真言教誠義・・16
密蔵沙門周海
孔雀経には「貪欲瞋恚痴はこれ世間の三毒なり。諸仏は皆既に断ちたまへり。実語(真理と対応している言葉)をもって毒を消除す。・・僧伽はみなすでに実語をもって毒を消除す。一切の諸世尊は大威神力有り、羅漢は名称具せり。毒を除きて安穏ならしむ」と説きたまへり。
貪瞋痴の三毒の煩悩によって我らが凡夫は善悪の業を作る。善の業をつくりたるものは欲界の四天王と忉利天と夜摩天と都卒天と楽変化天と他化自在天との六欲天と、色界の十八天と、四無色天との諸天(に生まれる)の果報を得る。十悪業をつくるものは三悪道(地獄餓鬼畜生)に堕す。善と悪との業を雑えてつくるものは人間に生まれる。現に人間を見るに貴人と賤者と、福者と貧者と、相の具せると具せざると等の好醜差異あり。貴き種性の天子、大臣家あるは大名等に生まれるは過去世において善業を造るに、上中下の三品あるがゆえなり。上品の善業と中品の善業と下品の善業との引業(地獄餓鬼畜生界でなく人間界に生まれる条件)とによる。引業はこのごとくなれども昔慰みに魚鳥等を殺したるむくいひて、帝王等にても短命あるなり。これは満業(人間として生まれたあとの外見的条件をひきおこすもの)のせいである。また昔、財施を惜しまずして諸人に施したるものは富貴の家に生まれ,財施を行ぜざりしものは貧賤の家に生まれる。これは引業のせいなり。・・善事とは己が為になすことを止めて、他人のためによろしきようにするを善事というなり。五常(仁義礼智信)のなかの仁これなり。・・一切のことは他に恵むことを人間の道なりと心得るべし。かくのごとくに己が身を行ふものは諸天善神の加護を蒙りて、子孫繁盛し当来成仏の善根なり。
密蔵沙門周海
孔雀経には「貪欲瞋恚痴はこれ世間の三毒なり。諸仏は皆既に断ちたまへり。実語(真理と対応している言葉)をもって毒を消除す。・・僧伽はみなすでに実語をもって毒を消除す。一切の諸世尊は大威神力有り、羅漢は名称具せり。毒を除きて安穏ならしむ」と説きたまへり。
貪瞋痴の三毒の煩悩によって我らが凡夫は善悪の業を作る。善の業をつくりたるものは欲界の四天王と忉利天と夜摩天と都卒天と楽変化天と他化自在天との六欲天と、色界の十八天と、四無色天との諸天(に生まれる)の果報を得る。十悪業をつくるものは三悪道(地獄餓鬼畜生)に堕す。善と悪との業を雑えてつくるものは人間に生まれる。現に人間を見るに貴人と賤者と、福者と貧者と、相の具せると具せざると等の好醜差異あり。貴き種性の天子、大臣家あるは大名等に生まれるは過去世において善業を造るに、上中下の三品あるがゆえなり。上品の善業と中品の善業と下品の善業との引業(地獄餓鬼畜生界でなく人間界に生まれる条件)とによる。引業はこのごとくなれども昔慰みに魚鳥等を殺したるむくいひて、帝王等にても短命あるなり。これは満業(人間として生まれたあとの外見的条件をひきおこすもの)のせいである。また昔、財施を惜しまずして諸人に施したるものは富貴の家に生まれ,財施を行ぜざりしものは貧賤の家に生まれる。これは引業のせいなり。・・善事とは己が為になすことを止めて、他人のためによろしきようにするを善事というなり。五常(仁義礼智信)のなかの仁これなり。・・一切のことは他に恵むことを人間の道なりと心得るべし。かくのごとくに己が身を行ふものは諸天善神の加護を蒙りて、子孫繁盛し当来成仏の善根なり。