第三章、第三、別序経文の略述
まことに如来の身口意は法界に遍満して無辺際である。我らは身を清浄にして無念にして如来を念じ如来の威神力を蒙る時、晴れた夜空に星を仰ぐように十方の諸仏を見、法音をも了了に聞くことができる。・・曼荼羅の中の天竜八部衆(仏法守護の、天・竜・夜叉(薬叉持明)・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅迦の八神、胎蔵曼荼羅の最外院に配置される)は自性身より現じた映像だからいずれも衆生に佛智見を開かせる・・。
まことに如来の身口意は法界に遍満して無辺際である。我らは身を清浄にして無念にして如来を念じ如来の威神力を蒙る時、晴れた夜空に星を仰ぐように十方の諸仏を見、法音をも了了に聞くことができる。・・曼荼羅の中の天竜八部衆(仏法守護の、天・竜・夜叉(薬叉持明)・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅迦の八神、胎蔵曼荼羅の最外院に配置される)は自性身より現じた映像だからいずれも衆生に佛智見を開かせる・・。