史料綜覧 巻五 / 弘安四年(1281)閏七月十一日条
十一日(中略)幕府 北条時業ヲ播磨ニ遣シ 外寇ヲ防ガシメ 又山陽ノ将士ニ令シテ 時業ノ命ニ随ハシム
・弘安の役では蒙古が五月には壱岐対馬に上陸、六・七月には周防・博多に上陸していましたが七月三十日に台風で全滅。
・時業(兼時)は宗頼の子。蒙古襲来の頃に幕府に入り、蒙古対策の一環とし
て播磨に派遣された。そして摂津守護在任中に摂津の寺社に異国調伏祈祷を
命令している。その後は六波羅探題と歴任、鎮西探題となって蒙古警備にあ
たる。唯一、兼時にだけ軍事指揮権が与えられていた。関東に帰国してから
は評定衆となったが、まもなく死去した。
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