
西部地区にある「箱館高田屋嘉兵衛資料館」。
外壁の文字は、高田屋嘉兵衛の屋号である「山高」の表記なのだが、これに関して、先日、ちょっと面白い質問をされた。
「もしかして、『山高帽』の名前の由来ってこれなの?」
いや、いくらなんでもそれは違うんじゃない?
「山高帽」ってのは、確かイギリスの帽子だったと思うけど、もしかしてひょっとして、どこか奥深い所で繋がっていたりして・・・ということで一応念のため調べてみたが、答えとしては、どうやらそんなことはないみたい。
そもそも「山高帽」とは、イギリス発祥の「山の高い」帽子のことで、後に伯爵となるトーマス・コーク卿のために、1850年にイギリスで初めて作られたもの。
製造を依頼された業者「ウィリアム・ボーラー」に因んで「ボーラ―ハット」と呼ばれたこともあるが、帽子の形状がボウル(Bowl)を連想させるということからも、「ボーラー」が定着して広まったとされている。
日本では江戸時代末期(慶応期)から定期的にヨーロッパから帽子が輸入され始め、1890年(明治23年)には、財界人によって帽子製造会社が設立され、日本でも山高帽の製造が始まったとされている。
というわけで、高田屋嘉兵衛と「山高帽」とは何の関係もないようだが、こういう素朴な疑問をぶつけられて、それについて調べてみるというのもよい勉強になって面白いと思うので、これからも、質問されたことは、仮に明らかに的外れだと思えるようなことであっても、調べて確かなものにしていくということを習慣づけていければと思います。
【私信】
Yさんへ。答えは「関係なし」だけど、このような疑問に思い至るだけの着眼点は素晴らしいものがあると思いました。
今後とも宜しくお願い致します。互いに学習し合いながらやっていきましょう。