Fuu

ある日には山 ある日には畑 自然体で気分良く暮らしています。

九州大漫遊記 久住を抜けて城の町竹田へ

2010-08-07 15:12:03 | 旅行記

ナビは牧ノ戸峠を指定。 ここは標高1333メートルあるので久住山(1787メートル)に行くに最短距離になるし 標高差も少ない。

山並みハイウェイを走っていると突然飛び込んできた山。

Kujyuu 雲がかかって全体が見えないけれど 緑の山の真ん中に白い山が王冠のような形で。。。そのコントラストはちょっと感動的だった。 なごみさんが山の形をした三俣山がまず見えますとおっしゃっていたことを思い出し 雲に隠れているのはそれかと。 白いのは・・・そのときはさっぱりわからなくていたけれど いま思えば あれは硫黄山ではないか。とすれば右側は星生山? 硫黄山は登山禁止らしい。なごみさんが天敵と称している山。 においがきついらしい。ガスは有害だしね

牧ノ戸峠の登山口はすぐわかった。 工事中で車も少なかったけれど 場所を確認できたから 今度はスムーズに山登りできるね。 楽しみができた。

さて 空港に向けて走りながら行けるところへ・・・ え? 小国の看板が・・・ 何年か前に来た黒川温泉が近いらしい。 ずいぶん走ってきたんだね

竹田の案内に吸い寄せられるように 走る。 確かここには荒城の月のモデルになった城があるはず。 竹田城だっけ? ナビに入れて 大笑い。 なぜって 朝来の竹田城が出てきてしまった。春に行った日本のマチュピチュではないか? そういえば名前 違ったんだったな。

ま 行けば案内あるでしょ。

と竹田市の町中に入ると 案内が 「岡城」 あぁ そうそう 岡城   案内通りくねくねと曲がって曲がって 元に戻ったんじゃないの?ぐらい曲がってついたところは町からは離れた緑の中。

Okajyousi 滝廉太郎が子供の頃遊んでいた場所で 土井晩翠の詩に曲を付けた荒城の月の舞台としてみんな知っているこの城が意外な場所にあって驚いた。

受付で 忍者の巻物のような入場券をもらって驚くと「初めてですね?」とおじさん。丁寧に城の説明をしてくれた。

Noboriguti この城は 大野郡緒方荘の武将緒方三郎惟栄が 兄とうまくいかなくなっていた源義経を迎えようとして築城したのだそうで 思いがけない武将の名前が出てきてびっくりです。

残念なことに それは失敗に終わったのですが もし成功していたら歴史は変わっていたでしょうか?

その後 南北朝時代には南朝方として戦い 豊薩戦争では(残念ながらこれは知らない)わずか18歳の志賀親次が島津の大群から城を守ったと豊臣秀吉から感状を贈られたそうだ。

志賀氏が城を去り播磨の国三木城から中側秀成が入場したときに 元の城を基礎として近世城郭としての形を整えたらしい。 何処にも書いては無かったけれど 城址の様子が朝来の竹田城に似ていると思ったのはそんな影響があるのだろうか?

Higasimonato やがて廃藩置県で中川氏は東京に戻り この城は大分県による入札払い下げで この城は全部取り壊されてしまった。

荒れ果てた岡城跡で子供の滝廉太郎が遊ぶようになった頃のことだ。

いろんな歴史を見てきた岡城跡は 今でも一般的な観光地と比べるとまさに荒城という気がする。

Jyouseki 東西に延びる大地状にある山城は臥牛城とも言われるそうで 竹田城も確か虎伏山城と言われていたような気がする。

二つだけの城を比べることは全く意味がないことなんだろうけれど よく似ている様子に思わず。。。

Jyouseki2

Jyouheki この石垣の連なりなんかもなかなか良いでしょ?

三橋美智也の ま~つかぜ さ~わ~ぐ~♪ が浮かんでくる

あれ? あの歌もここが舞台だったのかしら?

Jyouseki3 Jyouseki4

Jyouseki5 足を踏み入れるのもためらわれるような草むらもあり 城壁には見事に草が育ち この城の歴史を 思わせる。 荒城の月の舞台としては実に風情がある。

Taki お約束の滝廉太郎像

若くして亡くなった音楽家は 子供の頃の夢をの続きをここで見ているんだろうか?

Bukeyasikiato

コメント (2)
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