第三講 色即是空しきそくぜくう
舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。
空即是色花ざかり
たしか小笠原長生氏(海軍軍人です)の句だったと思いますが、「舎利子みよ空即是色くうそくぜしき花はなざかり」
という句があります。ほんとうにこの一句は、これから申し上げようと思っている『心経』の精神を、たいへん巧みにいい現わしていると存じます。申すまでもなく、これは『心経』が骨を折って、力強く説いておる「空」ということばは、決して空々寂々というような、何物もないのだというような、そんな単純な意味のものではない、ということを簡単な一句で巧みに、表現あらわしているのです。ところがいよいよこれから、問題の「空とはなんぞや?」、「空とはどんな意味か」という問題を、説明するのでありますが、はじめから皆さんに「空」とはこんなものだと説明していっては、かえってわかりにくいし、またそう簡単にたやすく説明できるものではないのですから、その「空」を説明する前に、まずはじめに、「空の背景」となり、「空の根柢こんてい」となり、「空の内容」となっているところの「因縁」という言葉からお話ししていって、そして自然に、空という意味を把つかんでいただくようにしたい、と思うのであります。なぜかと申しますと、この「因縁」という意味を知らないと、どうしても空ということが把めないのです。
ところで、まず本文のはじめにある「舎利子」ということですが、これはむろん、人の名前です。釈尊のお弟子の中でも智慧第一といわれた、あのシャーリプトラ、すなわち舎利弗尊者(しゃりほっそんじゃ)のことです。いったいこの舎利弗は、もと婆羅門の坊さんであったのですが、ふとした事が動機もとで、仏教に転向した名高い人であります。
舎利弗の転向
ある日のこと、舎利弗が王舎城ラージャグリハの市中を歩いている時です。偶然にも彼は釈尊のお弟子のアシュバーヂットすなわち阿説示あせつじというお坊さんに出逢ったのです。そしてその阿説示から思いがけなく、次のごときおどろくべき真理の言葉を聞いたのでした。
「一切の諸法は、因縁より生ずる、その因縁を如来は説き給う」
というのがそれです。今日の私どもには、なんでもない平凡な言葉としか聞こえませんが、さすがに舎利弗には、この「因縁」という一語ことばが、さながら空谷くうこくの跫音あしおとのごとくに、心の耳に響いたのでした。昔から仏教では、この一句を「法身偈ほっしんげ」または「縁起偈えんぎげ」などといっていますが、彼はこの言葉を聞くなり、決然として、永ながい間、自分の生命いのちとも頼んでおった、婆羅門の教えをふり捨てて、ただちに心友の目連尊者といっしょに、釈尊のみ許もとに馳はせ参じ、ついに仏弟子となったのであります。「因縁」の語を聞いて、仏教に転向したわが舎利弗こそ、実に解空げくう第一の人であり、智慧第一の人であったのです。この智慧第一の舎利弗を対告衆あいてとして、釈尊は「舎利子よ」と、いわれたのです。そして「色は空に異ならず、空は色に異ならず」とて、空の真理を諄々じゅんじゅんと説かれていったのです。
真理のことば 因縁! それはまことに平凡な古い語です。しかし、それは、たしかに、平凡ではありますが、どうしても疑うことのできない宇宙の真理です。今日私どもが思いあまって、「何事も因縁だ」と諦あきらめるそのことばの中には、私どもの容易に説明し得ない、深い真理が含まれているのです。
「因縁を知ることは仏教を知ることだ」
と、古人もいっていますが、たしかにそれは真実だと思います。釈尊は、実にこの「因縁の原理」、「縁起の真理」を体得せられて、ついに仏陀ぶっだとなったのであります。菩提樹下ぼだいじゅかの成道じょうどう、というのはまさしくそれです。げに、わが釈尊をして、真に仏陀たらしめたものは、全くこの因縁の真理なのです。ちょうどあのニュートンが、地球の引力を発見したように、釈尊は、これまで何人も気づかなかった「万物は因縁より生ずる」という、この永遠なる「平凡の真理」をはじめて発見されたのです。だから、「因縁の真理」は決して釈尊が、新しく創造されたものではありません。釈尊は、因縁の創造者ではなくて、実にその発見者なのです。釈尊は、自ら因縁の真理を発見されて、まさしく仏となられました。しかし、それと同時に、この因縁の法を「教え」として、万人の前に説き示されたのが仏教です、因縁の教え、それが仏教です。真理の教え、それが仏教です。釈尊は仏教を信ぜよといっていません。しかし、因縁の法を信ぜよといっています。しかもこの因縁の真理を信ずるものこそ、まさしく仏教を信ずるものです。したがって、たとい、二千数百年の昔に、釈尊の肉身は亡なくなっても、因縁という真理そのものは、因縁という法は、法身ほっしんの相すがたにおいて、永遠不滅なる仏教の真理として、いな、宇宙の真理として、今日においても儼然げんぜんと光っています。いや未来永劫えいごうに、いつまでも「不朽の真理」として、光り輝いてゆくのであります。
