http://digital.asahi.com/articles/DA3S13061235.html?rm=150 朝日新聞 橘木俊詔さん、安岡匡也さん2017年7月29日
■若者の社会保障:1 はじめに
働いて結婚や子育てもするなか、不安や生きづらい思いを抱える若い世代がいます。社会保障の恩恵は、高齢者の年金や医療、介護に手厚くみえますが、この先も日本を担う20~40代をどう支えるのか、もっと目を向ける時期にきています。5回にわたり考えます。
■《なぜ》家族は限界、公助も不十分 橘木俊詔さん(京都女子大学客員教授)
病気や失業、稼ぐ力の低下など生きる上で直面するリスクに備える社会保障で、日本がどうしても取り組まねばならない課題の一つが、若者を支える施策です。
日本は社会に出るところで失敗すると、一生つきまといます。2008年のリーマン・ショックなどの不況によって、非正規雇用の若者が不幸にして大量に生み出された。30代、40代になってもお金がないから結婚できない。男性は年収300万円を切ると、既婚率が大きく下がります。50歳まで一度も結婚しない「生涯未婚率」が、男性は15年の国勢調査で23%に達した。これはほっとけない。
日本は欧米に比べて婚外子が少ないので、若者が結婚しなければ子どもの数は減っていきます。女性が一生に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は、人口を維持する水準の2・07~08をはるかに下回る1・4程度にとどまっている。15歳から64歳までの生産年齢人口は減る一方です。
これでは企業の経済活動に影響が出るし、現状の社会保障制度は現役の働き手から引退した世代への仕送りという性格が強いため、十分な水準で給付やサービスを提供するのは、難しくなります。
*
出生率の低下は、家族の機能の限界とも考えることができます。
そもそも日本は国際的に比較すると、国や自治体など公共部門が提供する社会保障の金額は少なく、代わって家族と大企業が担ってきました。戦後の高度成長は、東北や九州などの地方から大都市に移り住んだ大量の「金の卵」が支えたが、父母は地方に残された。子育ても、田舎で年老いた親の面倒にしても、家族で無理なら、社会でやらなければならない。「公助」が大事になります。
非正規雇用の若者を救うには、何と言っても職業訓練でしょう。スキルがなければ、良い職には就けない。また、出生率を上げるには、子育てや教育への支援を拡大するしかない。ところが、ここにかける予算は、世界的に比較すると低い水準にある。若者だけに限りません。いま、日本で貧困に苦しむ人々の半分は高齢の単身女性ですが、働ける世代ではない人たちを助けるには、福祉を充実するしかないのです。
しかし、国の財政は厳しく、十分な財源は確保できていません。
12年に自民、公明、民主(現民進)の3党が「社会保障と税の一体改革」に合意し、14年に消費税が8%に上がった後、10%への再引き上げは安倍晋三首相の決断で2回延期になりました。この判断を大方の国民は支持しているようです。税率3%幅分の負担をしたのに、サービスが充実した実感がなく、国には期待できないと考えているのでしょう。
私は20年ほど前から、1億総中流と言われた日本で経済格差が広がっていると指摘し、デンマークのような高福祉・高負担の国を目指すべきだと主張してきました。日本人はもはや低福祉・低負担を選んだのだろうと思うし、福祉社会への道は半分あきらめています。でも、デンマークは高福祉でも生産性は高く、経済が強いことは知ってほしい。
*
もうひとつ、日本人は幸福なのかということです。国民の「幸福度」を数値化し、国連が毎年発表する幸福度ランキングで、日本は2016年が53位、17年は51位でした。デンマークは16年に1位、17年は2位です。主に税を財源として、国民全員にあまり差のない福祉を提供している国です。税と社会保険料の負担は収入の半分にもなるけれど、病気になっても要介護状態でも生きていける保障がある。これが、若者を含めた国民にものすごく安心感を与えている、というのが私の判断です。
(聞き手・編集委員 村山正司)
◇
たちばなきとしあき 1943年生まれ。労働経済学者。京都大学名誉教授。著書は「日本の経済格差」「安心の社会保障改革」など多数。
■《解く》脱一律、個別の困難をケア 安岡匡也さん(関西学院大学教授)
