●江戸時代(元禄10年)
Jakusui INOU was asked Tsunanori MAEDA to be allowed to
compile 'a study of various materials' and was commissioned
to do so, receiving the order to edit the 'Shobutsuruisan'
(book on the study of herbalism) which would complement the 'Compendium of Materia Medica,' considered the bible of
herbalism at the time.
広くないのじゃ 庶物類。
1697年 『庶物類纂』 稲生若水
江戸中期の本草学者稲生若水は医学・本草学を学ぶかたわ
ら、伊藤仁斎に儒学も学んだ。1693年、加賀藩主前田綱紀に仕え、その後援により当時における本草学のバイブルであった李自珍の「本草綱目」を補う博物書である「庶物類纂」の編纂の下命を得て1697年から『庶物類纂』の編集に従事したが、業半ばで没した。
参考 『庶物類纂』は若水の死後、これを惜しんだ将軍吉宗の命で、若水の門人たちが完成した。蘭学興隆の基礎をなした野呂元丈は若水の弟子のひとり。若水と野呂を〈口〉の字でつなげよう。
[ポイント]
1.稲生若水は、1715年、『庶物類纂』をまとめた。
[解説]
1.稲生若水(1655~1715)は、淀藩(京都市)医の子として生まれる。本草学(薬草学)の大成者。加賀藩主前田綱紀の求めに応じ中国の古典数百冊に記載されていた庶物(動植物、農作物、金石など)を抜き書きし、再編集した『庶物類纂』を362巻を著し、1715(正徳5:家継代・海舶互市新例発布の年)年に死去した。この後を子の稲生新助や弟子が書き継いで638巻を加え、計1000巻にわたる大著の完成をみた。
〈2016立教大・済コミュ福観光〉
問11.これに関する記述として正しくないのはどれか。次のa~dから1つ選べ。
a.新井白石は『読史余論』を著して、武家政治の歴史的正統性を主張した
b.稲生若水は『庶物類纂』を著して、『日本書紀』の合理的な解釈を試みた
c.林羅山・林鵞峰父子が、編年体の史書『本朝通鑑』を編集した
d.水戸藩主徳川光圀が、紀伝体の史書『大日本史』の編纂に着手した」
(答:b×『庶物類纂』は本草学(動植物)の書)〉
〈2016明大・国際日本:「
本草学者の[ F ]は、吉宗の命でオランダ薬物を研究し『阿蘭陀本草和解』を著した。本草学者の[ G ]が生前に前田綱紀の保護の下に編集していた本草学の大著である『庶物類纂』を、[ G ]の弟子に命じて増補させたのもまた、吉宗である。さらに吉宗に招かれて江戸に下った長崎出身の学者である西川如見は、長崎で見聞した朝鮮・中国・台湾・南洋・インド・西洋におよぶ海外事情などを記述した『[ H ]』を著していた人物である。イ新井白石がシドッチの尋間による知識や中国地理書を参考にして世界の地理・風俗を記した『采覧異言』もまた、吉宗に献上された。
問7.空欄Fに入る人物の氏名を漢字で書きなさい。
問8.空欄Gに入る人物の氏名を漢字で書きなさい。
問9.空欄Hに入る、1695年に刊行された西川如見の著書を漢字で害きなさい。
問10.下線部イの人物が侍講として仕えた人物を下記の1~4の中から選びなさい。
1.徳川綱吉 2.徳川家宜
3.徳川家重 4.徳川家綱」
(答:7野呂元丈、8稲生若水、9華夷通商考、10→2)〉
〈2013同志社大学・文経済:「
【設問k】下線部k本草学について、江戸時代中期の本草学者で、博物学的大著である『庶物類纂』の前編362巻までを著し、また野呂元丈を弟子としたことでも知られる人物名を漢字で記せ。」
(答:稲生若水)〉
〈2013早大・文化構想:「
問7 下線e歴史・古典の研究や自然科学への関心も高まり多くの著作が出されたに関連して述べた文のうち正しいものはどれか。1つ選べ。
ア 徳川光圀は、歴史書『本朝通鑑』の編纂を開始した。
イ 賀茂真淵は、門人の荷田春満に『古事記』研究を指導した。
ウ 戸田茂睡は従来の歌学を批判し、用語の自由を説いた。
エ 吉田光由は『発微算法』を著し、和算の普及に功があった。
オ 稲生若水は本草学を研究し、『大和本草』を著した。」
(答:ウ ※ア×本朝通鑑→大日本史、イ×荷田春満は賀茂真淵に、エ×発微算法(関孝和著)→塵劫記)〉