ところで、この因縁とはいったいどんなことかというに、くわしくいえば「因縁生起」ということで、つまり、因縁とは、「因」と「縁」と「果」の関係をいった言葉で、因縁のことをまた「縁起」とも申します。すなわち、「因」とは原因のこと、結果に対する直接の力です。「縁」とは因を扶たすけて、結果を生ぜしめる間接の力です。たとえばここに「一粒の籾(もみ)」があるといたします。この場合、籾はすなわち因です。この籾をば、机の上においただけでは、いつまでたっても、一粒の籾でしかありません。キリスト教の聖書バイブルのうちに、
一粒の麦、地に落ちて、死なずば、ただ一つにて終わらん。死なば多くの実を生ずべし
とあるように、一たび、これを土中に蒔まき、それに雨、露、日光、肥料というような、さまざまな縁の力が加わると、一粒の籾は、秋になって穣々じょうじょうたる稲の穂となるのです。これがつまり因、縁、果の関係であります。ですから、花を開き、実を結ぶ、という結果は必ず因と縁との「和合」によってはじめてできるわけです。ところが、私どもは、とかく皮相的の見方に慣れて、すべての事柄を、ことごとく単に原因と結果の関係において見ようとしているのです。しかし、これはどうかと思います。複雑極きわまりなき、一切の物事をば、簡単に、原因と結果という形式だけで、解釈しようとすることは、ずいぶん無理な話ではないでしょうか。さて、この因縁によってできた、因縁にかつて生じ来きたった、あらゆる事物は、いったいどんな意味があり、どんな性質をもっておるかと申しますと、それは実に縦にも、横にも、時間的にも、空間的にも、ことごとく、きっても切れぬ、密接不離な関係にあるのです。ちょっとみるとなんの縁もゆかりもないようですが、ようく調べてみると、いずれも実は皆きわめて縁の深い関係にあるのです。躓つまずく石も縁のはしです。袖そでふりあうも他生たしょうの縁です。一河の流れ、一樹の蔭かげ、みなこれ他生の縁です(聖徳太子の「説法明眼論にあります)。
だが、それは決して理窟りくつや理論ではありませぬ。考えるからそうだ、仏教的にいうからそうだ、というのではありません。考える考えぬの問題ではないのです。仏教的だとか、仏教的でないなどという問題ではないのです。これはほんとうに事実なんです。真実なのです。事実は、真実は、何よりも雄弁です。いま私のいる部屋へやには、一箇(こ)の円い時計がかかっています。この時計の表面は、ただ長い針と短い針とが、動いているだけです。しかし、いま、かりに、この時計の裏面を解剖してみるとしたらどうでしょうか。そこには、きわめて精巧、複雑な機械があって、これが互いに結合し、和合して、その表面の針を動かしているのではありませんか。私は現にただ今この東京鷺宮の無窓塾の書斎でペンを動かしています。これはもちろん、簡単な事実です。しかしこの無窓塾がどこにあるかを考え、私、および私の故郷伊勢いせの国のことなどを考えて、だんだん深く、そして広く考えてゆきますと、終ついにはこの一箇の私という存在は、全日本はおろか、全世界のすべてに関係し関聯かんれんしていることになるのです。かように、一事一物、皆ことごとく関聯していないものはないのです。ただ、私どもがそれを知らないだけのことなのです。しかし知ると知らざるとにかかわらず、一切のものは互いに無限の関係つながりにおいて存在しているのです。次にまた時間的に申しましても、今日という一日は、決して昨日なしにないのです。明日ときり離して、今日一日だけがあるのではありません。今日は単なる今日でなくて、ライプニッツのいうように、「昨日を背負い、明日を孕(はら)んでいる今日」なのです。とにかく私どもの世の中にある一切の事物は、みな孤立し、固定し、独存しているのではなくて、実は、縦にも、横にも、無限の相補的関係、もちつ、もたれつの間柄にあるわけです。すなわち無尽の縁起的関係にあるわけです。したがって現在の私どもお互いは、無限の空間と永遠の時間との交叉こうさ点に立っているわけです。
地下鉄道と船喰虫
今からちょうど百年ほど前です。ロンドンのテームス河の畔ほとりで、一匹の小さい船喰虫ふなくいむしが、頻しきりに材木をかじっていました。ちょっときくと、それは私どもお互いとは、なんの関係もないようです。しかし一度でも、あの地下鉄を見た人、地下鉄に乗った人ならば、断じて無関係だとはいえませぬ。なんの因縁もないなどとはいえないのです。なぜかというに、いったい地下鉄道の発明者ブルーネルが、テームス河の、河底を掘り得たことは、何に由来しておるのでしょう? 材木をかじる、あの船喰虫にヒントを得たのではありませんか。そして、「人間の力では、とても掘ることができない」とまでいわれた、あのテームス河の河底を、彼は、りっぱに開鑿かいさくしておるではありませんか。地下鉄道と船喰虫! なんの因縁もなさそうです。しかし実は、因縁がないどころか、たいへん深い因縁があるのです。おもうに、因縁によってできている一切の事物、五蘊の集合、物と心の和合によって、成り立っている、私どもの世界には、何一つとして、永遠に、いつまでも、そのままに、存在しているものはありません。つねに変化し、流転しつつあるのです。仏陀は「諸行無常」といいました。ヘラクライトスは「万物流転バンタ・ライ」といいました。万物は皆すべて移り変わるものです。何を疑っても、何を否定しても、この事実だけは、何人も否定できない事実です。咲いた桜に、うかれていると、いつのまにやら、世の中は、青葉の世界に変わっています。
一期一会
