観音霊験記真鈔13/33
西國十二番江州岩間寺千手の像。御身長四寸三分16.3㎝。或が云、五尺二寸159cmの内
の像の中に四寸三分の像をこめ玉ふこと也。釋して云く、此の千手観音因位の昔先ず十大願を立て玉へり。然るに乃往過去無量劫のときに、金光獅子遊戯如来の所にして初めて阿耨菩提の心を発し、世世に修道して菩薩の位に昇ると云へり、観音授記經にあり(過去に無量徳聚安楽示現国土に金光師子遊戯仏がおり、この仏の下に威徳王がいてこの王が三昧に入っていると、その両脇に宝上・宝意という二人の童子が現れこの三人は連れ立って金光師子遊戯仏のもとに赴き、二人の童子はそこで初めて発心した。実は威徳王こそ現在の釈尊であり、二人の童子はそれぞれ観世音菩薩・得大勢菩薩であるという話)。
又昔此の閻浮提に王あり、名けて善首と云ふ。慈仁にして国民を撫す。五百の皇子あり、其の第一を善光と称す。爾時佛有(ましまし)世に興出し玉ふ。名けて空王観世音如来と号す。説法度人して一切を利益し玉ふ。善光太子此の佛に値ひて聞法発心して十種の大願を立つ。一は謂く、我願くは一切甚深の妙法悉く證知せん。二には謂く、我願はくは甚深般若無相如如の舩筏を得ん。三には謂く、我願くは實智慧究竟の梵風を得ん。四には謂く、我願くは善巧方便を得て一切を誘導せん。五には謂く、我願くは一切諸有の衆生を救済せん。六には謂く、我願くは生死の苦輪海を超度せん。七には謂く、我願くは戒定慧圓成の大道を得ん。八つは謂く、我願くは涅槃の山に登ることを得ん。(九には謂く)我願くは安養無為の舎宅に會せん。十には謂く、我願くは法性身に等同ならんと。重ねて誓て云、我亦當来に観世音と名けん。若し諸有の衆生三度び我が名を稱せんに往て救はずんば正覚を取らじ、弘猛戒慧經、千手經に見えたり。(十一面神呪心經義疏「昔此閻浮提有王名曰善首。有五百王子。第一太子名善光。値空王觀世音佛乃發十願。一大悲觀世音願知一切法。二大悲觀世音願乘波若船。三大悲觀世音願得智慧風。四大悲觀世音願得善方便。五大悲觀世音願度一切人。六大悲觀世音願超生死海。七大悲觀世音願得戒定道。八大悲觀世音願登涅槃山。九大悲觀世音願會無爲舍。十大悲觀世音願同法性身。是觀世音發願。願我未來作佛。字觀世音三昧。稱我名不往來度者不取妙色身。」)
又次に千手観音六願を誓ひ玉へり。千手經に曰、我昔刀山に向はば自ずから摧折せん。我若し火湯に向かはば自ずから消滅せん。我若し地獄に向かはば地獄自ずから枯渇せん。我若し餓鬼に向かはば餓鬼自ずから飽満せん。我若し修羅に向かはば悪心自ずから調伏せん。我若し畜生に向かはば自ずから大智慧を得んと矣(千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經「我若向刀山 刀山自摧折 我若向火湯 火湯自消滅 我若向地獄 地獄自枯竭 我若向餓鬼 餓鬼自飽滿 我若向修羅 惡心自調伏 我若向畜生 自得大智慧」)。
次に西國十二番目近江國勢田郡岩間寺千手観音の像は泰澄法師の開基なり。然るに泰澄法師十四歳の冬の比、父其子を見るに夜な夜な見へず。異怪して兄安方に語りて云く、我が子夜毎に潜かに出る、汝跡を慕うてゆけ。安方、教にまかせ出る處を見るに身を隠して越知の峯洞の中に入りぬ。禮拝すること無限、高聲に唱へて云く、南無十一面観世音神變不思議と云ひ畢りて又千手観音の呪を唱へて洞を出て峰に登る。安方家に帰り父に如是の事を告るに、弟児帰る。後に此峯に住し髪を剃て沙門と成り、藤の衣、松の葉を食して修行す。智解を得て諸国を回る。或時江州勢田の山中の樹下に一宿せしに木の根、終夜千手の呪を誦す。是即ち我に有縁の靈木と悦び、彼の木の根を以て御長さ五尺二寸に千手の像を作り、首に掛けたる四寸六分の大悲の像を中にこめをき玉ひ則ち一堂を建て安置し玉ふ。此の千手の像、夜な夜な三悪道を回りてかへり玉ふとなり。則ち白昼に是を拝み奉れば御身に汗をかき玉へり。已来霊験日々にあらたに在しますとなり。
歌に「水上輪何國成覧岩間寺岸打波歟松風之音」(みなかみは いずくなるらん いわまでら きしうつなみかまつかぜのおと)
私に云、歌の意は岩間に流れ来る水を見て其の水上はとよめる詞の縁なるべし。さて岩間に響くは波の音か但し風の音かと怪しむ意あり。裏の意は岩間寺と名くるも今日の事其の水上を尋ぬれば真如法水の流れを受けて寺と名くるなり。然れば岸打つ波も松吹く風も風聲水音皆是無相真如の言説、法身無相の説法なるべき歟と疑ふ詠歌の句作り甚深なる詞なり。東坡居士が云、「渓聲便是廣長 山色豈非清浄身 夜来八萬四千偈 他日如何挙似人(碧巌録第三十七則)」。
天錫の頌に、「無常説法、神通を現ず、千星飛梅 一夜の松、萬事夢覚めて雲月を咄く、観音寺の裏 一聲の鐘(井上円了の七言絶句,菅原道真や菅茶山の句の寄せ集め)」
歌に「耳に見て 目に聞くならば いかばかり 吹かぬ嵐の 夕暮れの空」又
「聞く時は 峯のあらしも をのずから 音すや法の響なるらん」已上。(いずれも出典不明)
西國の歌に引き合すべし。廣くは楞嚴經に説く「三科七大本(もと)如来蔵」の意なるべし(三科とは部派仏教における、世界を在らしめる『一切法』を分類した三範疇、五蘊・十二処・十八界をいう。七大とは楞嚴經で地・水・火・風・空・見・識をいう)。(『首楞厳経』巻三「若此識心本無所従、 当知了別見聞覚知円満湛然性非従所、・・三科七大皆如来蔵矣」「沙石集巻5第3話(39) 学生の畜類に生まるる事」に「首楞厳経いはく、『若能転物、即同如来。(若しよく物を転ずれば、すなはち如来に同じ。)』。またいはく、『三科七大本如来蔵。(三科七大もと如来蔵)』」)。
猶委く談ぜんと欲せば同二十五圓通を釋すべし。(楞厳経巻六・七では、二十五聖が首楞厳三昧に至った機縁方便について述べられている。そこでは十八界や地水火風の四大に見聞覚知・空大・識性の三つを加えた七大のいずれもが円通の門であることが示されている。巻五では観世音菩薩以前の二十四菩薩迄が登場し、巻六で観世音菩薩が登場し二十五圓通の中で最重要とされる「耳根圓通」につて述べられている)。