願って地蔵菩薩變化僧にあいたてまつる語(はなし) 第一
今は昔、西の京の邊に住む僧有けり、道心有ければ、懃に佛の道を行ひけり。
其の中にも、年来、殊に地蔵菩薩に仕て、願ひ思ひける樣、「我れ、此の身乍ら
し生身の地蔵に値遇し奉て、必ず引接を蒙らむ」と。此れに依り、國もとに行て、
地蔵の霊験有所を尋て、願ふ心を語るに、此れを聞く人、咲ひ嘲て云く、
「汝が願ひ思ふ所、甚だ愚也。何でか、現身には生身の地蔵には値遇し奉らむ」と。
然れども、僧、尚、本意を不失ずして諸國に行く間、常陸の國に行き至ぬ。
何くとも无く行く程に、日暮ぬれば、賎の下人の家に宿りぬ。其の家に年老た
る嫗一人居たり、亦、牛飼ふ童の年十五六歳許なる有り。見れば、人来て、此
の童を呼び出でヽ去ぬ。其の後、聞けば、此の童泣き叫ぶ音有り、
泣※く、即、家に返来たり。僧、嫗に問云く、「此の童、何の故に泣ぞ」と。
嫗の云く、「此の童の主の牛を飼ふに依て、常に被打責て此く泣く也。父には
疾く送て更に憑む方无し。但し、月の廾四日に生たるに依て、名を地蔵
丸となむ云ふ」。僧、此の童の故を聞くに、心の内に恠しく思えて、
「此の童は、若し、我が年来の願ひに依て、地蔵菩薩の化身にや有らむ。菩薩の誓ひ
不可思議也。凡夫、誰か此れを知」と思へども、忽に、此れを難悟ければ、
弥よ地蔵を念じ奉て、終夜不寝ずして有る間、「丑の時許にも成やしぬらむ」と思ふ程に、
聞けば、此の童、起居て云、「我れ、今三年、此の主の為に被仕て可被打責かりつれども、
今、此の宿れる僧に値ひ奉ぬれば、只今、外へ行ぬ」と云て、外に出づとも不聞
で掻消つ樣に失ぬ。僧、驚き恠むで、嫗に「此は、何に此の童は云つる事ぞ」
と問ふに、亦、嫗、外に出づとも不聞で忽に失にけり。其の時に、僧、「實に此れ、地蔵の
化身也けり」と知て、音を擧て叫び呼と云
へども、嫗も童も遂に見ず成ぬ。夜あけて後、僧、其の里の人に向て、嫗・童の
失ぬる事を泣く泣く語て云く、「我れ、年来、地蔵菩薩に仕て、『現身に値遇し
奉らむ』と願ひつ。而るに、今、其の感應有、地蔵菩薩の化身に値遇奉れり。
悲き哉や、貴哉」と。里の諸の人、此れを聞て、涙を流して、不貴と云ふ事
无し。然れば、難き事也と云ふとも、心をつくして願はヾ、誰も此かく
可見奉きに、心を尽ざる故に値ひ奉る事无也。彼の僧の上て語り傳ふるを聞き
継て語り傅へたるとや。
今は昔、西の京の邊に住む僧有けり、道心有ければ、懃に佛の道を行ひけり。
其の中にも、年来、殊に地蔵菩薩に仕て、願ひ思ひける樣、「我れ、此の身乍ら
し生身の地蔵に値遇し奉て、必ず引接を蒙らむ」と。此れに依り、國もとに行て、
地蔵の霊験有所を尋て、願ふ心を語るに、此れを聞く人、咲ひ嘲て云く、
「汝が願ひ思ふ所、甚だ愚也。何でか、現身には生身の地蔵には値遇し奉らむ」と。
然れども、僧、尚、本意を不失ずして諸國に行く間、常陸の國に行き至ぬ。
何くとも无く行く程に、日暮ぬれば、賎の下人の家に宿りぬ。其の家に年老た
る嫗一人居たり、亦、牛飼ふ童の年十五六歳許なる有り。見れば、人来て、此
の童を呼び出でヽ去ぬ。其の後、聞けば、此の童泣き叫ぶ音有り、
泣※く、即、家に返来たり。僧、嫗に問云く、「此の童、何の故に泣ぞ」と。
嫗の云く、「此の童の主の牛を飼ふに依て、常に被打責て此く泣く也。父には
疾く送て更に憑む方无し。但し、月の廾四日に生たるに依て、名を地蔵
丸となむ云ふ」。僧、此の童の故を聞くに、心の内に恠しく思えて、
「此の童は、若し、我が年来の願ひに依て、地蔵菩薩の化身にや有らむ。菩薩の誓ひ
不可思議也。凡夫、誰か此れを知」と思へども、忽に、此れを難悟ければ、
弥よ地蔵を念じ奉て、終夜不寝ずして有る間、「丑の時許にも成やしぬらむ」と思ふ程に、
聞けば、此の童、起居て云、「我れ、今三年、此の主の為に被仕て可被打責かりつれども、
今、此の宿れる僧に値ひ奉ぬれば、只今、外へ行ぬ」と云て、外に出づとも不聞
で掻消つ樣に失ぬ。僧、驚き恠むで、嫗に「此は、何に此の童は云つる事ぞ」
と問ふに、亦、嫗、外に出づとも不聞で忽に失にけり。其の時に、僧、「實に此れ、地蔵の
化身也けり」と知て、音を擧て叫び呼と云
へども、嫗も童も遂に見ず成ぬ。夜あけて後、僧、其の里の人に向て、嫗・童の
失ぬる事を泣く泣く語て云く、「我れ、年来、地蔵菩薩に仕て、『現身に値遇し
奉らむ』と願ひつ。而るに、今、其の感應有、地蔵菩薩の化身に値遇奉れり。
悲き哉や、貴哉」と。里の諸の人、此れを聞て、涙を流して、不貴と云ふ事
无し。然れば、難き事也と云ふとも、心をつくして願はヾ、誰も此かく
可見奉きに、心を尽ざる故に値ひ奉る事无也。彼の僧の上て語り傳ふるを聞き
継て語り傅へたるとや。