もはや、五月さつきの空には、あの勇ましい鯉幟のぼりが、新緑の風を孕みつつ、へんぽんと勢いよく大空を泳いでいます。自然の変化、人生の推移、少なくとも、私どもの世界には、永遠に常住なる存在は、一つもありませぬ。一生たった一度、「一期一会」とは、決して茶人の風雅や、さびの気持ではないのです。茶の道は、一期一会の心をもたぬものには、ほんとうに味わわれませんが、人生のことも、やはり同じです。こういう気持をもたぬものには、人生の尊い味わいをつかむことはできません。まことに一切はつねに変化しつつある存在です。だから、たとい存在しているといっても、それは、仮の、一時的の存在でしかありません。仏教では、存在しているものを「有う」といっていますが、すべて「仮有けう」です。「暫有ざんう」です。とにかく、永遠なる存在、つねにある「常有の存在」ではありません。あの花を咲かせた桜も、新しい芽を出させた桜も、やがては、また花を散らす桜です。スッカリ枯れ木のようになってしまう桜です。所詮しょせんは、「散る桜、のこる桜も散る桜」です。だが、一たび冬が去り、春が来れば、一陽来復、枯れたとみえた桜の梢こずえには、いつの間にやら再び綺麗きれいな美しい花をみせています。かくて年を迎え、年を送りつつ、たとい花そのものには、開落はありましても、桜の木そのものは、依然として一本の桜です。
一休と山伏 ある日のこと、ある山伏やまぶしが、一休和尚おしょうに向かって、
「その仏法はいずこにありや」
と、詰問したのです。すると和尚は即座に、
「胸三寸にあり」
と答えました。これを聞いた件くだんの山伏、さっそく、懐中せる小刀をとり出し、開き直って、
「しからば、拝見いたそう」
と、つめよったのです。そこは、さすが機智きち縦横の一休和尚です、すかさず、一首の和歌をもって、これに答えました。
『としごとにさくや吉野のさくら花、樹をわりてみよ花のありかを』
これには勢いこんでいた山伏も、とうとう参って、その後ついに和尚の弟子になったということです。
空なる状態 まことに、因縁より生ずる一切すべての法ものは、ことごとく空です。空なる状態にあるのです。まさしく「樹を割りてみよ、花のありかを」です。雪ふりしきる厳冬まふゆのさ中に、花を尋ねても、花はどこにもありませぬ。これがとりも直さず「色即すなわち是れ空」です。しかし、霞たなびく春が訪れると、いつとはなしに、枯れたとみえる桜の梢には、花がニッコリ微笑ほほえんでおります。これがすなわち「空即ち是れ色」です。何事によらず、いつまでもあると思うのも、むろん間違いですが、また空だといって、何物もないと思うのももとより誤りです。いかにも「謎なぞ」のような話ですが、有るようで、なく、無いようで、ある、これが世間の実相すがたです。うき世のほんとうの相です。だが、決してそれは理窟ではありませぬ。仏教だけの理論ではないのです。それは、いつどこでも誰だれもが、必ず認めねばならぬ、宇宙の真理です。偽りのない現前社会の事実です。まことにその「有う」たるや、「空」に異ならざる「有」です。「空」といっても決して「無」ではありません。「有」に異ならざる「空」です。空と有とは、所詮、一枚の紙の裏表です。生きつつ死に、死につつ生きているのが、人生の相です。生じては滅し、滅しては生ずるのが、浮世の姿です。しかし、私どもはとかく、有といえば、有に囚とらわれます。空といえば、その空に囚われやすいのです。ゆえに『心経』では、有に囚われ、色に執着するものに対しては、「色は空に異ならず」、色がそのまま空だというのです。また空に囚われ、虚無に陥るものに対しては、「空は色に異ならず」、「空は即ち是れ色」だといって、これを誡いましめているのです。『心経』の、この一節は、実にすばらしい巧みな表現といわざるを得ないのです。けだしわが大乗仏教の原理は、この一句で、十分に尽きておるといってもよいくらいです。まことに「色即ち是れ空」、「空即ち是れ色」です。
まなこということ
昔のある書物に、「人間の眼を、まなこというは、真ん中をとる義なり」といっておりますが、たしかに面白いことだと思います。一方だけを見て、他の一方を見ないのでは、「まなこ」とはいえないのです。物の表面だけをみて、その裏にかくれている、ほんとうの相すがたを見ないことを、「皮相の見」と申しますが、それはいまだ、真に「まなこ」の「まなこ」たる所以ゆえんを知らざるものといわねばなりません。今日の社会には、物質だけで、お金だけで何もかも解決できるものだと考えて、お金を「守り本尊」としている人がずいぶん多いのです。お金がものをいう世の中だと信じている方がたくさんあります。だがお金がものいわぬことも世間には存外に多いのです。収入みいりの多寡によって、月給の多少によって、その人の人格までも、批判してもよいものでしょうか。人格は果たして金銭以下でしょうか。今日の多くの人たちは、各自めいめい、お金を使っているようで、その実、お金に使われているのではないでしょうか。お金を使うならまだしも、使われるに至っては、全く沙汰さたのかぎりといわざるを得ないのです。だが、事実はその通りだから、ほんとうに情けないわけです。「月給の順で先生並ぶなり」という川柳がありますが、こうなると先生の席順も寂しいものです。だが果たしてそれが正当な見方でしょうか。終戦後、わが国では食糧飢餓を契機きっかけに、生活不安、思想の動乱の結果、再び新しく「唯物史観」、「経済史観」が、見直されつつあります。