以前古稀を前に何十年来の大ピンチが突然訪れたことがあります。世間に大恥をかくことになりそうでした。
今後のことを思うと何をしても心ここにあらずと言う状態でした。外を歩いても足がうわついて大地を踏みしめている感がしませんでした。
人間ピンチの時は思考範囲が限りなく狭くなっていてそれがまた堂々巡りになり苦悩の蟻地獄を生んでいます。
時間的には今の瞬間しか考えられなくなっているし、空間的にも自分の苦悩の事しか考えられなくなっていました。他人のことなど感心がなくなります。ましてやボランテアなど全くどうでもよくなります。
しかし、以前「ピンチの時ほど布施行を・・・」と考えたことを思い出し,電車の座席の下のゴミを降りるときに拾って降りたり、駅前バス停の落ち葉を早朝に掃いたりもしました。いろいろな寄付金も送りました。
それらの布施行のお蔭か大ピンチが薄皮をはぐように薄れていったのです。
数年前にも心配事ができ鬱屈した心で道を歩いているとき、たまたま道端に現れた女性浮浪者に少しだけお金をあげたらそのあと思わぬいい知らせが届いた事がありました。こういう体験から布施行は困っているときほど不思議な功徳を発揮するものだということが改めてわかりました。
お金を寄付することに抵抗のある人は無財の七施といってお金がなくてもできる七つの布施が雑寶蔵経にあります。眼施、和顔施、言辞施、身施、心施、牀座施、房舎施です。眼施とはやさしい眼で人に接すること、和顔施とは笑顔で人に接すること、言辞施とはやさしい言葉使いをすること、身施とは礼儀正しく人に接すること、心施とは感謝の心をもって人に接すること、房舎施とは自宅で気持ちよくもてなしをすること、牀座施とは席を人に譲ることです。
さきに出した記事でも「般若心経に救われた私」という記事があり、ここで荒崎師は「法施」により自殺のピンチを切り抜けたと書かれています。
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