藤田喬平ガラス美術館を見終えて「
湯元松島一の坊」の廊下を通りかかった時にあった生け花
松島二泊三日の旅も最終日。お世話になったホテルを出て今日も松島海岸駅のコインロッカーに荷物を入れます。
ガイドブックで見てから訪れてみたかったガラス美術館へと向かうべくタクシーに乗り込みます。
歩いて行けない事もないのですが時間と体力も有効に使いたいですし、運転手さんとお話をしてみたかった事もあります。目的地を言ってロータリーを出たくらいから声をかけてみます。
「凄い人出ですね」
結構な人の賑わいだと思うのですが例年に比べてやはり少ないとの事。
自然と震災の日の話になります。松島は比較的被害が少なかったものの汚泥が町中にたまってしまいましたが自衛隊の方が駆けつけてくれ早いうちに復旧出来た事にとても感謝されていました。
ただ被害が大きかった地域に行く事も多く、見慣れていた風景が変わってしまい、未だ手つかずの場所もあり、行く度に締め付けられるような思いがあると話してくれました。
絶え間なく地元を走り続けるドライバーならではの想いがあるのだと思います。
更地になって新しい建物が出来ても消え去る事がない事もあるはずです。
消え去らない事を忘れず多くの日常を重ねて行く事。重ねて行く日常の一コマになる事。上手く言えませんがそんな事を考えていました。
国道45号と
宮城県道27号を結ぶ奥松島パークラインで高城川を超えると左手に松島病院が見えます。その左が美術館です。
余談ですが高城川を地図で調べていたところ不自然に切れているところから不思議に思い調べてみたところ
丘陵地のトンネルに潜るという人工河川だったのですね。これはこれで訪れてみたくなります。
受付を済ませるといきなり「青のホール」と呼ばれる回廊に出ます。
藤田さんの代表的な作品に美しいガラスの筥(はこ)の作品群があります。
「宝石さえも霞んで見えてしまうこの筥には何を入れたらよいのですか」と問われて
「大切にされている夢をお入れ下さい」と藤田さんは答えられたそうです
ということから海外では藤田さんの「ハコ」を「ドリームボックス」と呼ばれているそうです。
なるほど、そう考えてみるとこの美術館自体が「ドリームボックス」を入れておくステキな筥に思えて来ます。
「館内は撮影自由です」という看板があります。
館長の高橋征太郎さんは美術館が隣接するホテル「一の坊」をはじめとした観光業を営まれる「
一の坊リゾート」の代表者でもあります。
経営者とのしての側面は私にはわかりませんが、こうした形で自らのコレクションを相応しい形で広く公開してくれる事には感謝であります。
「湖上の花」と題された作品。確かに何をいれるのか考えてしまいます。
藤田喬平さんの事について調べて見ると、なんと森のなかまが育った
市川市に住まれていたそうです。
「
市川市の文化人プロフィール」
「
気まぐれ美術館」「
夢を入れるガラス筥・・・藤田喬平」
最初は彫金をされていたのですが「せっかち」な事からガラスへ転向されたと美術館の展示資料にありました。なかなか面白い理由ですよね。
「バッカス」と題された作品です。既にドリームボックスとしての作風も確立されながらも常に新しい創作にチャレンジされていたそうです。
作品名を撮り忘れてしまいました。。しかも横からです。波を思わせるような姿です。
磨りガラスの裏表に彩色され独特の立体感があります。ホンノリと入ったピンクはサクラを思わせます。
作品名と一緒に撮影したのですが作品にピントを合わせていたら読めなくなってしまいまいした(笑)
完全にオペーク(不透明)でマットな質感を持っていました。微妙に揺らいでいるところや色合いから炎を思わせます。
ヴェニスで製作されたオブジェ「睡蓮」
上を見上げてみると天井にも睡蓮が花を咲かせていました。右側は天井をアップにしてみました。水を入れてみたくなりますが頭のなかで入れてみましょうね。
「かぐや姫」と題されていました。まさにそうですね。
ペンダントの間と呼ばれる場所です。ガラスのペンダントライト(吊り下げ式の照明)が奥の空間に幾つも広がっています。
鏡が直交するように組まれています。万華鏡のようです。
森のなかまは「ぼんぼり」を思い出しました。
「瑞巌寺を想う」と題された作品です。作品としてもそうなのですが、この三日月のモチーフの良さを改めて感じるのであります。さすが。。伊達家
展望露台にある「雪月花(せつげっか)」蒸暑いなかでしたが体感温度が少し下がります。
なおガラスで出来た茶道具を展示している第三展示室はお休みでした。ちょっと残念。。
水上庭園に浮かぶチャペルが見えます。
庭園を歩いて行きます。
チャペルのドアノブです。なんだかボワーンとしていていいですね。
チャペル内のステンドグラスは藤田喬平さん監修によるものだそうです。
一の坊を見てみます。なるほど人気があるわけですね。。
ホテルのラウンジの天井に飾られていました。光を受けるだけで色々と表情が変わりそうです。
ウェディングコーナの裏から見えた「なかまたち」であります(笑)
観光地に必ずある「ガラス館」でありますが、ここ「藤田喬平ガラス美術館」は美術館と呼ぶに相応しいところでした。
HPでは収蔵品をあまり見る事はできませんが「会いに来てね」とのメッセージと受け止めています。
夢を入れる筥(はこ)を魅て、あらためて夢について考えてみる時間を過ごされてみては如何でしょうか。
さて、いつの間にか宿泊客然とロビーをうろついてしまいましたが、美術館、一の坊を後にしようかと思います。
堂々と玄関を出ると配車を担当される方がいらっしゃったので「美術館を見に来たものですが」とことわりを入れて(笑)タクシーを呼んで頂きました。
車が来る迄のあいだ喋りをさせて頂いたのですがとても親切な方でした。
こういうところもリピーターが多い要因なんでしょうね。ありがとー。
今度は「松島博物館、観瀾亭」に入ってみます。
美術館から戻る時の運転手さんは、おしゃべりな方でした。
震災のときは家にいたらしいのですが水槽の水が溢れかえってしまった事や松島から横浜へ帰りたい方を仙台迄届けた話や、ご商売が上手く行かなくて仕事を辞めてしまいたくなっちゃうと思う事などなど、あっけらかんと話されます。
道は混んでいたのですがお話をしながらあっという間に船着き場まで着いてしまいました。
さて、松島博物館の所蔵品の多くは
松島町の「
松島博物館探訪」でも見る事ができます。とても充実した町のホームペジです。
にわか伊達政宗ファンとして博物館の展示はなかなか魅せるものがありました。写真を撮ってよいのか悪いのか分かりませんのでしたので取りあえず撮影はしませんでした。
抹茶等が頂ける「
観瀾亭(かんらんてい)」は喫茶店なく宮城県指定重要文化財なのですが、何故か「
食べログ」に載っていたりします(笑)。。
おぉ。。こっこれは。。「買ってくれたらたくさん勉強するよ!」と言っちゃいそうですね(笑)
海側から入ってしまいましたが、どちらが裏なんでしょうか?
横浜のアパートでマックに向かってこの旅行記を書いていると、ここで涼みたいなあと思ってしまいますね。
白い壁にカエデと苔の緑。松の木陰と曇りで光がよく回ります。
ワイフの頭の中は「伊達政宗の『カッケー』暖簾(のれん)」と、ある事が渦巻き、まさに実行せんと算段をたてているのでありました。
それでは!