しかしパンなくては生きられぬ人間は、パンのみでも生きられぬ存在です。物質だけで、経済だけで、複雑な社会の歴史が、十分に説明し得られるとは考えられません。フォイエルバッハのように「社会問題は、結局胃の腑ふの問題だ」という唯物論的な見方にも、もちろん一面の真理があります。それはたしかに一つの見方です。一つの見方としては間違いではないでしょう。しかしそれは決して、全体的な正しい見方ということはできないでしょう。「管くだの穴から天覗(のぞ)く」という諺ことわざがあります。むろん、覗いた天も天です。しかし、それはあくまで、天の一部であって、断じて天の全部ではありません。一部を覗いて、全部だと考えることは、大なる「認識不足」といわざるを得ないのです。「井蛙管見せいあかんけん」として排撃せられるのも、また無理からぬことです。したがって、少なくとも唯物史観に囚とらわれ、「利益社会」だけをもって、社会のすべてだと考えることは、どこまでも偏見です。いや、偏見というよりも、むしろ恐るべき危険が、そこに伏在していると存じます。いったい、ものを深く本質的に、また立体的に考えない人々には、なんといっても形のない心よりも、形のある物の方が、眼にはよく見えるものです。
で、自然と心より物の方がほんとうの存在のように考えるのですが、物だけで、パンだけで一切の問題が解決されると思ったら、それこそ大間違いです。しかし、そういったからといって、私どもは、一切は心からだといって、精神だけで、人間も社会も、動いているものと、いうのではありません。唯物史観が偏見であったごとく、何もかも心だ、といって物質生活、経済生活を否定することも、また同じ意味において、偏見といわざるを得ないのです。精神だけでもって、思想だけでもって、社会が動いていると考えている人は、おそらくないと存じます。「わが抱いだく思想はすべて金なきに因するごとし秋の風吹く」と、薄命詩人石川啄木たくぼくは詠よんでいます。経済のみによってとは、あえて申しませぬが、パンによって、経済によって、現実の社会が動いていることもまた見逃みのがしえない事実です。「共同社会」の一面には、儼然として「利益社会」の存在することも、ハッキリ知っておかねばなりませぬ。だから、唯物論的な見方も、偏見であるように、観念論的な見方も、正しい見方、正見とはいえないのです。意識が存在を決定するように、また存在も意識を規定するのです。
私は十数年前から、仏教史観ということを提唱してきました。この言葉は私がはじめて造ったといっていいのですが、これは、物と心とを一つのものに対する、二つの見方として、眺ながめてゆこうという、つまり、全体的立場、もちつもたれつという因縁の立場、縁起の意味においてこの二つのものを、一つのものの内容として見てゆこうというのです。だから、それは縁起史観といってもよいのです。たいへん、話がめんどうになりましたが、ちょうど人間に肉体と精神との二方面があるように、人間の社会にも、物質的方面と精神的方面との、二つがある事をハッキリ知っておかねばなりません。したがって精神を否定する唯物思想もいけなければ、また物質の価値を全く否定したような唯心思想もいけないわけです。今日、経済を否定した生活は全く不可能であります。生活に即さない理論は空理、空論です。唯物主義も唯心主義も仏教の立場からいえば、いずれもそれは偏見です。つまり心によって、はじめて物の価値が現わされるとともに、物質によって、また精神の価値が、いっそう裏づけられるわけです。廊下に落ちている一枚の紙も、もったいないと感ずる人には、仏法領ぶっぽうりょうのものとして、はじめてりっぱにその経済価値が認められるのです。
で、問題は、つまり物に対する心構えです。心の持ちようです。要するに、物質を精神より以上に見るか、精神を物質より優位に見るかです。物が心を支配するか、心が物を統御コントロールするかです。金を使うか、金に使われるかです。けだし正を履(ふ)み、中を執るということは、いずれの世、いずれの時にも必要です。人間の正しい生活が、正しい見方によって、規定せられるかぎり、私どもは何人も、まず「正しい見方」がなんであるかを、ハッキリ知らなくてはなりませぬ。私どもの生活が、たとえ物質的に貧しくとも、せめて私どもは、精神的には富める生活をしたいものです。
金持の貧乏人となるか、貧乏人の金持となるか、結局、問題はその人の心構えの如何いかんです。(さらに古今東西の例でいえば、金持ちになろうとすると貧乏になり、貧乏でよいとすると金持ちになる、ともいえましょう。皮肉なものです。)
私どもは、少なくとも因縁の真理、縁起の哲学を味わうことによって貧しくとも富める生活をしたいものです。心にしっかりした拠より所どころをもって、心に太陽をもって清く、正しく、明るいシッカリした生活を営みたいものです。おもうに、因縁の真理に徹し、般若はんにゃの空を、真に味わい得た人こそ、まさしくそれは中道を歩む人です。げに生身しょうじんの活いきた観音さまは、かかる人々のうちから誕生するのです。(空なのになぜ慈悲が出るのかということは古来問題にされてきました。その回答の一つといて賢首大師は「般若波羅密多心経略疏」で「色即是空と観ずれば大智を生じ、空即是色と見れば大悲を生ず」と言っておられます。)
舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。
空即是色花ざかり
たしか小笠原長生氏(海軍軍人です)の句だったと思いますが、「舎利子みよ空即是色くうそくぜしき花はなざかり」
という句があります。ほんとうにこの一句は、これから申し上げようと思っている『心経』の精神を、たいへん巧みにいい現わしていると存じます。申すまでもなく、これは『心経』が骨を折って、力強く説いておる「空」ということばは、決して空々寂々というような、何物もないのだというような、そんな単純な意味のものではない、ということを簡単な一句で巧みに、表現あらわしているのです。ところがいよいよこれから、問題の「空とはなんぞや?」、「空とはどんな意味か」という問題を、説明するのでありますが、はじめから皆さんに「空」とはこんなものだと説明していっては、かえってわかりにくいし、またそう簡単にたやすく説明できるものではないのですから、その「空」を説明する前に、まずはじめに、「空の背景」となり、「空の根柢こんてい」となり、「空の内容」となっているところの「因縁」という言葉からお話ししていって、そして自然に、空という意味を把つかんでいただくようにしたい、と思うのであります。なぜかと申しますと、この「因縁」という意味を知らないと、どうしても空ということが把めないのです。
ところで、まず本文のはじめにある「舎利子」ということですが、これはむろん、人の名前です。釈尊のお弟子の中でも智慧第一といわれた、あのシャーリプトラ、すなわち舎利弗尊者(しゃりほっそんじゃ)のことです。いったいこの舎利弗は、もと婆羅門の坊さんであったのですが、ふとした事が動機もとで、仏教に転向した名高い人であります。
舎利弗の転向
ある日のこと、舎利弗が王舎城ラージャグリハの市中を歩いている時です。偶然にも彼は釈尊のお弟子のアシュバーヂットすなわち阿説示あせつじというお坊さんに出逢ったのです。そしてその阿説示から思いがけなく、次のごときおどろくべき真理の言葉を聞いたのでした。
「一切の諸法は、因縁より生ずる、その因縁を如来は説き給う」
というのがそれです。今日の私どもには、なんでもない平凡な言葉としか聞こえませんが、さすがに舎利弗には、この「因縁」という一語ことばが、さながら空谷くうこくの跫音あしおとのごとくに、心の耳に響いたのでした。昔から仏教では、この一句を「法身偈ほっしんげ」または「縁起偈えんぎげ」などといっていますが、彼はこの言葉を聞くなり、決然として、永ながい間、自分の生命いのちとも頼んでおった、婆羅門の教えをふり捨てて、ただちに心友の目連尊者といっしょに、釈尊のみ許もとに馳はせ参じ、ついに仏弟子となったのであります。「因縁」の語を聞いて、仏教に転向したわが舎利弗こそ、実に解空げくう第一の人であり、智慧第一の人であったのです。この智慧第一の舎利弗を対告衆あいてとして、釈尊は「舎利子よ」と、いわれたのです。そして「色は空に異ならず、空は色に異ならず」とて、空の真理を諄々じゅんじゅんと説かれていったのです。
真理のことば 因縁! それはまことに平凡な古い語です。しかし、それは、たしかに、平凡ではありますが、どうしても疑うことのできない宇宙の真理です。今日私どもが思いあまって、「何事も因縁だ」と諦あきらめるそのことばの中には、私どもの容易に説明し得ない、深い真理が含まれているのです。
「因縁を知ることは仏教を知ることだ」
と、古人もいっていますが、たしかにそれは真実だと思います。釈尊は、実にこの「因縁の原理」、「縁起の真理」を体得せられて、ついに仏陀ぶっだとなったのであります。菩提樹下ぼだいじゅかの成道じょうどう、というのはまさしくそれです。げに、わが釈尊をして、真に仏陀たらしめたものは、全くこの因縁の真理なのです。ちょうどあのニュートンが、地球の引力を発見したように、釈尊は、これまで何人も気づかなかった「万物は因縁より生ずる」という、この永遠なる「平凡の真理」をはじめて発見されたのです。だから、「因縁の真理」は決して釈尊が、新しく創造されたものではありません。釈尊は、因縁の創造者ではなくて、実にその発見者なのです。釈尊は、自ら因縁の真理を発見されて、まさしく仏となられました。しかし、それと同時に、この因縁の法を「教え」として、万人の前に説き示されたのが仏教です、因縁の教え、それが仏教です。真理の教え、それが仏教です。釈尊は仏教を信ぜよといっていません。しかし、因縁の法を信ぜよといっています。しかもこの因縁の真理を信ずるものこそ、まさしく仏教を信ずるものです。したがって、たとい、二千数百年の昔に、釈尊の肉身は亡なくなっても、因縁という真理そのものは、因縁という法は、法身ほっしんの相すがたにおいて、永遠不滅なる仏教の真理として、いな、宇宙の真理として、今日においても儼然げんぜんと光っています。いや未来永劫えいごうに、いつまでも「不朽の真理」として、光り輝いてゆくのであります。
ところで、この因縁とはいったいどんなことかというに、くわしくいえば「因縁生起」ということで、つまり、因縁とは、「因」と「縁」と「果」の関係をいった言葉で、因縁のことをまた「縁起」とも申します。すなわち、「因」とは原因のこと、結果に対する直接の力です。「縁」とは因を扶たすけて、結果を生ぜしめる間接の力です。たとえばここに「一粒の籾(もみ)」があるといたします。この場合、籾はすなわち因です。この籾をば、机の上においただけでは、いつまでたっても、一粒の籾でしかありません。キリスト教の聖書バイブルのうちに、
