貞観三年東大寺大佛供養呪願文
(斉衡二年(855)五月には地震で大仏の頭部が落下したが、真如(高丘親王)を検校として貞観三年(861)三月十四日に修理が完成し、盛大な開眼供養会が営まれました。此の時菅原是善がこの呪願文を作っています。六国史等に依る。)
蓮華法蔵荘厳世界 祇園の重閣 勝義を開演し 十重の法身 法界を周辺す
不可思議なり盧舎那仏、感宝の天皇 金容を敬造す、
天人合応し 萬方財を捨す。塊壌握に盈ち、枝葉手に捧ぐ。
銑鎔已に畢りて 藻飾具に成る。光焰天を概(はら)ひ、跏趺地に連なる。
楡芒暁に点じて、桂影宵に臨む。神宮夜ならず寰宇長(とこしえ)に秋なり。
一日三拝千年六時、霜鐘遠く響き、風鐸長に鳴る。至誠もて欽仰し、精進供養す。香花無数にして精進供養す。
爰に斉衡に及びて円首忽ち頽つ。叡情悲感し黎庶栖遑たり。旧迹に因循して先儀に補綴す。功未だ具足せざるに、先帝昇遐したまふ。
聖皇継体し、文思欽明なり。垂拱無為にして優遊して道有り。股肱寧済し、輔相粛雍たり。赤県文を同じくし、蒼甿胥な悦ぶ。
貞観三年歳次辛巳暮春の月十四日の晨、荘厳洽く尽くして、頭顱端正なり。
慧眼重ねて開きて霊毫更に照らす。乃ち境内に勅して、屠漁を禁断し、
豫じめ会衆に勧めて十善戒を受けしむ。三世仏を請じて上饌を供養す。
十方僧を屈して妙財を布施す。虹幡綵を製り、雲幢光を揚ぐ。
鼉鼓群鳴し、鳳簫倶に叫ぶ。琴瑟克く諧ひ、金石調を殊にす。
鈞天を夢みるに似、浄土に生まれたるかと疑ふ。天神帰依し地霊来集す。
覩る者堵の如く来たる者雲の如し。都雄野老、雁行袖を連ね、
趙美燕餘、魚貫履を継ぐ。
是の如き景祐、先ず七業廟を資く。想ひを三明に滌ぎ、神を八解に恬かにす。
感神天皇遠くこの基を慮り、早く宿誠に叶ひ、当に今仏を成すべし。
田邑の聖霊、深図始めて啓き、速かに六天に遊び、遂に十地に登らん。
両皇大后母儀堅固ならん。中宮淑徳にして霧露侵すこと無からん。
方今の聖朝宝祚延長にして、恒沙寿に入り劫石身に添はん。
風は舜暦を調へ、雨は堯旬を浹さん。万民康楽し四境恬静ならん。
天官冡宰全く金剛を保ち、袞職名臣永く災難を断たん。
文武百官斯の法味に霑ひ、牧守千里此の良縁に沐はん。
梵釈四王龍神八部、光を日月に増し勢ひを風雷に倍し、
八幡菩薩殊に妙因に資り、善知識に依り菩提果を成さん。
部類の神祇、或は幽或は顕。俱に梵筏に乗り早く煆宅を脱せん。
山林の聚落、河海の諸神、白業を扶持し黄図を愛護せん。
三千法界十二因縁、共に煩昏を出で同に覚照に遊ばん。