福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

緑青のこびりついた仏器

2018-09-10 | 法話
最近毎日仏具をみがいてピカピカになっています。実は数か月ほどサボって仏器磨きをしていなかったため仏具には緑青がこびりついていました。修法するときに気になっていたのですがやっと数日前から毎日磨けています。仏器は修法するときは毎日磨くのが本来の在り方です。求聞持行のときも太龍寺の行者小屋で後夜行のあと数十個の仏器を毎日磨きました。ピカピカの仏器で修法するのは行者の最低限の務めでした。また毎日磨いていればそれほど時間を掛けなくても汚れはすぐ落ちます。ほったらかしにしていたうちの仏器の緑青はこびりついていて一回では落ちません。何度も何度も磨く必要が出てきます。ふと自分の身心にもこのように知らず知らずの間に業が溜まってこびりついているのではないかと思いました。業というのはこの何世にも渡った身心にこびりつき染みついたゴミの残滓を言うのではないかとも思いました。玉城康四郎博士は「へどろもどろ、ちりあくたのような自分にダンマがあきらかになる不思議」とおっしゃいましたが「へどろもどろ、ちりあくたのような自分」というのはこの緑青のこびりついて変色した仏器を見ると自覚させられました。
六祖壇経で、六祖慧能は『菩提、本もと樹無し、明鏡も亦、台に非づ、本来無一物、何れの処にか塵埃を惹ひかん』と本質的には心に塵をひくことはないと喝破していますが下根の者には神秀上座の偈『身はこれ菩提の樹、心は明鏡台の如し、時々に勤めて払拭して、塵埃をして惹かしむること莫れ』の方がぴったり来ます。
日々懺悔して塵を払い善行に努めて業をすこしずつでも消していくことが必要と緑青のこびりついた仏器を見て思った次第です。
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