活をせざるを得なかったのです。
そんな羊飼いたちのもとに天使が現れ、「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである」と、神の御子・救い主が「あなたがたのためにお生まれになった」と、大いなる喜びの知らせが届けられるのですね。
町の人々は思っていたでしょう。「神の救いの祝福は彼らにはない」。
けれど神の救い、主メシアは、まず社会にあって貧しく、疎外されている羊飼いたちにその姿を現してくださったのです。
もし、救い主、主メシアが王宮や神殿の中でお生まれになったとしたなら、彼らはそのお姿を決して見る事も拝する事もできなかったでしょう。彼らは隔ての壁の外におかれ、大いなる喜びの知らせ聞くことがなかったでありましょう。
神さまの救いのご計画は、救い主がきらびやかな王宮や神殿にではなく、貧しい家畜小屋にお生まれくださったことによって、世の貧しく、世にあって居場所のない人々の間に臨んだのです。そうしてそれは具体的なかたちで、主メシア、救い主がお生まれになったとの「大きな喜びの知らせ」が羊飼いたちにもたらされるのであります。
教会もそうですが、牧会というもので大事な視点は、力のある人、能力のある人に合わせ、その人を大事にしていくと争いや諍いが生じますが。弱く小さくされている人を大事にしていくとき争いは起きません。
「神の国の民」
さて、羊飼いたちはこの天使の出現とみ告げに対して「非常に驚いた」とあります。
それはただビックリしたというだけでなく、心の底から畏れの念が生じた、それは「自分たちのようなもののところに、ほんとうにもったいない」という畏れであったでしょう。
又、民の中にも数えられもしない自分たちに「あなたがたのために救い主がお生まれになった」と言われたことに対する驚きであったでしょう。
ここを読むとき、私たちはこの驚くべき幸いに与った者たちが、その「主の恵みの大きさに気づく人たちであった」ということを知らされます。
主イエスはおっしゃいました。「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなたがたのものである」(ルカ6章20節b)
今日の「救い主イエス・キリストの誕生と羊飼いたちに臨んだその知らせ」のエピソードは、よく読むとこの「地上の力による統治」と「神の恵みによる統治」。言い換えれば「この世の国」と「神の国」とが対比して書かれているようです。
世の統治は、支配下におく全領土の住民をもってその権勢を示します。
住民登録は人頭税を徴収するためであり、住民の数を把握して皇帝の権力を示すものでありました。それは又、徴兵登録にも使用されるものでした。こういう形でローマ帝国は全領土の住民を管理、統治していたのです。それがこの世の権力による国であったということです。
では一方の、神の国とはどのようなものでしょうか。
まず天使は、「恐れるな。わたしは、民全体に与える大きな喜びを告げる」と語ります。
皇帝のような「全領土の住民よ」ではなく、「民全体」です。それは、ユダヤの民に限られたことでなく、ここでの民というのは「神の民」を指しています。キリストにあって今や信じる者すべて神の民とされているからです。
ところで羊飼いは、羊を数えるのを数ではなく、その名前を呼んで確認するそうです。「はい何々ちゃん」「はい誰々」と数えるんですね。しかし、その羊飼いたちは、この世の国では住民の一人にも数えられず、小さくされていた。けれども神の国が近づいた時、その民全体への救いの知らせは真っ先に名も無き彼らが呼び出されることから始められていったのです。
権威や力によるすべもない彼ら羊飼いたちは、真に神を畏れて生きていたのです。そのような神の民一人ひとりの総称が「民全体」ということなのでありましょう。
ここに主イエスの「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなたがたのものである」とのメッセージが込められているように思います。
「主の恵みに満たされた人の役割」
さて、大きな喜びに満ち溢れた羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムに行こう。主が知らせてくださった出来事を見ようではないか」と話し合った後、「急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた」とあります。
一刻も早く救い主にお会いしたいという期待に胸ふくらませた羊飼いたちの思いがほんとうに伝わってくるようです。
彼らは「見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った」。
しかしそれだけでは終わりません。神の救いをいわば身をもって体験した彼らは「この幼子(救い主)について天使が話してくれたことを人々に知らせた」というのです。
良い知らせを先に受取った自分たちは、民全体に与えられたこの福音を皆に知らせるべきだと考えたのです。彼ら羊飼いは町の人々から日頃は差別や偏見を受け、疎外されてきました。にも拘わらず彼らはその町の中に入り、その人々に「大きな喜びの知らせを伝えた」のですね。多少は気が引けたかも知れません。町の人が自分たちの言うことを信じてくれるだろうかという考えが頭をよぎったかも知れません。けれど、神の驚くばかりの恵みを体験し、大きな喜びと感謝にあふれる彼らでしたから、もう伝えずにはいれなかったのでしょう。このような新鮮な喜びに私どもも常に与っていたいと願うものであります。
ところがです、「それを聞いた町の人たちは皆、羊飼いたちの話を不思議に思った」とあります。まあ、それは羊飼いたちのように神の恵みをすぐに受取る感性が鈍くなっていた、聞いただけではにわかに信じることができなかったのでしょうが。しかし福音の証言は確かになされたわけです。後は神さまの御業なんですね。
大切なことは、羊飼いたちが大きな喜びに溢れて、救い主がお生まれになられたことを分かち合うために、大きな喜びの知らせ、福音を告げ知らせたという事実であります。
「心に納める:御言葉を受けとめる」
まあ町の人たちはそのようでありましたけれども、19節を見ますと「しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めていた」とあります。
これが今日のクリスマスのメッセージのいわゆるシメになりますが。
多くの人々が羊飼いに告げ知らされたこの出来事を不思議にしか思わなかった中で、マリアは違いました。
彼女は羊飼いたちに告げられた主のお言葉を、心のうちに納めていたのです。ここでいう「心に納める」となっている言葉は、牛が草を食んで、胃袋の中に入れては口の中に戻し、そしてまた胃袋の中に入れてということを繰り返して消化していく、そのように反芻することを意味します。
マリアは御言葉を食べるように心に納めては思い起こしと何度も反芻して神の御心を求めていたということでしょう。それは御言葉の黙想や祈りによって。
このことで思い浮かんでまいりますのが、後にイエスさまが少年になった折、神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり、質問しているのを両親が見て驚き、「お父さんもわたしも心配して捜していたのです」と言うところで、イエスさまが「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前です」とおっしゃったんですね。その時両親にはその意味が分からなかったのですが。それでも母マリアは「これらの事をすべて心に納めていた」と、今日の箇所と同様のことが書かれているのです。
もし彼女が神の御言葉を聞いてもその場限りで気にも留めない人だったなら、又、日常の出来事の中に神のご計画や導きを感じることがない人だったなら、どうなっていたでしょうか。果たして救いの御業は成し遂げられていたでしょうか。
「これらの出来事をすべて心に納め」、神の御心に生きたマリアがいたからこそ、主の救いの御業は成し遂げられていったと言っても過言ではないでしょう。
私たちは霊の糧である神の御言葉を、パンやご飯のように食べているでしょうか。
ちなみに今日のイエスさま誕生の地ベツレヘムは「パンの家」という意味だそうです。
私たちが毎日3度3度の食事をして健康が保たれ働くことができるように、霊の糧、命の御言葉に養われてこそ、日々神の民としてあゆむことができるのではないでしょうか。
まず羊飼いにもたらされた「大きな喜びの知らせが」、2000年という歳月、世界の国々に、そして私たち一人ひとりのもとに届けられています。私たちも又、その喜びを共にしつつ、今週もここからそれぞれの生活の場へと遣わされてまいりましょう。祈ります。