「若者は社会保障に不信感を持っている」とよく言われますが、実際は不信を感じる以前に実感がわかず、身近なものとは感じていないと思います。
学生は「社会保障は難しい」と言いますね。かぜで病院に行けば保険証を使うので、本当は身近なはずなのですが、普通は自分で保険料を払わないからでしょうか。
多くの学生が初めて認識する社会保障は、年金です。20歳になれば国民年金の対象になり、在学中は保険料の支払いが猶予されることは大半が知っていて、手続きをしていない人はまずいません。自分につながる話なら、認識できるんです。でも、「ただお金を取られるだけ」という印象でしょう。老後に受け取る年金ははるか先で、障害年金や遺族年金を自分が受けるイメージはしづらい。
「お年寄り厚遇」と思う学生もいます。確かに、年金、医療、介護と高齢者に手厚くみえますが、日本の社会保障の規模は世界でみれば大きくなく、高齢者すべてに十分な恩恵があるとも言えない。「お年寄りの分を削って若者に」という考えは、短絡的でしょう。
*
若者と高齢者という「世代間の公平」より、「持続可能性」から考える必要があります。若い世代がお年寄りを支える社会保障を、老後に必要なものは各自で蓄える形に切り替えることは、もはやできない。将来、税金や保険料を払ってくれる人を育てないと成り立たないシステムからは、逃れられない。若い人が安心して働いて子どもを育て、十分な教育の機会も保障される必要があります。
いま、若い人はあまりに脆弱(ぜいじゃく)な状態にいます。非正規の仕事では、雇用保険にも入っていないかもしれない。仕事を失って生活保護に頼らざるをえなくても、「若いから働ける」と言われる。これでは「困っても社会保障に頼れない」と、あきらめてしまう。
職業教育などを通じて、一部でも再び支える側に回ってもらえるようにする。支え手の人数が減っている社会にもメリットとなり、持続可能性を高めるための投資としても意味があります。
*
若い世代の不安を解消するには、年金や医療のように保険をつくり、共通の不安に備えるような一律的なしくみでは不十分です。多様になった働き方や家族のあり方に合わせて、きめ細かな対応が早急に求められます。
子育てでも家庭によって、現金で暮らしを支えること、精神面のケアなど、優先するべき支援は異なります。子どもを持った人が仕事をやめれば支え手も減るので、その意味でも保育所の整備を急ぐべきですが、子どもの将来を考えれば、ただ預けられればいいのではなく、保育の質も大切です。
ストレスを抱えながら働き、結局は続けられなくなる人が増えています。早くに相談し、場合によってはケアを受ければ、深刻な事態になる人は減るはずです。「ブラック企業」と言われる労働環境や、精神疾患への偏見も、なくしていかなければなりません。
育児との両立が難しくて仕事を辞めた後に配偶者と別れ、立ちゆかない。そんな困難をいくつも抱える人たちを横断的に支え、だれもが安心して暮らせ、働ける社会をつくることこそ、いまの支え手を増やすことにつながります。
社会保障の恩恵を感じられず、「自分で何とかするしかない」という意識が高まっている一方で、生活保護などを受ける人へのバッシングが強まっています。自分もだれかに支えられていると思えなければ、支えあいの大切さを実感することは難しい。「なぜ、見知らぬ人を支えなければならないのか」。これでは、負担増への理解は得られないままです。
(聞き手・山田史比古)
◇
やすおかまさや 1978年生まれ。専門は財政学、社会保障論。著書に「経済学で考える社会保障制度」など。
感想;
若者支援が今の日本の大きな課題だと思うのですが。放っておくと、現実問題になった時には手遅れになっている可能性があります。
年金支給者(A)を働く世代(B)が支えています。⇒A/B
今、若者が働けない人が(C)増えると上の式は変ります。⇒(A+C)/(B-C)
仮にCが10%になると、働く世代の負担は以下のようになります。
仮にA=10, B=10, C=1とすると。
A/B=1.0
(A+C)/(BーC)=11/9=1.222
負担が22.2%も増えます。
Cを半分に減らすことができると、
10.5/9.5=1.105
負担は10.5%で留まります。
政治家は、若者支援は票に結びつかないために、注力していないように思います。
国民が、若者支援に取り組もうとしない政治家には投票しないなどの意思表明と実践が、政治家の関心を若者支援に向けさせるのではないでしょうか?
