バッハ作曲/ブゾーニ編曲のコラール前奏曲(BWV659)の続きです。
先日の記事でニコニコ動画のホロヴィッツの演奏風景をご紹介しましたが、その演奏がとても良かったので、彼が弾くレコードかCDを手に入れたいと思いました。
手っ取り早いのはCDですが、一方でこういう手触り感の強い演奏こそ、アナログのレコードで楽しみたいもの。最近ひそかに顔なじみになりつつある、神保町のクラシック・レコードの専門店「エテルナトレーディング」にメールで在庫を確認すると、ホロヴィッツがこの曲を弾いた録音が2枚あるとのこと。こういう小品単位でも検索出来るとは、さすがのデータベースです
在庫のレコードは1枚がモノラルで、もう1枚がステレオ。マニアの中にはモノラルこそアナログレコードの真髄!と言われる方も多いようですが、私個人としては、出来ればステレオが好み。一応2枚とも取り置きをお願いし、お店で試聴してから決めることにしました。
お店が開いているのは、平日は夜8時まで。某日、何とか仕事を片付けて神保町の駅に着いたのが7時半。お店のカウンターでレコードを2枚受け取り、試聴用のターンテーブルの前に座ります。すると、その場でジャケットを見るまで知らなかったのですが、ステレオの方はまさにニコニコ動画で見たレコーディングの、レコード版。モノラル盤も一応試聴しましたが、ステレオ盤に比べると、まさに隔靴掻痒。早々に会計を済ませ(買ったのは勿論ステレオの方です)、意気揚々と家に帰りました
ジャケットは、表裏、それから内側の見開きに、このレコーディング時の写真が載っています。
(因みに1人怖そうなオバチャンが写ってますが、これがホロヴィッツの奥さんで、お父さんは伝説の指揮者トスカニーニです。)
さてさて肝心の演奏ですが、いくらAKGが優れたヘッドフォンであっても、ニコニコ動画は所詮デジタル化され圧縮されたネット音源。生身のレコードとOrtfonに敵うべくもありません。久しぶりにアナログレコードの凄さを知った気がします
特にホロヴィッツの弱音。それは、先日の記事でも触れた繊細な打鍵(タッチ)によることは勿論ですが、それに加えて、細かく、かつ恐らくはごく浅く、何度も踏み替えるペダルによって、持続されるべき時は持続され、けれどその音は決して濁らず、実に美しい伸びと響き。
またこれも想像ですが、録音用のマイクがピアノのすぐ近くにあるのでしょう、踏んだペダルをあげる瞬間、ダンパーのフェルトが弦に触れる瞬間の音(響き)の微妙な揺れが、それこそ手に取るように分かります。
もうひとつ。この曲は大きく3声部に分かれていますが、原曲のオルガンでは、低音をペダル、中音を左手、高音を右手で弾くようになっています。これがピアノだと、左手で1声部(低音)、右手で2声部(中音と高音)を弾き分けるのですが、特に右手は、5本の指で中音と高音、二つのメロディを同時に弾きます。ただ、この曲のメインのメロディはあくまでも、まるで天使の歌声のようなこの高い方の音。よって、例えば右手の親指と小指で違う音を同時に押さえるとすると、小指の高音は強く歌わせ、親指の低音は小さく控え目に弾きたいところ。
自分の技量を晒すようで甚だお恥ずかしいのですが、実はこれが意外と難しいのです。無理に小指だけを大きい音で弾こうとすると、何だか荒っぽくて品がない音になってしまいます。しかも、ただでさえ指が足りていませんから(例えば、小指と薬指だけでドレミファ・・・と弾くところをご想像下さい)レガートで滑らかに弾くのは(私には)至難の業
それをホロヴィッツは、いとも簡単にやってしまいます。まるで3本の手で弾いているかのよう。さらにそれがバラバラに分離されて聴こえるのではなく、3声部の相対的なバランスが完璧にコントロールされています。まさに至芸。
私は残念ながら生前のホロヴィッツを聴く機会には恵まれませんでしたが、よくぞこのステレオ録音を残してくれたものです。初来日時には「ひび割れた骨董」と評されたホロヴィッツですが、それから3年後に録音されたこのレコードを聴く限り、やはりホロヴィッツはホロヴィッツ。このレコードを入手出来たことをとても幸せに思います。
因みにこのレコード。比較的新しい(と言っても、録音されてから25年経ってますが)せいもあるのでしょう、レコード特有のパチパチ音も殆ど気にならず、反りやキズもありません。いつもながらエテルナトレーディングの検品と評価は、非常にフェアかつ的確。頼りになりますね。
とか何とか言いながら、こっそりCD(しかも6枚組)まで買ってしまったことは、家人には絶対に内緒です
ホロヴィッツ/コンプリート・レコーディングス・オン・DG(6CD)
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