當麻曼荼羅縁起
當麻寺のおこりは用明天皇の第三皇子麿子(まろこ・当麻皇子)の親王の建立の寺也。そののち夢想のつげありて役行者のむかしのあとをしめてこの寺をうつしたてまつれり。
それよりこのかた大炊天皇(恵美押勝の乱で廃位された淳仁天皇)御宇によこはぎのおとどといふひとのむすめいますかりけり。(中将姫は、左大臣藤原豊成(横佩の大臣(よこはぎのおとど))の娘で暗殺や毒殺を企てる継母から逃れ、763年(天平宝字7年)、当麻寺で剃髪して法如比丘尼と名乗った(17歳))深窓のうちにやしなはれてたまだれのほかにいたしたてまつらす。この君をきずなきたまとおぼしかしずくによるのつるのこの中になき、野辺のきぎすのけぶりにむせぶおもひにすぎたり。しかれどもはるのはなに心をそめずあきのつきにおもひをかけずふかく佛の道をたずねて法のさとりをもとむ。これによりて称讃浄土経(一巻。唐の玄奘(げんじょう)訳。「阿弥陀経」の別訳。称讃浄土仏摂受経)千巻をかきて玉の軸をととのへ
そののち天平宝字七年六月十五日つひにはなのかざりをおとしてこけのたもとになせり。すなはちかいていはく、われもし生身の如来をみたてまつらずばこの寺門をいでじ、かさねてちかふ。七日の期をかぎりて一心の誠をこらせり。しかるあひだ、同月廿七日ひとりの比丘尼きたりていはく、祈念のこころざしを見るに随喜のおもひにたへずしてわれここにきたれり。九品の教主をおがみたてまつらんとおもはばわれその相をあらはすべし。すみやかにはすのくき百駄をあつむべし、といへり。願主の尼、この事をうけて天聴におよぼすに忍海連におほせて近江の国の課役としてたちまちにもよほしあつめたり。ここに化尼、さとりをえてきたれり。みずからはすのくきをおりていとをいたすことわずらひなし。ももわくにくりだしちじわくにあまることなし。
はじめて井をほるにみつ゛湛湛としてなみ溶溶たり。いとをひたしてそむるにそのいろ五色をそめいだせり。人力の所為にあらず。神通力の方便なり。みる人奇特のおもひをなし、願主不覚のなみだにおぼる。この地の奇瑞をおもふにむかし天智天皇御時、井nおほとりによなよなひかりをはなつ石あり。すなはち勅使をさしてそのところをみせらる。その石のかたち佛像をなせり。よりて弥勒の三尊に彫刻して精舎一堂の建立をなせり。名つ゛くるにそめ寺といへり(今の奈良の染寺、中将姫が曼荼羅を織った糸を染めたという井戸があるところからの名)。この井の本縁によりてつけらるるところなり。花のいろ芳馥せり。そののち多くのよよをへてかけのくちきとなれり。しかれどもそのたねはおほひかわりてはるやむかしのいろをのこせり。かの霊地にあひあたりてこの井をもはられたるなり。
おなじきころ日のゆふべ、化女一人きたれり。そのかたちみやびなること天女のごとし。化尼にとひていはく、はすのいとすでにととのへあうけ侍るやといふ。すなはちいろいろのいとをささげさずくるに、わら二はをあぶら二升にひたしてともしびとす。堂のいぬゐのすみをしめていろはたをたてていぬのとき(午後8時ころ)よりとらの時(午前4時ころ)に一丈五尺(4.5m)の曼荼羅一舗、たけのふしなきを軸としてかけたてまつるに玉をつらねてみがきたるが如く金をのべてかざりたるが如し。荘厳赫赫とし光照遍照せり。ときに化女のはたおりめ、五色のくもにのりていなびかりのきゆるごとくにしてさりぬ。化尼此の像の深義をときていはく、南のへりには序分をあらはし、北のへりには三昧正受のむねをととのへ、中台には四十八願の浄土の和をととのへ、下方には上品下品の来迎の義をつくせりとなり。当麻曼荼羅 - Wikipedia
これをきくになみだ二のそでをしぼるといへども心は九品の上にもうずるがごとし。本願の尼、つらつらこの事をおもふに弥陀の智願として大聖の定通なりとおもへり。すなはちこれ生身の如来をおがみたてまつりて極楽の荘厳をみるにあらずや。ここに化尼四句偈を「つくりていはく
「往昔迦葉説法所 法基今来仏事 郷懇西方故我来 一入是場永離苦」(往昔、迦葉説法の所 今來法起して佛事をなす 西方に響懇する故に我來す 一たび是塲に入れば永く苦を離る云々(「 往昔迦葉説法処 仏事新起又有故 感君懇志我来此 一至是場永離苦 」は当麻曼荼羅供式にそのまま取り入れられている) )
この偈をきくになみだをながし たましひをけす。ときに本願尼なくなくその由来をとふに化尼のいはく、「われは西方極楽の教主なり。おりめはわが左脇の弟子の観音也」といひて西方をさしてさりぬ。そのわかれをしたふにふでしてかくとふもことばをもみちてのぶといふともことのたるまじきにはべり。ただなみだのかわかむをもちてかぎりとせり。
光仁天皇の御宇宝亀六年775三月十四日本願尼おもふがごとくに往生す。青天たかくはれて紫雲ななめにそびけたり。音楽にしよりきこゆ。迦陵頻伽のさゑずりを為し、聖衆のひんがしにむかふ。摂取不捨のちかひあやまたず。異香ひさしく薫ず。奇瑞いとつにあらず、末世の珍事、前代いまだきかずとならし。
」