北の風に吹かれて~独り漫遊記~

町歩きを中心に、日々の出来事を綴ります。 
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きらら街道

2022-05-21 16:20:32 | 石狩・空知地方

本日5月21日で、このブログの開設から17年を迎えました(最初の記事はこちら)。

そして今日は、17年前と同じ土曜日。

ということで、というわけでもないのだけど、心機一転、ブログタイトルを変更し、テンプレートも、フラットテンプレートに戻しました。

(実は3月にさらっと予告していました(こちら))

「心機一転」は大げさだったかもしれないけれど、これからも、町ブラネタ中心という基本コンセプトで日々更新し続けたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

南幌町から江別市方面へ向かう道路。

 

 

「きらら街道」とあります。

どういう街道なのでしょう?

 

 

 

 

 

先ほどの交差点から少し進んだ所に、こんな標柱と解説板がありました。

ここにもまた、「夕張鉄道」の駅があったのです。

 

 

無人駅だったという「晩翠(ばんすい)」駅。

「晩翠」とは、南幌町の前身である旧幌向村にあった字(あざ)名の一つで、アイヌ語の「パンケ・ソウカ(下の滝の上)」が語源とされ、それが「バンゲソウ」となり、転じて「晩翠」となったということのようです。

かつての「幌向村」は、旧夕張川を軸に整備された「幌向運河」を利用した舟運によって発展した地域とされており、この語源でいうところの「滝」とは、その運河の入口付近とされているようです。

 

 

解説板があるからこうして分かるものの、何もなければ、このだだっ広い平野にかつて駅があったということは、全く想像がつかないです。

 

 

 

駅周辺の道路。

ここは、江別市と岩見沢市(旧栗沢町)を結ぶ広域農道で、平成初期の頃に人気が高まり、今に至る北海道米ブームの先駆けとなった品種「きらら397」の名前を取って「きらら街道」と名付けられました。

その大部分は、昭和50年(1975年)に廃止された、夕張鉄道の跡地を利用しています。

鉄道の跡地が道路として利用されている例は、全国各地に沢山ありますよね。

 

 

 

「きらら街道」を更に進んで、江別市内へと入ってきました。

ここに、この道路が線路跡地であることを示す痕跡があるのですが、何か分かりますか?

 

 

 

正解は、幹線道路に面していながら、沿線の住宅が、道路に対して背を向けているということです。

確かに、鉄道に面している住宅で、線路側に出入口のある住宅なんて、普通はないですよね。

無論、鉄道が廃止されて以降に建てられた住宅も多いと思いますが、地域全体がかつての鉄道を軸に整備されているので、新しい住宅でも必然的にこうなってしまうということなんでしょうね。

 

 

 

道路と住宅の間には、このとおり排水溝も。

これじゃ、新しい住宅が建っても道路側に出入口を作るのは困難ですよね。

 

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中央図書館

2022-05-20 19:19:51 | 札幌

空知管内の歴史散歩記事が続いていますが、今日書こうと思っていた記事を書いているうちに、まだ一つ、調べて切れていなかったことがあったことが分かったので、その記事は後日に回すことにしました。

明日からの土日で、時間を見て調べに行ってみようと思いますが、どこへ行くかというと、こちら。

 

 

札幌市内では一番大きい図書館である「札幌市中央図書館」。

 

 

現在地には平成3年(1991年)3月に移転し、それ以前は地下鉄西11丁目駅の近くにありましたが、私はその頃からよく通っていました。

 

 

縄文時代など、古い時代の史跡に関する資料が多数展示されている場所も設けられています。

 

 

 

これより中は撮影はご遠慮くださいとのことですが、図書室は1階と2階にあり(写真は1階)、私がよく足を運んでいる歴史散歩系資料のコーナーは2階にあります。

 

 

古い史跡に関する資料が多数展示されている「埋蔵文化財展示室」。

ここでも色々と興味深い勉強ができます。

 

 

大きな図書館ということで、来館者が利用できる食堂が設置されています。

 

 

メニューも豊富で、このためだけに通っている人も多いそうです。

 

 

このカレーライスは、400円と格安。

私は、カレーは専門店よりも大衆食堂で食べる方が好きなんだけど、これもまた、大衆食堂並みの美味しさです。

 

 

食堂だけでなく、カフェもあります。

 

 

 

 

バニラ&ストロベリーの「ミニパフェ」をオーダーしてみました。

食堂と同じく、こちらも、カフェが主目的の来館者も多いようです。

図書館なのにグルメ系の記事になってしまった感がありますが、函館の中央図書館にも軽食・喫茶のコーナーがあったし、こういう施設があることは大変有難いと思っています。

 

 

最後に話は変わるけど、最近、立ち眩みに見舞われることが前よりも多くなってきたので、今日の昼休み(昼食前)に職場の医務室で血圧を測ってもらったところ、予想よりも低い、上が90(下は62)と出てしまいました。

