日々の恐怖 5月23日 挨拶(2)
どうやら奥方は写真の周辺から動けないようで、それならば自由のない彼女か自分のことを知りたがるのは当然だと、彼は度重なる詮索に忍耐で答えていた。
しかし彼女の詮索は、次第に干渉と束縛へと変わっていった。
「 あなた、お疲れじゃない? 今日はお仕事お休みしたら?」
「 出かけないで、家にいてくださいな。」
「 ずっと私と一緒にいてよ。」
とうとう、彼も堪忍袋の尾が切れた。
「 いい加減にしろ。
お前は幽霊だからいいだろうが、生きてる俺は食わなきゃならんし、そのためには働かなきゃならんのだ。
そんなこともわからなくなったのか。
少し黙ってろ!」
そんな風に彼が奥方に怒鳴ったのは、初めてのことだった。
奥方はしばらく黙っていたが、やがて一言、
「 そう・・・・・。」
と呟いた。
そしてそれきり、彼に話しかけることはなくなったという。
「 奥さん、成仏できたんですね。
少し寂しくなったかもしれませんが、よかったですね。」
私は、心底ホッとしてそう言った。
しかし、彼は意外そうな顔をして首を振った。
「 いやいや、彼女は成仏なんてしていませんよ。
喋らなくなった分、動き回れるようになったみたいでね。
今じゃ、僕にぴったりくっついて、あちこち出歩くのを楽しんでいるみたいですよ。」
ごく当たり前のことのようにそう話す彼に、私は愛想笑いをしながら、背中に氷が走るような感覚を味わったのだった。
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