一粒の麦、地に落ちて、死なずば、ただ一つにて終わらん。死なば多くの実を生ずべし
とあるように、一たび、これを土中に蒔まき、それに雨、露、日光、肥料というような、さまざまな縁の力が加わると、一粒の籾は、秋になって穣々じょうじょうたる稲の穂となるのです。これがつまり因、縁、果の関係であります。ですから、花を開き、実を結ぶ、という結果は必ず因と縁との「和合」によってはじめてできるわけです。ところが、私どもは、とかく皮相的の見方に慣れて、すべての事柄を、ことごとく単に原因と結果の関係において見ようとしているのです。しかし、これはどうかと思います。複雑極きわまりなき、一切の物事をば、簡単に、原因と結果という形式だけで、解釈しようとすることは、ずいぶん無理な話ではないでしょうか。さて、この因縁によってできた、因縁にかつて生じ来きたった、あらゆる事物は、いったいどんな意味があり、どんな性質をもっておるかと申しますと、それは実に縦にも、横にも、時間的にも、空間的にも、ことごとく、きっても切れぬ、密接不離な関係にあるのです。ちょっとみるとなんの縁もゆかりもないようですが、ようく調べてみると、いずれも実は皆きわめて縁の深い関係にあるのです。躓つまずく石も縁のはしです。袖そでふりあうも他生たしょうの縁です。一河の流れ、一樹の蔭かげ、みなこれ他生の縁です(聖徳太子の「説法明眼論にあります)。
だが、それは決して理窟りくつや理論ではありませぬ。考えるからそうだ、仏教的にいうからそうだ、というのではありません。考える考えぬの問題ではないのです。仏教的だとか、仏教的でないなどという問題ではないのです。これはほんとうに事実なんです。真実なのです。事実は、真実は、何よりも雄弁です。いま私のいる部屋へやには、一箇(こ)の円い時計がかかっています。この時計の表面は、ただ長い針と短い針とが、動いているだけです。しかし、いま、かりに、この時計の裏面を解剖してみるとしたらどうでしょうか。そこには、きわめて精巧、複雑な機械があって、これが互いに結合し、和合して、その表面の針を動かしているのではありませんか。私は現にただ今この東京鷺宮の無窓塾の書斎でペンを動かしています。これはもちろん、簡単な事実です。しかしこの無窓塾がどこにあるかを考え、私、および私の故郷伊勢いせの国のことなどを考えて、だんだん深く、そして広く考えてゆきますと、終ついにはこの一箇の私という存在は、全日本はおろか、全世界のすべてに関係し関聯かんれんしていることになるのです。かように、一事一物、皆ことごとく関聯していないものはないのです。ただ、私どもがそれを知らないだけのことなのです。しかし知ると知らざるとにかかわらず、一切のものは互いに無限の関係つながりにおいて存在しているのです。次にまた時間的に申しましても、今日という一日は、決して昨日なしにないのです。明日ときり離して、今日一日だけがあるのではありません。今日は単なる今日でなくて、ライプニッツのいうように、「昨日を背負い、明日を孕(はら)んでいる今日」なのです。とにかく私どもの世の中にある一切の事物は、みな孤立し、固定し、独存しているのではなくて、実は、縦にも、横にも、無限の相補的関係、もちつ、もたれつの間柄にあるわけです。すなわち無尽の縁起的関係にあるわけです。したがって現在の私どもお互いは、無限の空間と永遠の時間との交叉こうさ点に立っているわけです。
地下鉄道と船喰虫
今からちょうど百年ほど前です。ロンドンのテームス河の畔ほとりで、一匹の小さい船喰虫ふなくいむしが、頻しきりに材木をかじっていました。ちょっときくと、それは私どもお互いとは、なんの関係もないようです。しかし一度でも、あの地下鉄を見た人、地下鉄に乗った人ならば、断じて無関係だとはいえませぬ。なんの因縁もないなどとはいえないのです。なぜかというに、いったい地下鉄道の発明者ブルーネルが、テームス河の、河底を掘り得たことは、何に由来しておるのでしょう? 材木をかじる、あの船喰虫にヒントを得たのではありませんか。そして、「人間の力では、とても掘ることができない」とまでいわれた、あのテームス河の河底を、彼は、りっぱに開鑿かいさくしておるではありませんか。地下鉄道と船喰虫! なんの因縁もなさそうです。しかし実は、因縁がないどころか、たいへん深い因縁があるのです。おもうに、因縁によってできている一切の事物、五蘊の集合、物と心の和合によって、成り立っている、私どもの世界には、何一つとして、永遠に、いつまでも、そのままに、存在しているものはありません。つねに変化し、流転しつつあるのです。仏陀は「諸行無常」といいました。ヘラクライトスは「万物流転バンタ・ライ」といいました。万物は皆すべて移り変わるものです。何を疑っても、何を否定しても、この事実だけは、何人も否定できない事実です。咲いた桜に、うかれていると、いつのまにやら、世の中は、青葉の世界に変わっています。
一期一会
