観音經功徳鈔 天台沙門 慧心(源信)・・18/27
二、祇陀末利唯酒唯戒の事。(「未曾有因縁経」では祇陀太子や末利夫人が不飲酒戒をやぶって飲酒しても戒を守ったことになるとしている)。
天竺の舎衛國の祇陀太子の后阿首舎國第一の美人也。名をば末利婦人と申す也。しかうに祇陀太子大酒ありて酒を飲玉はざる時は以ての外に機嫌あしふして臣下を殺し非道を行玉ふ。故に后は常に能き肴を求め酒を調へ用意して太子に奉り玉へば気色もよく心も柔和にして政も堅固なり。佛此の由を聞召して善哉此の夫人よく智恵方便を得たりと称歎し玉ふなり。祇陀末利唯酒唯戒と釋するも此の心なり。総じて輪王の七宝(佛説長阿含經卷第三遊行經第二中「爾時大善見王七寶具足。王有四徳主四天下。何謂七寶。一金輪寶。二白象寶。三紺馬寶。四神珠寶。五玉女寶。六居士寶。七主兵寶」。)の中には女寶とて吉き后を持玉ふ事は一の寶也。
童男童女の事。未生官と云て男は未だ初冠せざるを童男と云ひ、女人もかんざしせざるを童女と云なり。釋にいはく、厳王の二子の如しといへり。妙荘厳王は淨藏淨眼二子の教化に依て邪見を翻玉ふ如くなり。(法華論疏卷下「妙莊嚴王品示現依過去功徳彼二童子有如是力故 釋第四功徳勝力者。正明淨藏淨眼二童子得諸三昧。又得六度道品又得神通回父邪見」)。総じて此の故に発心し善根を作す等の事有るは観音の利益なり。
八部の事。初めに天とは諸天の総名なり。欲界の六、色界の十八天(初禅天に梵衆天、梵輔天、大梵天の三天、第二禅天に少光天、無量光天、極光浄天の三天、第三禅天に少浄天、無量浄天、遍浄天の三天、第四禅天に無雲天、福生天、広果天、無想天、無煩天、無熱天、善現天、善見天、色究竟天の九天、計十八天。)無色の四空處(空無辺処・識無辺処・無所有処・非想非非想処)なり(此の宇宙観は「長阿含経」などに有り)。甫に云、上に大威徳の天等を列し今の文は二十八天を挙ぐ(觀音義疏卷下「上列大威徳天。今更擧二十八天等」)。
隆に四あり。一には守天官と云は、天人の宮殿守護し之を持ち空中に住せしめて落とさざる龍也。常に人家の上に龍の形を作り置くは是を形取るなり(例えば東照宮の唐門の上にも龍を置ている等寺社の上に置くこと多し)。二に雲龍とは雨を降らし五穀を潤すなり。三に潤龍とは江を挟り溝を開くなり。四に伏蔵龍輪王を守り人の幸を成す也。福貴の家に虵が住なんどと云ふ、是也。
夜叉の事。此には捷疾鬼と云ふ也。足の疾き鬼なり。海嶋空中天上の三所に住也。上に云如。
乾闥婆。此には香陰と云也。帝釈の楽人なり。須弥の南に十寶山と云山に住也。(大智度初品中十方菩薩來釋論第十五之餘卷第十「是揵闥婆甄陀羅恒在二處住。常所居止在十寶山間」)(妙法蓮華経秘略要妙・観世音菩薩普門品第二十五(浄厳)「「乾闥婆」とは新家の具なる梵語には、健蕩羅縛(けんとうらば)と云。健陀、唐には香と云。盎囉嚩(おうらば)唐には食と云。合して香食と云。義翻じて尋香行と云。又香陰とも云。香を食して陰、香を資くるが故に尒(しか)云なり。是則ち帝釈天の俗樂神にして幢竿に上る技を為者なり。須弥山の南の金剛窟に住す。帝釈若し樂を作んとなすときは心同ずるが故に即ち上て樂を奏するといへり」)。
阿修羅、此には無酒と云也。その形色々なり。或は先頭二千手あり。亦一万の頭二万の手あり。其の住處を大海の邊に居住す、と説くなり。
迦楼羅、此には金翅鳥といふ。翅の色金色なり。両の翅の間三百三千六万里也。
緊那羅。此には疑神と云なり。上の如し。
摩睺羅迦の事。甫に云、什師の云ふ蛇龍なり。肇師の云く、是大蟒腹行(觀音義疏卷下「摩睺者。什師云。是地龍。肇師云。是大蟒腹行也。」)
人非人の事。別に一類有るに非ず。総じて八部の衆を結する也(法華経序品には佛の説法を聴聞する中に、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽の八部衆が非人として名を連ねている)。
執金剛神の事。末師に云ふ、手に金剛宝を執て佛法を擁護し或は欲色二界の内に住して諸天を教化す。即大権神也。是を顕宗には五種の金剛神と云ひ、仁王經には五大力菩薩と説き(仁王般若波羅蜜護國經散華品第六「若未來世有諸國王。護持三寶者我使五大力菩薩往護其國。一金剛吼菩薩。手持千寶相輪往護彼國。二龍王吼菩薩。手持金輪燈往護彼國。三無畏十力吼菩薩。手持金剛杵往護彼國。四雷電吼菩薩。手持千寶羅網往護彼國。五無量力吼菩薩。手持五千劒輪往護彼國」)。真言には五大尊と名くなり(大日經疏演奧鈔第七「五大力即五大尊也。皆降魔三摩地」)よってこの三十三身を現じて衆生を利益し玉ふなり。之に付て何ぞ菩薩の身と地獄界の身と現じ玉はざるやといふに、此の身をも現じ玉ふべきなり。されば今の別答下には唯三十三身に限る様なれども総じて答の下には「以種々形」等の説也。されば請観音經に或は地獄に戯れて大悲代受苦と説く分明なり(請觀世音菩薩消伏毒害陀羅尼
呪經「亦遊戲地獄 大悲代受苦或處畜生中 化作畜生形」)。