学問空間

「『増鏡』を読む会」、第9回は2月22日(土)、テーマは「上西門院とその周辺」です。

立憲的無答責原則と神権的無答責原則(その2)

2016-08-15 | 天皇生前退位

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2016年 8月15日(月)10時31分10秒

昨日、若干長めに引用した樋口陽一氏の「君主無答責原則と天皇」(『ジュリスト』933号、1989)ですが、【中略】【後略】とした部分、特に佐々木惣一の見解は少し調べる必要がありそうなので、備忘のため、メモしておきます。
参照の便宜上、既に引用済みの部分との重複を厭わず、正確に引用します。(p98以下)

------
 ところで、最近よくいわれる議論として、<帝国憲法下の天皇は立憲君主だったから無答責>という主張がある。このいい方は、misleading 以上に、tricky というべきであろう。少なくとも、三点をあげておかなければならない。
 第一に、ここでいう神権的無答責原則の主張者も、帝国憲法を「立憲政体」を定めたもの、としていたからである。立憲的無答責原則を説く美濃部にとって、「立憲政治は責任政治」であり、大臣責任制は、まさしく「国民殊にその代表者としての議会が政治を論評して大臣の責任を問ひ得ることを意味する」がゆえに、立憲政治の核心とされた(前掲二一-二二頁)。それに対し、穂積のいう立憲主義は、「英国輓近ノ所謂議院政治ノ如キ其ノ実ヲ以テスレハ専制ノ政体ニ近シ」(前掲一二二頁)「之ヲ立憲政体ト称スト雖モ、実ハ其ノ変態タリ」(一二六頁)というようなものであった。つまり、同じ「立憲」の名のもとに、一方は大臣の対議会責任を主張し、他方はまさしくそれを否定していたのである。戦前・戦中の日本について「立憲君主」という用語を使おうとする論者は、どちらの意味で使うのかを明確にしながらそうする必要があるだろう(ヨーロッパ語でも、Konstitutionalismus を議会中心主義 Parlamentarismus に対抗的な意味で使う文脈と、それとは正反対に、一七八九年人権宣言一六条のいう の定義に沿った近代立憲主義を基準として考える見地とがある。後者を基準とすると、前者が Konstitutionalismus と呼ぶものは、逆に Scheinkonstitutionalismus として位置づけられることとなる)。
 第二に、立憲的無答責論者自身、重要な一点で、立憲政治=責任政治の原則がおこなわれないことを承認していた、という点がある。統帥権独立にかかる問題がそれであり、旧一一条の解釈として、美濃部は、天皇の統帥大権を国務大臣の輔弼外におき、「軍機軍令」に関するいわゆる帷幄上奏の制度を定めた官制を、みとめていたからである(その際、憲法以前の慣習と官制を斟酌してそういうのであり、「将来之を改めて軍の統制に付いても等しく内閣の責任に属せしめ〔るの〕も、敢て憲法の改正を必要とするものでな」い(前掲二五五頁)とした。こうして、「兵力を強からしめん」とするために、「国政の統一と責任政治の原則とに多少の犠牲を拂」(二五六頁)う制度が承認されたのであり、その限度で、君主無答責が大臣責任から切り離され、「天皇ノ国務上ノ行為ノ結果ニ付テ国民ハ責任ヲ問フヲ得ザルに至ラン。是レ明ニ立憲政治ノ根本要求ニ反ス」(佐々木惣一『日本国憲法要論』三八七頁。─なお、佐々木は、帝国憲法の解釈として統帥権の独立を認める説を、「是レ一ノ独断タルノミ、何等法上ノ根拠アルナシ」とし、「今日我国ニ於テハ慣習法上」この制度があるだけだ、ということを強調している(三八四頁))という事態があったのである。
 第三に、国務大臣輔弼事項について立憲的・君主無答責原則があてはまるような憲法運用がおこなわれた時期があったにしても、そのような運用自体が、一九三五年の天皇機関説事件の経過のなかで、ほかならぬ、天皇を輔弼する任にある政府によって否定されたことを、どうとらえるのか、という問題がある。ここで天皇機関説事件のてんまつをあらためて辿ることはしないが、一連の経過の幕引きをすることとなった「国体明徴に関する政府声明(第二次)」(一九三五・一〇・一五閣議決定)は、「漫リニ外国ノ事例学説ヲ援イテ我国体ニ擬シ統治権ノ主体ハ 天皇ニ在サズシテ国家ナリトシ 天皇ハ国家ノ機関ナリトナスガ如キ所謂天皇機関説ハ神聖ナル我国体ニ悖リ其本義ヲ慫ルノ甚シキモノニシテ、厳ニ之ヲ芟除セザルベカラズ」としたのであった。
 このようにして、立憲的・君主無答責原則そのものを否定する憲法運用が、無答責の地位にある天皇の名において正統化されることとなる。そのような事態は、神権的・君主無答責論者の立場からいえば、本来あるべきすがたへの復帰にほかならない。それに対し、立憲的・君主無答責論者の立場からすれば、事態のとらえ方はどうなるのであろうか。
 立憲的・君主無答責原則の妥当する前提そのものを否定する憲法運用に裁可を与えることも、立憲君主のなすべき法的義務なのであり、したがって、そう行動したことにも、立憲的・君主無答責原則は適用されるのかどうか。
------

検討はまだ続くのですが、さすがに長くなりすぎたので省略します。
第一の点、数年前からの「立憲主義」騒動においても、「立憲主義」の言葉で何を意味しているのかが論者によって千差万別で、中には御成敗式目が日本における立憲主義の始まりだ、みたいな訳の分からないことを叫んでいた歴史研究者もいました。
また、市民運動家は自分の気に入らない対象を非難するスローガンとして「立憲主義に違反する」みたいな言葉を投げつけていましたが、学問的な世界においても「立憲」「立憲主義」概念は混乱が目立ち、特にドイツの議論は分かりにくいですね。
『法学教室』428号(2016年5月号)では赤坂正浩氏が「ドイツにおける『立憲主義』」を論じられていますが、これを最初に読んだ時は用語だけでちょっと混乱してしまいました。

『法学教室』428号
http://www.yuhikaku.co.jp/hougaku/detail/019574

第二の点、後で少し検討したいと思います。
数か月後になるかもしれませんが。
第三の点については、樋口氏が答えを書いてしまっているので、興味のある方は見て下さい。

立憲的無答責原則と神権的無答責原則
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/a7aad3ef56d6a4147feb549309cb045f

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする