幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

阿川佐和子さん 「サワコの朝 おすぎさんとピーコさん」 ”考え方を変えたら嫌いな人がいなくなった”

2016-02-20 08:20:00 | 生き方/考え方
現在、地方で活躍中。
映画評論家、ファッション評論家。TBS「悪友親友」
バラエティや情報番組で活躍。
おすぎは九州でレギュラー番組9本。ピーコさんは6本。
71歳を迎えて言いたいことをぶっちゃけます。

おすぎさんは福岡のマンション住まい。ピーコさんは東京で住んでいる。
最近の番組はお笑いの人が司会して、段に座って話をしている。
地方は午前中の生放送。博多、名古屋、札幌。
20年前は各局に出ていた。

10年前はサワコは可愛かった。今では大御所だと思っている。大御所とはこういう風になるのだと。何か直したら良いことがあれば(サワコさん)。世間が受け入れている時は何をやっても良い。私たちは世間が受け入れなくなり(依頼が来なくなり)、地方で依頼があり出ている。
マツコは頭がよい。洋服を作るのが大変だなと思って見ている。昔はマツコのジュエリーなどあげていた。

(ピーコさん)二十歳の時、バーバラの2枚目のアルバム。男に捨てられた女に男が戻りと。その歌から力を貰った。「男から別れを言われ、川になるほど泣いた。戻りたいなら、川になるほど泣いてと」。
この人みたいシャウトする歌い方をしていなかった。
棄てられる前に棄てることよ。おすぎはそういうことがあった。ピーコにはなかった。
2人は男が好きと言って出た。新宿2丁目でゲイの人にこんな汚い人に男が好きと言わないでと言われた。仲間内から言われたのですね(サワコさん)。
差別を力に変えて生きて来た。今はドッキリすることはなかった。二人は毒舌だと。私たちを見ている時は、犬や猫よりちょっと上くらいに見られていた。
映画評論家はTVに出る前にやっていた。試写室に入れてもらった。将来きっとやれるだろうと。そのおかげでたくさんの映画を見ることができた。そうしていたら、林美雄さんに声をかけてもらって、それからレギューラーになった。

小さい時から二人がこれまでやって来た実感は?ふたごの意識はない。今でも頻繁に一緒にいて、食事をする。おすぎの方が才能があるの。皆意地悪でなにくそと思って生きて来た。街で歩いていてピーコと言われると無視する。ピーコの評判を悪くしようと(おすぎ)笑
好きになる対象の男性が違う。友達も違う。相手が友達なった人は対象外。おすぎ印、ピーコ印。ご飯くらいは二人と付き合って大丈夫。20年経ってシャンソン歌手と言われた。黒柳徹子さんに「歌は上手い下手ではないね。心に来たは」と言われた。

2人とも一人で生きて行くと思っていた。眼を取ると、傷が治って行く間に義眼を変えて行かないといけない。一個30万で年間20個。タモリがピーコに良い眼をあげたいと皆に声をかけて一人1万円を。その人の中に嫌いな人が入っていた。その時に一人で生きているのではないと実感した。考え方を変えよう。一人で生きて来たのを止めよう。これから自分のためにやろうと言う気持ちを変え、誰かのために何かのためにやろうと思ったら嫌いな人がいなくなった。淀川先生はお見舞金に5万円くださった。人にはお金をあげない人。元気になってお礼を言ったら、こんなに早く元気になったら、お見舞金返してと言われた。もちろん返さなかったが。その間おすぎが私の代役をやってくれた。

抗がん剤を打って、11月の頭の毛が抜けた。オラウンターみたいになった。死にたくなった。ビリーホルデーがぼろぼろになった時に作った歌(「恋はおろかというけれど」)。闘病中に支えられた。クリスマス頃になると毛が生えて来た。そうしたら死ぬことを忘れた。
ワンコインゲーバーをやろうかと。でも飲むところが商売敵になるのは嫌だなと。始めたら教えるね。

感想;
いろいろな嫌な思いをされて来られた。それを力に生きて来られた。
考え方を変えたら、嫌いな人がいなくなったと。
自分の人生を幸せにするかどうかは自分の考え方次第だなと思いました。