「明治36年の秋、第三高等学校の学生が『歎異抄のお話を聞かせていただきたい・・ついては(第三高等学校のある)吉田の方へ来てくださればたくさん聴衆が集まりますから…』といったが、私は『いかれぬ、・・私が行けば貴い信仰が穢れてしまう。たとい一人でも半人でも私の下宿まで来るがよい。・・道が遠いなどという人では到底信仰が得られるものではない。』とキッパリ断りましたら、却って熱心な有志の方ばかりいつも集まってくださって殆ど一年間も継続することができた。・・・信仰は生命を捨てても求むべきものである。・・」(このくだりは明治の真言宗の傑僧釈雲照師が自分の前ではどんな貴顕高官であろうと、仏法への敬いの心を示させるためとして、跪拝させた、という逸話を思い出させます。つい二百年足らずまえにはいたるところに、固い信念を持った高僧方がおられたことを思い、当方も穴があったら入りたくなります)
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