もはや、五月さつきの空には、あの勇ましい鯉幟のぼりが、新緑の風を孕みつつ、へんぽんと勢いよく大空を泳いでいます。自然の変化、人生の推移、少なくとも、私どもの世界には、永遠に常住なる存在は、一つもありませぬ。一生たった一度、「一期一会」とは、決して茶人の風雅や、さびの気持ではないのです。茶の道は、一期一会の心をもたぬものには、ほんとうに味わわれませんが、人生のことも、やはり同じです。こういう気持をもたぬものには、人生の尊い味わいをつかむことはできません。まことに一切はつねに変化しつつある存在です。だから、たとい存在しているといっても、それは、仮の、一時的の存在でしかありません。仏教では、存在しているものを「有う」といっていますが、すべて「仮有けう」です。「暫有ざんう」です。とにかく、永遠なる存在、つねにある「常有の存在」ではありません。あの花を咲かせた桜も、新しい芽を出させた桜も、やがては、また花を散らす桜です。スッカリ枯れ木のようになってしまう桜です。所詮しょせんは、「散る桜、のこる桜も散る桜」です。だが、一たび冬が去り、春が来れば、一陽来復、枯れたとみえた桜の梢こずえには、いつの間にやら再び綺麗きれいな美しい花をみせています。かくて年を迎え、年を送りつつ、たとい花そのものには、開落はありましても、桜の木そのものは、依然として一本の桜です。
一休と山伏 ある日のこと、ある山伏やまぶしが、一休和尚おしょうに向かって、
「その仏法はいずこにありや」
と、詰問したのです。すると和尚は即座に、
「胸三寸にあり」
と答えました。これを聞いた件くだんの山伏、さっそく、懐中せる小刀をとり出し、開き直って、
「しからば、拝見いたそう」
と、つめよったのです。そこは、さすが機智きち縦横の一休和尚です、すかさず、一首の和歌をもって、これに答えました。
『としごとにさくや吉野のさくら花、樹をわりてみよ花のありかを』
これには勢いこんでいた山伏も、とうとう参って、その後ついに和尚の弟子になったということです。
空なる状態 まことに、因縁より生ずる一切すべての法ものは、ことごとく空です。空なる状態にあるのです。まさしく「樹を割りてみよ、花のありかを」です。雪ふりしきる厳冬まふゆのさ中に、花を尋ねても、花はどこにもありませぬ。これがとりも直さず「色即すなわち是れ空」です。しかし、霞たなびく春が訪れると、いつとはなしに、枯れたとみえる桜の梢には、花がニッコリ微笑ほほえんでおります。これがすなわち「空即ち是れ色」です。何事によらず、いつまでもあると思うのも、むろん間違いですが、また空だといって、何物もないと思うのももとより誤りです。いかにも「謎なぞ」のような話ですが、有るようで、なく、無いようで、ある、これが世間の実相すがたです。うき世のほんとうの相です。だが、決してそれは理窟ではありませぬ。仏教だけの理論ではないのです。それは、いつどこでも誰だれもが、必ず認めねばならぬ、宇宙の真理です。偽りのない現前社会の事実です。まことにその「有う」たるや、「空」に異ならざる「有」です。「空」といっても決して「無」ではありません。「有」に異ならざる「空」です。空と有とは、所詮、一枚の紙の裏表です。生きつつ死に、死につつ生きているのが、人生の相です。生じては滅し、滅しては生ずるのが、浮世の姿です。しかし、私どもはとかく、有といえば、有に囚とらわれます。空といえば、その空に囚われやすいのです。ゆえに『心経』では、有に囚われ、色に執着するものに対しては、「色は空に異ならず」、色がそのまま空だというのです。また空に囚われ、虚無に陥るものに対しては、「空は色に異ならず」、「空は即ち是れ色」だといって、これを誡いましめているのです。『心経』の、この一節は、実にすばらしい巧みな表現といわざるを得ないのです。けだしわが大乗仏教の原理は、この一句で、十分に尽きておるといってもよいくらいです。まことに「色即ち是れ空」、「空即ち是れ色」です。
まなこということ
昔のある書物に、「人間の眼を、まなこというは、真ん中をとる義なり」といっておりますが、たしかに面白いことだと思います。一方だけを見て、他の一方を見ないのでは、「まなこ」とはいえないのです。物の表面だけをみて、その裏にかくれている、ほんとうの相すがたを見ないことを、「皮相の見」と申しますが、それはいまだ、真に「まなこ」の「まなこ」たる所以ゆえんを知らざるものといわねばなりません。今日の社会には、物質だけで、お金だけで何もかも解決できるものだと考えて、お金を「守り本尊」としている人がずいぶん多いのです。お金がものをいう世の中だと信じている方がたくさんあります。だがお金がものいわぬことも世間には存外に多いのです。収入みいりの多寡によって、月給の多少によって、その人の人格までも、批判してもよいものでしょうか。人格は果たして金銭以下でしょうか。今日の多くの人たちは、各自めいめい、お金を使っているようで、その実、お金に使われているのではないでしょうか。お金を使うならまだしも、使われるに至っては、全く沙汰さたのかぎりといわざるを得ないのです。だが、事実はその通りだから、ほんとうに情けないわけです。「月給の順で先生並ぶなり」という川柳がありますが、こうなると先生の席順も寂しいものです。だが果たしてそれが正当な見方でしょうか。終戦後、わが国では食糧飢餓を契機きっかけに、生活不安、思想の動乱の結果、再び新しく「唯物史観」、「経済史観」が、見直されつつあります。