■若者の社会保障:1 はじめに
働いて結婚や子育てもするなか、不安や生きづらい思いを抱える若い世代がいます。社会保障の恩恵は、高齢者の年金や医療、介護に手厚くみえますが、この先も日本を担う20~40代をどう支えるのか、もっと目を向ける時期にきています。5回にわたり考えます。
■《なぜ》家族は限界、公助も不十分 橘木俊詔さん(京都女子大学客員教授)
病気や失業、稼ぐ力の低下など生きる上で直面するリスクに備える社会保障で、日本がどうしても取り組まねばならない課題の一つが、若者を支える施策です。
日本は社会に出るところで失敗すると、一生つきまといます。2008年のリーマン・ショックなどの不況によって、非正規雇用の若者が不幸にして大量に生み出された。30代、40代になってもお金がないから結婚できない。男性は年収300万円を切ると、既婚率が大きく下がります。50歳まで一度も結婚しない「生涯未婚率」が、男性は15年の国勢調査で23%に達した。これはほっとけない。
日本は欧米に比べて婚外子が少ないので、若者が結婚しなければ子どもの数は減っていきます。女性が一生に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は、人口を維持する水準の2・07~08をはるかに下回る1・4程度にとどまっている。15歳から64歳までの生産年齢人口は減る一方です。
これでは企業の経済活動に影響が出るし、現状の社会保障制度は現役の働き手から引退した世代への仕送りという性格が強いため、十分な水準で給付やサービスを提供するのは、難しくなります。
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出生率の低下は、家族の機能の限界とも考えることができます。
そもそも日本は国際的に比較すると、国や自治体など公共部門が提供する社会保障の金額は少なく、代わって家族と大企業が担ってきました。戦後の高度成長は、東北や九州などの地方から大都市に移り住んだ大量の「金の卵」が支えたが、父母は地方に残された。子育ても、田舎で年老いた親の面倒にしても、家族で無理なら、社会でやらなければならない。「公助」が大事になります。
非正規雇用の若者を救うには、何と言っても職業訓練でしょう。スキルがなければ、良い職には就けない。また、出生率を上げるには、子育てや教育への支援を拡大するしかない。ところが、ここにかける予算は、世界的に比較すると低い水準にある。若者だけに限りません。いま、日本で貧困に苦しむ人々の半分は高齢の単身女性ですが、働ける世代ではない人たちを助けるには、福祉を充実するしかないのです。
しかし、国の財政は厳しく、十分な財源は確保できていません。
12年に自民、公明、民主(現民進)の3党が「社会保障と税の一体改革」に合意し、14年に消費税が8%に上がった後、10%への再引き上げは安倍晋三首相の決断で2回延期になりました。この判断を大方の国民は支持しているようです。税率3%幅分の負担をしたのに、サービスが充実した実感がなく、国には期待できないと考えているのでしょう。
私は20年ほど前から、1億総中流と言われた日本で経済格差が広がっていると指摘し、デンマークのような高福祉・高負担の国を目指すべきだと主張してきました。日本人はもはや低福祉・低負担を選んだのだろうと思うし、福祉社会への道は半分あきらめています。でも、デンマークは高福祉でも生産性は高く、経済が強いことは知ってほしい。
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もうひとつ、日本人は幸福なのかということです。国民の「幸福度」を数値化し、国連が毎年発表する幸福度ランキングで、日本は2016年が53位、17年は51位でした。デンマークは16年に1位、17年は2位です。主に税を財源として、国民全員にあまり差のない福祉を提供している国です。税と社会保険料の負担は収入の半分にもなるけれど、病気になっても要介護状態でも生きていける保障がある。これが、若者を含めた国民にものすごく安心感を与えている、というのが私の判断です。
(聞き手・編集委員 村山正司)
◇
たちばなきとしあき 1943年生まれ。労働経済学者。京都大学名誉教授。著書は「日本の経済格差」「安心の社会保障改革」など多数。
■《解く》脱一律、個別の困難をケア 安岡匡也さん(関西学院大学教授)
