五輪九字明祕密釋・・28
(第九所化機人差別門)
第九に所化機人差別門とは、此の所化の機に於いて總じて二類あり。一には現身往生。二には順次往生。現身門においては又二の別あり。一には大機の即身成佛、二には小機の即身成佛。又二において各の二あり。利鈍別なるが故に。
謂はく大機の利根は直ちに法界體性の三昧に入って横に法界を観じて即身成佛す。所謂る一切衆生は本有の薩埵なり、法爾に普賢大菩提心に応住す。本有のa字は所觀の體、本不生の智は能觀の體なり。能所一體・心一境、靜にして本不生の理を覚りて言語道斷し、本不生の理を覚りて諸過解脱を得、本不生の理を覚りて因業不可得なり、本不生の理を覚りて等空不可得なり。能觀縁慮の一心、所觀字相の一境、能所一體にして空理を証する時、即身成佛す。是を大機横觀の三摩地と名ずく。
大機の鈍根は竪に法界體性三昧觀に入りて本有の五輪種子を観ず。此の五字は即ち十五種の金剛三昧なり。一字即十五字、十五字即一字、一字即五字。五字即ち一字なり。此の字門において八門をもって之を観ず。一字攝多門・多字攝一門・一字釋多門・多字釋一門・一字成多門・多字成一門・一字破多門・多字破一門なり。順觀旋轉すること十二遍すれば十二の流轉において字ごとに觀察すれば生死の源を尽す。逆觀旋轉こと十二遍すれば十二の還滅において字ごとに觀察すれば涅槃の理に至る。理とは本不生なり。十五の金剛三昧に入って能く理理の本不生を観じて能所倶に絶す。a字本不生なるが故に、va字言語不可得なり、言語道斷なるが故に、ra字染淨不可得なり、解脱を得るが故に。Haか字因業不可得なり、無自性を得るが故に。Khaきゃ字等空不可得なり。首尾倶に亡じて本心を見る時、即身成佛す。是を漸竪觀(ぜんじゅのかん)と名ずく。(已上共に心王の機)。
小機利根は心數の別の本尊に就く。且らく觀音 の行者に約じて之を釋せば、本有の九重のhr@i@hきりく字は一切衆生の本有の觀音の種子なり。慚愧不可得の義に依って能く自性清淨妙蓮不染を信じて蓮華を覺悟して四時に間斷せしめず、
三密行を修して開敷蓮華印に住してo@mvajradharmmahr@i@hおんばざらたらまきりくの明を誦して慚愧不可得の理に住して本初の覺蓮を證見す。是を小機觀の即身成佛と名ずく。
小機鈍根は蓮華三昧に入りてhara@ia@h(からいあく)の四字を観じて四時の中において如是の勝三摩地において四種の威儀(行住坐臥)暫くも放捨せざるべし。此の生に次第に十六大菩薩位を経、慚愧清淨の菩提心を発して薩・王・愛・喜の位を経てhara@ia@h(からいあく)菩提心の義を観じて四種の位を証し、次に四種菩提行を修して寶・光・幢・咲の位を経てhara@ia@h(からいあく)の理を証し、次に四種の智慧門を修して法・利・因・語の位を得てhara@ia@h(からいあく)の智を得る。次に四種の精進門を修して業・護・牙・拳の位を経て四の羯磨を得る。第十六生において本有の心蓮を顕す。先ず蓮華三昧を証して更に方便を轉じて即ち大毘盧遮那佛となる。觀自在を論ずる如く餘の尊も亦復た如是なり。(金剛界曼荼羅で理解)
(第九所化機人差別門)
第九に所化機人差別門とは、此の所化の機に於いて總じて二類あり。一には現身往生。二には順次往生。現身門においては又二の別あり。一には大機の即身成佛、二には小機の即身成佛。又二において各の二あり。利鈍別なるが故に。
謂はく大機の利根は直ちに法界體性の三昧に入って横に法界を観じて即身成佛す。所謂る一切衆生は本有の薩埵なり、法爾に普賢大菩提心に応住す。本有のa字は所觀の體、本不生の智は能觀の體なり。能所一體・心一境、靜にして本不生の理を覚りて言語道斷し、本不生の理を覚りて諸過解脱を得、本不生の理を覚りて因業不可得なり、本不生の理を覚りて等空不可得なり。能觀縁慮の一心、所觀字相の一境、能所一體にして空理を証する時、即身成佛す。是を大機横觀の三摩地と名ずく。
大機の鈍根は竪に法界體性三昧觀に入りて本有の五輪種子を観ず。此の五字は即ち十五種の金剛三昧なり。一字即十五字、十五字即一字、一字即五字。五字即ち一字なり。此の字門において八門をもって之を観ず。一字攝多門・多字攝一門・一字釋多門・多字釋一門・一字成多門・多字成一門・一字破多門・多字破一門なり。順觀旋轉すること十二遍すれば十二の流轉において字ごとに觀察すれば生死の源を尽す。逆觀旋轉こと十二遍すれば十二の還滅において字ごとに觀察すれば涅槃の理に至る。理とは本不生なり。十五の金剛三昧に入って能く理理の本不生を観じて能所倶に絶す。a字本不生なるが故に、va字言語不可得なり、言語道斷なるが故に、ra字染淨不可得なり、解脱を得るが故に。Haか字因業不可得なり、無自性を得るが故に。Khaきゃ字等空不可得なり。首尾倶に亡じて本心を見る時、即身成佛す。是を漸竪觀(ぜんじゅのかん)と名ずく。(已上共に心王の機)。
小機利根は心數の別の本尊に就く。且らく觀音 の行者に約じて之を釋せば、本有の九重のhr@i@hきりく字は一切衆生の本有の觀音の種子なり。慚愧不可得の義に依って能く自性清淨妙蓮不染を信じて蓮華を覺悟して四時に間斷せしめず、
三密行を修して開敷蓮華印に住してo@mvajradharmmahr@i@hおんばざらたらまきりくの明を誦して慚愧不可得の理に住して本初の覺蓮を證見す。是を小機觀の即身成佛と名ずく。
小機鈍根は蓮華三昧に入りてhara@ia@h(からいあく)の四字を観じて四時の中において如是の勝三摩地において四種の威儀(行住坐臥)暫くも放捨せざるべし。此の生に次第に十六大菩薩位を経、慚愧清淨の菩提心を発して薩・王・愛・喜の位を経てhara@ia@h(からいあく)菩提心の義を観じて四種の位を証し、次に四種菩提行を修して寶・光・幢・咲の位を経てhara@ia@h(からいあく)の理を証し、次に四種の智慧門を修して法・利・因・語の位を得てhara@ia@h(からいあく)の智を得る。次に四種の精進門を修して業・護・牙・拳の位を経て四の羯磨を得る。第十六生において本有の心蓮を顕す。先ず蓮華三昧を証して更に方便を轉じて即ち大毘盧遮那佛となる。觀自在を論ずる如く餘の尊も亦復た如是なり。(金剛界曼荼羅で理解)