歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

⑥王子は音無橋から眼下の桜

2013年04月08日 | 東京の風景
今日も、まだ、王子近辺の桜を求めて彷徨っています。

音無親水公園をちらっと覗き、名主の滝公園で花見弁当をいただき、王子稲荷を御参りして、そして、飛鳥山公園に向かっています。

王子稲荷の脇の坂道を登り、王子第二小学校の正門前を横に観てバス通りに出ました。たぶん?この通りは?北区の庁舎がある通りだと思うのです。なにしろ、この辺りを歩くのは、かれこれ30数年ぶりなのです。


30数年ぶりなのですが、町並はそれほど変化していないような? でも、何か、こんな二股は記憶にありません。たぶん、直進が正解かと・・・と思います。 


北区の庁舎が見えてきました。でも、この建物は30数年前には無かったかと・・・。


庁舎前の桜も満開。突き当たった奥にホールがあったような?そこで中学生の頃に何故か?バレーダンスを観たような記憶があります。


思春期真っ盛りですから、ダンスの鑑賞と云うよりも、踊り手の手脚に意識と視線を集中させ、踊り手そのものを鑑賞していたような?そんな、恥ずかしい記憶が蘇ってきました。

学校の課外授業だったのか、区民祭りとか、そんな催しにたまたま遭遇したのやら、半世紀も前の事ですから、今となっては遠~い、遠~い、昔のお話・・・、もしかして夢か?幻?・・・・・・。

王子神社です。


飛鳥山が見えてきました。


音無橋。下が音無親水公園。音無川の本流は別ルートの暗渠になって飛鳥山の下を流れていると思います?たぶん、そんな風になっていたと? 

たぶん?その昔、洪水対策でルートを変更して、旧ルートを親水公園にしたのだと? そうだ!思い出してきた、たぶんではなく、間違い無くそうだァ!

見下ろす桜。花見は見上げるより、見下ろす方がイイのです。


濃いピンクの蕾。とても、とても、色っぽい!艶っぽい!


石畳でお花見。


ホントに、ホントに、満開の桜、お見事!


桜は見下ろすのが一番。


横からもまたイイ!


それでは、そろそろ、音無橋を後にします。


飛鳥山へ向かう横断歩道には沢山の花見客?


いよいよ、これより、お江戸で一番?の桜の名所、飛鳥山です。



それでは、また。

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⑤王子稲荷で稲荷寿司とお狐様を考える

2013年04月03日 | お寺・神社
一昨日の続きです。

「名主の滝公園」の次は“王子稲荷”に参拝します。

王子と云えば、落語“王子の狐”で、王子稲荷です。


おや、先ほど名主の滝公園で会った、ピカピカの一年生です、ママと妹の姿はありません。ひとりでお参りでしょうか?


なかなか立派、かなりの極彩色、これぞ日本、“ワビ・サビ”の枯れた色彩も日本、“キンキラキン”も日本。


“木鼻”の彫り物もナカナカです。


神社に桜は似合います。


こちらには枝垂れ桜。


上がって来た参道の階段をふり返ります。オジサンは何を指差しているの?


神社と云えば、狛犬です。口を開けた阿形(あぎょう)


こちら口を閉じた吽形(うんぎょう)阿吽の呼吸で、始まりと終わり。生と死。


王子稲荷ですから、お狐様が、あちら、こちら、居るのです。


それにしても、稲荷信仰から、稲荷寿司で、どうして狐に繋がったのか?


稲荷は、稲が生るで、稲生り、本来は穀物・農業の神だったそうで、それが、いつしか、産業全般の神として、商売繁盛の神として、花柳界、芸能界、小売り業界、製造業界、ありとあらゆる業界に、その信者を広げていったようです。

まあ、兎に角、神様は人間の都合ですから・・・・・・。


繁華街にも、工場の敷地にも、ビルの屋上にも、商店の裏庭にも、お稲荷さんが祀ってあるのを見かけます。何故?狐は神様になり、タヌキは神様になれなかったのか? 


タヌキは狸で、里の獣、人家に近い所に生息している為に身近な存在だったから? そして、その生態と外観から受ける印象の違いから?確かに、タヌキは滑稽感を漂わせています。 


でも、こちらの“お狐様は、とても、とても、滑稽と云うか、親しみ易いお顔と云うか、こちらも微笑んでしまいました。ところで、狐は肉食で油揚げは食べないそうです。それでも稲荷寿司なのです。


それにしても、“稲荷”と聞くと、直ぐに、思い出すのが、圓生の「江戸の名物は、伊勢屋、稲荷に、犬の糞と申しまして、大変多かったそうで・・・」の枕です。

江戸の頃は「お稲荷さん」と「犬の糞」を同列にしたりして?、兎に角、お稲荷さんは至る所に祀ってあったそうです。それにしても、いくら何でも“犬の糞”と同列とはねェ・・・罰当たり?

まあ、兎に角、王子稲荷を後にします。


“王子稲荷の坂”を登ります。


坂は、登りでも、下りでも、何故か途中で振り向くのです。


登切ったそこは王子第二小学校の正門前。


これより、音無橋に向かい、橋の上から桜を眺めます。


それでは、また。


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④王子は“名主の滝公園”深山幽谷で精養軒

2013年04月01日 | 東京の風景
先週の続きです。

まだ“名主の滝公園”に居ます。


桜を愛でつつ、発泡酒を飲み、お花見弁当を食べ、そろそろ食後のウォーキングです。園内を歩きます。


面積は“20,790㎡”で、いわゆる“東京ドーム(46,755㎡)単位”では、0.44個分ですので、約半分程度になります。何となく、判ったような?判らないような?まあ、兎に角、それなりに広いのでした。

深山幽谷?の趣も、


それなりに、味わえたり、


それにしても、カラスの奴がかなりうるさく、鳴き叫いていたり、


それでも、なかなかの広さと、奥行きのあるお庭です。


「名主の滝公園」は、その名の通り、江戸は安政年間、王子村の名主・畑野孫八がつくった自宅の庭が始まりで、その後、1938年(昭和13年)に“株式会社精養軒”の手に渡り、食堂やプールを開設し、戦後は、東京都に管理が移管、その後、北区の施設になったのです。

私の記憶では、板橋区から北区の赤羽に移り住んだ小学校の4年か?5年?のその頃は、未だプールがあったような気がします。

それにしても、戦前には、あの“精養軒”がこの公園で食堂やらプールを営業していたとは知りませんでした。飛鳥山、音無川、王子稲荷、そして、名主の滝、戦前までこの辺は、それなりの“観光地”だったようです。

こちらは、現在、“耐震補強工事”が、ほぼ終わった?ように見える“老人いこいの家”です。


老人の仲間入りが近い身にとって“老人”の文字が、とても、とっても、気になります。歳をとった証拠?


公園内で最大の滝が見えて来ました。カメラを構える人の姿がチラホラ見えます。


狙っています。


私も。


地下水を汲み上げ、滝になり、渓流?になり、池に流れて行くのです。


ほぼ、公園内を一回りし、トイレに寄り、“名主の滝公園”を後にします。入って来た門ではない、もう一つある通用門から外に出ます。


公園前の通りを王子駅方面に戻り、


王子稲荷を目指します。


それでは、また。

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