しかしパンなくては生きられぬ人間は、パンのみでも生きられぬ存在です。物質だけで、経済だけで、複雑な社会の歴史が、十分に説明し得られるとは考えられません。フォイエルバッハのように「社会問題は、結局胃の腑ふの問題だ」という唯物論的な見方にも、もちろん一面の真理があります。それはたしかに一つの見方です。一つの見方としては間違いではないでしょう。しかしそれは決して、全体的な正しい見方ということはできないでしょう。「管くだの穴から天覗(のぞ)く」という諺ことわざがあります。むろん、覗いた天も天です。しかし、それはあくまで、天の一部であって、断じて天の全部ではありません。一部を覗いて、全部だと考えることは、大なる「認識不足」といわざるを得ないのです。「井蛙管見せいあかんけん」として排撃せられるのも、また無理からぬことです。したがって、少なくとも唯物史観に囚とらわれ、「利益社会」だけをもって、社会のすべてだと考えることは、どこまでも偏見です。いや、偏見というよりも、むしろ恐るべき危険が、そこに伏在していると存じます。いったい、ものを深く本質的に、また立体的に考えない人々には、なんといっても形のない心よりも、形のある物の方が、眼にはよく見えるものです。
で、自然と心より物の方がほんとうの存在のように考えるのですが、物だけで、パンだけで一切の問題が解決されると思ったら、それこそ大間違いです。しかし、そういったからといって、私どもは、一切は心からだといって、精神だけで、人間も社会も、動いているものと、いうのではありません。唯物史観が偏見であったごとく、何もかも心だ、といって物質生活、経済生活を否定することも、また同じ意味において、偏見といわざるを得ないのです。精神だけでもって、思想だけでもって、社会が動いていると考えている人は、おそらくないと存じます。「わが抱いだく思想はすべて金なきに因するごとし秋の風吹く」と、薄命詩人石川啄木たくぼくは詠よんでいます。経済のみによってとは、あえて申しませぬが、パンによって、経済によって、現実の社会が動いていることもまた見逃みのがしえない事実です。「共同社会」の一面には、儼然として「利益社会」の存在することも、ハッキリ知っておかねばなりませぬ。だから、唯物論的な見方も、偏見であるように、観念論的な見方も、正しい見方、正見とはいえないのです。意識が存在を決定するように、また存在も意識を規定するのです。
私は十数年前から、仏教史観ということを提唱してきました。この言葉は私がはじめて造ったといっていいのですが、これは、物と心とを一つのものに対する、二つの見方として、眺ながめてゆこうという、つまり、全体的立場、もちつもたれつという因縁の立場、縁起の意味においてこの二つのものを、一つのものの内容として見てゆこうというのです。だから、それは縁起史観といってもよいのです。たいへん、話がめんどうになりましたが、ちょうど人間に肉体と精神との二方面があるように、人間の社会にも、物質的方面と精神的方面との、二つがある事をハッキリ知っておかねばなりません。したがって精神を否定する唯物思想もいけなければ、また物質の価値を全く否定したような唯心思想もいけないわけです。今日、経済を否定した生活は全く不可能であります。生活に即さない理論は空理、空論です。唯物主義も唯心主義も仏教の立場からいえば、いずれもそれは偏見です。つまり心によって、はじめて物の価値が現わされるとともに、物質によって、また精神の価値が、いっそう裏づけられるわけです。廊下に落ちている一枚の紙も、もったいないと感ずる人には、仏法領ぶっぽうりょうのものとして、はじめてりっぱにその経済価値が認められるのです。
で、問題は、つまり物に対する心構えです。心の持ちようです。要するに、物質を精神より以上に見るか、精神を物質より優位に見るかです。物が心を支配するか、心が物を統御コントロールするかです。金を使うか、金に使われるかです。けだし正を履(ふ)み、中を執るということは、いずれの世、いずれの時にも必要です。人間の正しい生活が、正しい見方によって、規定せられるかぎり、私どもは何人も、まず「正しい見方」がなんであるかを、ハッキリ知らなくてはなりませぬ。私どもの生活が、たとえ物質的に貧しくとも、せめて私どもは、精神的には富める生活をしたいものです。
金持の貧乏人となるか、貧乏人の金持となるか、結局、問題はその人の心構えの如何いかんです。(さらに古今東西の例でいえば、金持ちになろうとすると貧乏になり、貧乏でよいとすると金持ちになる、ともいえましょう。皮肉なものです。)
私どもは、少なくとも因縁の真理、縁起の哲学を味わうことによって貧しくとも富める生活をしたいものです。心にしっかりした拠より所どころをもって、心に太陽をもって清く、正しく、明るいシッカリした生活を営みたいものです。おもうに、因縁の真理に徹し、般若はんにゃの空を、真に味わい得た人こそ、まさしくそれは中道を歩む人です。げに生身しょうじんの活いきた観音さまは、かかる人々のうちから誕生するのです。(空なのになぜ慈悲が出るのかということは古来問題にされてきました。その回答の一つといて賢首大師は「般若波羅密多心経略疏」で「色即是空と観ずれば大智を生じ、空即是色と見れば大悲を生ず」と言っておられます。)