学問空間

「『増鏡』を読む会」、第9回は2月22日(土)、テーマは「上西門院とその周辺」です。

井川克彦氏「書評と紹介 中林真幸『近代資本主義の組織』」(その2)

2018-11-18 | 松沢裕作『生きづらい明治社会』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2018年11月18日(日)12時10分42秒

続きです。
「第3部 循環的な成長と金融制度」は、

第7章 「荷為替立替金」供給制度の形成
第8章 「原資金」供給制度の形成
第9章 景気循環と金融機構

と分れています。
製糸金融は中村政則『日本の歴史第29巻 労働者と農民』とは関係せず、また、私の能力の範囲を大幅に超えるので、この掲示板では特に検討しませんが、『近代資本主義の組織』の全体像を示すために紹介しておきます。(p125以下)

-------
 第三部は、製糸金融の重要性を強調する従来の研究を引き継ぎつつ、政策金融は「近代製糸業の発展に望ましい影響を及ぼしたか」「非効率的な経営に政策金融が向けられる可能性」(「情報の非対称ゆえに発生する非効率」=モラル・ハザード)はなかったのか、を問題にしている。
 まず八〇年代前半に「荷為替立替金」供給が普及し、日銀─正金・横浜市銀─売込問屋─地銀の資金供給ルートが形成されるが、その際、各主体が資金供給先を監視しつつ、効率的な制度が生む利益の分け前を享受する制度が形成される。例えば、正金・市銀は資金供与の条件として売込問屋の担保生糸を自行の倉庫に保管・管理したが、いっぽう売込問屋はとりわけ金融逼迫時のリスクを正金・市銀に分散させて優良製糸家の生糸の独占販売権を維持した。このようにして優良製糸経営、地銀、上層売込問屋、市銀の自己執行性が機能し、日銀を頂点とする政策金融の効率性が維持された、という。
 さらに著者は、製糸金融が製糸業に対して果たした長期的総体的な功罪を評価しようとする。八〇年代末以降、原料繭購入資金を無担保で貸出す「原資金」供給が日銀の資金供与に促されつつ定着していき、上層売込問屋に連なる諏訪大製糸家の機動的な原料繭購入を可能にした。政策金融に主導されて拡大した製糸金融は、景気循環の増幅作用を適度に調整する自立的機能を有していた。「原資金」供給は景気上昇期に購繭競争を激化させて生糸製造原価を押し上げ、景気後退期における不良製糸家の経営破綻を増幅するが、優良製糸家は売れ行き不振にもかかわらず横浜に出荷して在庫金融的な「荷為替立替金」を低利で得て、景気回復期まで持ちこたえて損失を回復する。結局、このような製糸金融は、長期的な生糸市場拡大を前提として、選択された優良製糸家の長期的利益を拡大し、製糸業の発展に寄与した、と著者は評価する。そして政策金融が効率的に行い得た条件として、製産者商標による取引が確立していて優良製糸家の選別が容易だったこと、前述のようなモラル・ハザードが回避されていたことを指摘する。以上において著者は、売込問屋と製糸家のそれぞれの階層性が効率的生産に寄与したプラス面を強調している。
-------

そして、既に紹介した部分と重複しますが、

-------
 以上、製糸業に関わる具体的論点に即して辿ってみたが、方法論に関わる本書の提起に触れる余裕はない。歴史研究書としての本書の価値に触れて拙文を結びたい。
 従来の日本近代史研究において、製糸業は近代日本の半封建性、前近代性、特殊性を強調する議論の一つの柱をなした。本書は横浜市場・売込問屋の性格、「相対賃金制」の本質、製糸家の購繭行動など、中心的論点のほとんどすべてについて従来の説を覆す仮説と実証を提示し、戦前期の日本製糸業に「近代的」な組織・制度が成立したことを強調した。その実証的素材と、「自己執行的」「情報の対称性」「効率的な均衡」などのキーワードに象徴される理論装置は「近代」の本質を探ろうと欲する人に大きな刺激を与えるであろう。
-------

と続きます。
以上、まことに横着で恐縮ですが、全文を引用してしまいました。
この後更に、従来の通説的立場であった石井寛治氏が中林著の第二部をどのように評価されているかを紹介します。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

情報ベクトル

2018-11-18 | 松沢裕作『生きづらい明治社会』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2018年11月18日(日)12時03分40秒

>筆綾丸さん
私の説明では不正確になるので、『近代資本主義の組織』から一例を紹介しておきます。
1879年8月末、片倉兼太郎らの共同再繰結社「開明社」に、売込問屋(貿易商社との仲介をする問屋)から品質上の問題で製品を販売できないとの連絡が入り、開明社側が販売見合わせを決定したにもかかわらず、問屋側が勝手な判断で安く売ってしまった、というトラブルを紹介した後での説明です。(p167以下)

-------
 しかし,貿易商社が検査を行っている以上,「開明社」製糸の品質ベクトルに対する市場の評価を多次元的に把握しているのは,貿易商社や,商社と直接に取引している売込問屋の方であった.代価や,検査結果を示す等級といった1次元情報から,価格関数によって変換された多次元の品質ベクトルを復元することは困難である.足りないのは繊度の均一性なのか,光沢なのか,そしてそれらはどの程度に足りていなかったのか,といった,実際の品質改善に必要な品質ベクトルの方向が判明しないのである.そして,品質向上の方向が特定されない場合,特定される場合とくらべて,製糸家の品質向上努力のリスクは大きくなる.そのことは,製糸家の品質向上への誘因を減殺する効果を伴った.
-------

なお、原料繭や労働力などでも売手・買手の「情報の非対称性」が問題となり、諏訪の大製糸家が養蚕農家を収奪していた、無知な貧農層から安価に労働力を得て搾取した、みたいな考え方がかつては通説でした。

※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。

「右翼」の戦後史 2018/11/17(土) 13:39:09
小太郎さん
「最新の経済理論と膨大な実証の上に成る五〇〇頁以上の大著であるが、シンプルかつ極太の論理で貫き通すことに多大な努力が払われている。」(井川氏の書評)
最近は、薄い新書程度しか読んでいないので、500頁を超える専門書となると、溜息が出てきます。
極太のペンとか極太の毛糸という使い方はしますが、「極太の論理」はあまり聞いたことがなく、「骨太の論理」の方がいいのではないか、と思いました。

「商品サービスに関する多種多様な情報ヴェクトルは、いったん市場で価格スカラーに集約されたあとでは、もとの多次元世界には還元され得ず、その結果、売手・買手間に情報の非対称性が生まれ、取引費用が増大する」(尾高氏の書評)
「情報ヴェクトル」と「価格スカラー」というような表現を見ると、興味を惹かれますが、難しい経済理論が展開されているようで尻込みしてしまいます。

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784492654859
白川方明氏の『中央銀行』は読んでみようかな、とは思っていますが。

http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000210915
安田浩一『「右翼」の戦後史』は、まだ読み始めたばかりですが、意外に面白いですね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする