日本往生極楽記(慶滋保胤)
「東大寺戒壇和上律師明祐、一生持斎全く、戒律を護す。毎夜叅堂して房舎に宿せず。命終に及んで念仏して休せず。天徳五年二月十八日入滅す。先、一両日頗る悩気あり。飲食例ならず。弟子曰く「終日食せず。粥を勧めんが如何」。師曰く「斎時已に過ぐ。命終又近し。何ぞ破るべきや」。重ねて命じて曰く「二月は寺例所修の仏事あり。我なまじひに生きて之を過さんや」。十七日の夕、弟子等、阿弥陀経を誦す。廻向畢りて後、曰く「前の如く音楽を調べるべし」。答えて曰く「音楽あることなし。何ぞ言ふことの相謝れるや」。師曰く「我、心神、爽。前に音楽あるを以て陳ぶるなり。明日即世す矣。」
「今昔物語集巻十五 東大寺戒壇和上明祐往生語 第三」
「今昔、東大寺に戒壇の和上として明祐と云ふ人有けり。此の人、一生の間、持斎にして戒律を持(たもち)て、破る事無し。夜毎に堂に詣て、房に宿する事無かりけり。然れば、寺の僧、皆此れを貴び敬ふ事限無し。
而る間、天徳五年と云ふ年の二月の比、明祐和上、一両日の程、聊に悩む気有て、飲食例に似ず。「我れ、持斎の時既に過ぬ。亦、我れ、命終らむ期近し。何ぞ忽に此れを破るべき。此の二月は寺に恒例の仏事有り。我れ、『此れを過さむ』と思て、憖に生たる也」と。
弟子等、此れを聞て、貴び思ふ程に、其の月の十七日の夕に、弟子等、阿弥陀経を誦して、廻向畢て後、師、弟子等に云く、「汝等、前の如く阿弥陀経を誦すべし。我れ、只今音楽の音を聞く」と。弟子等の云く、「只今、更に音楽有る事無し。此れは何に宣ふ事ぞ」と。師の云く、「我れ心神変らず。正しく音楽の音有り」と。弟子等、是れを怪しび思ふ間に、明る日、明祐和上、心違はずして、念仏を唱へて失にけり。
「兼て音楽の音を聞く。極楽に往生せる事、疑ひ無し」となむ、人、貴びけるとなむ語り伝へたるとや。
最新の画像[もっと見る]
- 金剛頂瑜伽中發阿耨多羅三藐三菩提心論 7ヶ月前
- 一日は定光佛・熱田大明神・妙見様・天神と地神の日 2年前
- 万人幸福のしおり 4年前
- 佛説彌勒大成佛經 (全巻書き下し) 4年前
- 四国八十八所の霊験・・・その97 6年前
- 四国八十八所の霊験・・・その92 6年前
- 四国八十八所の霊験・・その89 6年前
- 四国八十八所の霊験・・・その88 6年前
- 四国八十八所の霊験・・・その83 6年前
- 四国八十八所の霊験・・・その76 6年前