8月に人間ドックがあるんだけど、以前から、このような状態が続くようなら一度検査をと言われているので、本当、考えた方がいいかもしれません。

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幌向駅逓所跡

2022-05-19 19:44:34 | 石狩・空知地方

 

南幌町内の国道337号沿いにある古い建物。

古いながらも、そのまま残されているあたり、歴史的建造物のような雰囲気が漂っています。

 

 

 

 

この建物は、南幌町が「幌向村」と言っていた当時、「駅逓所」として使用されていた建物。

「駅逓所」とは、交通不便の地に駅舎と人馬等を備えて、人馬の継ぎ立てと宿泊、物資の逓送等に便宜を図るために設置された施設のことで、江戸時代から、「宿駅」という制度の名で全国的に多く普及していました。

その宿駅制度は明治5年(1870年)に廃止されましたが、北海道では独自の駅逓制度として存続し、この解説板に書かれているように、昭和初期まで、北海道の開拓と連動して発展を遂げました。

釧路に住んでいたとき、道東にある駅逓所を二つほど紹介しましたが(こちらこちら)、札幌周辺にもこうして残されている場所が結構あるようなので、機会を作って探索してみたいと思います。

 

 

 

先ほど、「駅逓所」というものについて解説を書きましたが、こうして建物が現存していることで、より理解が深められるのかなと思いました。

 

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空知管内

2022-05-18 20:06:19 | 石狩・空知地方

 

こんな冊子が配布されていたので、頂いてきました。

昨年は、全くといっていいほど遠出もしておらず、今年は、久しぶりに空知地方にも行ってみたいと思っていたので、タイムリーな感じで良かったです。

今とりあえず行こうと決めているのは、社会人となって最初に配属になった滝川。

駅前をはじめとする中心部を歩いてみて、当時(平成8年4月~10年3月)ここには何があったということを振り返ってみようかなと。

滝川はJRでと思っているけれど、車で行くとしたら、先日さらっと触れた上砂川とか、お隣の歌志内、それに夕張方面かな。

夕張は、以前から行ってみたいと思っているスポットもあるので、スケジュールや懐具合を勘案しながら決めようと思います。

 

 

「空知」と呼ばれるエリアの範囲はこちらのとおり(北海道のHPより)ですが、「空知」ってどういう由来があるのかなということは、以前から気になりつつも調べたことがありませんでした。

調べてみると、アイヌ語の「ソーラプチ・ベツ=滝が・ごちゃごちゃ落ちている・川」に由来するそうで、その「滝」というのは、芦別市郊外の、富良野との境に近い所にある「空知大滝」のことを差しているそうです。

かの松浦武四郎も、現地調査でこの滝を見て、その様子を「石狩日誌」にスケッチを交えて残しているそうです。

ここは車じゃなきゃ無理だけど、調べてみて、行ってみたいなという気持ちにはなりました。

 

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停車場跡

2022-05-17 19:20:53 | 石狩・空知地方

 

昨日の最後に触れた、「南幌町ふるさと物産館 ビューロー」屋上から見たこの光景。

農作物を貯蔵、保管する倉庫だけど、整然と整備された街路に対して斜めになっているところに注目すると、何やらわけがありそうな予感がしてきます。

 

 

ということで、「ビューロー」の向かいにある広場から。

 

 

標柱と解説板がありますが、ところどころ字が剥げて見えなくなってしまっていますね・・・。

 

 

「夕張鉄道南幌駅跡」?

いや、「幌」と「駅」の間が一文字分くらい空いているので、「南幌駅」という駅ではないんだろうなと思います。

 

 

正解は、「南幌向」駅でした。

ここにはかつて、江別市野幌と夕張市を結ぶ「夕張鉄道」が走っていて、その駅があったのだけど、この辺りはかつて、「幌向村」という村名だったところ、「幌向」というのは、当時から、現在もあるJR函館本線の駅として既に駅名になっていたことから、「南幌向」という名前の駅が存在していました。

昭和50年(1975年)の鉄道廃止まで、この駅で、旅客及び貨物の拠点として賑わっていたということなんですね。

 

 

 

 

そう、道路に対して斜めに取りついているこの敷地は、かつての線路跡だったんですね。

それを示す痕跡が残っていないのが残念です。

 

 

駅が廃止されて半世紀近く経つけれど、「南幌向」という駅名は、現在でもこうして道道の路線名として残っています。

「停車場線」というと、もしかして旧国鉄の路線でもあったのかなと思ってしまいますが、夕張鉄道の路線跡ということでした。

 

 

廃止されて半世紀近く経つ夕張鉄道は、現在ではバス路線として、南幌町民の貴重な足となっています。

「夕鉄バス」というのだけど、一度路線バスの旅もしてみたいなと思っています。

 

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