「若者は社会保障に不信感を持っている」とよく言われますが、実際は不信を感じる以前に実感がわかず、身近なものとは感じていないと思います。
学生は「社会保障は難しい」と言いますね。かぜで病院に行けば保険証を使うので、本当は身近なはずなのですが、普通は自分で保険料を払わないからでしょうか。
多くの学生が初めて認識する社会保障は、年金です。20歳になれば国民年金の対象になり、在学中は保険料の支払いが猶予されることは大半が知っていて、手続きをしていない人はまずいません。自分につながる話なら、認識できるんです。でも、「ただお金を取られるだけ」という印象でしょう。老後に受け取る年金ははるか先で、障害年金や遺族年金を自分が受けるイメージはしづらい。
「お年寄り厚遇」と思う学生もいます。確かに、年金、医療、介護と高齢者に手厚くみえますが、日本の社会保障の規模は世界でみれば大きくなく、高齢者すべてに十分な恩恵があるとも言えない。「お年寄りの分を削って若者に」という考えは、短絡的でしょう。
*
若者と高齢者という「世代間の公平」より、「持続可能性」から考える必要があります。若い世代がお年寄りを支える社会保障を、老後に必要なものは各自で蓄える形に切り替えることは、もはやできない。将来、税金や保険料を払ってくれる人を育てないと成り立たないシステムからは、逃れられない。若い人が安心して働いて子どもを育て、十分な教育の機会も保障される必要があります。
いま、若い人はあまりに脆弱(ぜいじゃく)な状態にいます。非正規の仕事では、雇用保険にも入っていないかもしれない。仕事を失って生活保護に頼らざるをえなくても、「若いから働ける」と言われる。これでは「困っても社会保障に頼れない」と、あきらめてしまう。
職業教育などを通じて、一部でも再び支える側に回ってもらえるようにする。支え手の人数が減っている社会にもメリットとなり、持続可能性を高めるための投資としても意味があります。
*
若い世代の不安を解消するには、年金や医療のように保険をつくり、共通の不安に備えるような一律的なしくみでは不十分です。多様になった働き方や家族のあり方に合わせて、きめ細かな対応が早急に求められます。
子育てでも家庭によって、現金で暮らしを支えること、精神面のケアなど、優先するべき支援は異なります。子どもを持った人が仕事をやめれば支え手も減るので、その意味でも保育所の整備を急ぐべきですが、子どもの将来を考えれば、ただ預けられればいいのではなく、保育の質も大切です。
ストレスを抱えながら働き、結局は続けられなくなる人が増えています。早くに相談し、場合によってはケアを受ければ、深刻な事態になる人は減るはずです。「ブラック企業」と言われる労働環境や、精神疾患への偏見も、なくしていかなければなりません。
育児との両立が難しくて仕事を辞めた後に配偶者と別れ、立ちゆかない。そんな困難をいくつも抱える人たちを横断的に支え、だれもが安心して暮らせ、働ける社会をつくることこそ、いまの支え手を増やすことにつながります。
社会保障の恩恵を感じられず、「自分で何とかするしかない」という意識が高まっている一方で、生活保護などを受ける人へのバッシングが強まっています。自分もだれかに支えられていると思えなければ、支えあいの大切さを実感することは難しい。「なぜ、見知らぬ人を支えなければならないのか」。これでは、負担増への理解は得られないままです。
(聞き手・山田史比古)
◇
やすおかまさや 1978年生まれ。専門は財政学、社会保障論。著書に「経済学で考える社会保障制度」など。
感想;
若者支援が今の日本の大きな課題だと思うのですが。放っておくと、現実問題になった時には手遅れになっている可能性があります。
年金支給者(A)を働く世代(B)が支えています。⇒A/B
今、若者が働けない人が(C)増えると上の式は変ります。⇒(A+C)/(B-C)
仮にCが10%になると、働く世代の負担は以下のようになります。
仮にA=10, B=10, C=1とすると。
A/B=1.0
(A+C)/(BーC)=11/9=1.222
負担が22.2%も増えます。
Cを半分に減らすことができると、
10.5/9.5=1.105
負担は10.5%で留まります。
政治家は、若者支援は票に結びつかないために、注力していないように思います。
国民が、若者支援に取り組もうとしない政治家には投票しないなどの意思表明と実践が、政治家の関心を若者支援に向けさせるのではないでしょうか?