『高野山万灯会願文』です。「虚空尽き衆生尽き涅槃尽きなば我が願いも尽きなん」とあります。
「つつしんで聞く、黒暗は生死の源、遍明は円寂の本なり。その元始を原たずぬればおのおの因縁あり。日燈空に擎げて唯一天の暗を除き、月鏡漢に懸けて誰か三千の明をなさん(月が出ても三千世界を照らすことは出来ない)。大日遍く法界を照らし、 智鏡高く霊台に鑑みるがごときに至っては、内外の障りことごとく除いて、自他の光普く挙ぐ。かの光を取んと欲せば何ぞ仰止せざらん。ここに空海、もろもろの金剛子等と金剛峯寺に於いて聊か万燈万華の会を設けて両部曼荼羅、四印の智印(四種曼荼羅すべての仏)に奉献す。期するところは毎年一度この事を設け奉って四恩に答え奉らん。虚空尽き衆生尽き涅槃尽きなば我が願いも尽きなん。しかればすなわち金峯高く聳えて安明(須弥山)の培塿(ばいろう・丘)を下し睨、玉毫(仏の白毫)光を放ってたちまちに梵釈の爀日(かくじつ・光)を消さん。濫字(梵字のラン・炎を表す)の一炎忽ちに法界に飄って病を除き質多(梵字のシッタ・分別を表す)の萬華えみを含んで諸尊眼を開かん。仰ぎ願わくはこの光業によって自他を抜済せん。無明の他たちまちに自明に帰し、本覚の自たちまちに他身を奪はん(自の本覚が他なる無明を奪う)。無尽の荘厳、大日の恵光を放って刹塵の智印(無量の智慧)郎月の定照を発せん(明月が定まって照らすように無量の智慧が闇を除く)。六大の遍するところ、五智の含するところ、虚を排い、地に沈み、水を流し林に遊ぶもの、すべてこれ我が四恩なり。同じく共に一覚に入らん。
天長九年八月廿二日」
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