冬至まではどんどん日が短くなる一方のいまごろ。
福岡出身の電関人は、今時分朝は7時近くなってようやく日の出で5時過ぎに日没だったと記憶する。
東京とずいぶん違うのであるが、日が短いのが鉄にとってつらいのはどこにいても変わらないこと。
ED72のラストナンバーである22号機が、下り解結貨物を牽いて刻々と暮れていく鹿児島本線の先を急ぐ。
17時頃のこの列車では、流すしかなかった。
1978年1月 鹿児島本線 ED7222号機 下り解結貨物(列番不明)
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その代わり夕方は関東よりも遅くまで撮れますね。
それでもこの時期の17時は流し撮りですか...フィルム時代のことだから、そうだったのでしょうね。
電関人の中では、このころの方がはるかに流し撮りの
腕が今よりはるかによかったように思います(大汗)
お久しぶりです。
私も、日田彦山線の気動車乗車の際にED722号機の
部品を外したみじめな姿を車内から激写したことがあります。
必ず西小倉では、何がいるか確認してましたよね。
ED72は晩年、様々な改造されておりよく見る罐とそうでない罐と
運用が極端に偏っていたように思います。