日々の恐怖 5月25日 梅の古木(1)
彼女の祖母が、まだ少女だった頃の話である。
春は名のみの、風の寒いある夕方、少女は父親から、晩酌の酒を買ってくるよう言いつけられた。
当時は入れ物を持参して、その分だけ酒を入れてもらう方法が一般的だった。
その為、一合徳利とぴったりちょうどの小銭を渡され、少女は歩いて十分程の道のりを酒屋へと向かったのだった。
酒屋までの道すがらには、一本の梅の古木があった。
大きな木だったが、年を取ると木も禿げるのか、大きさの割に花も葉も数は少なかった。
しかし毎年、近所のどの梅よりも早く花を咲かせる木だったという。
酒屋からの帰り、こぼさないよう徳利を慎重に抱えながら歩いていると、梅の古木の周辺がなにやら賑やかなのに気がついた。
まだ寒いというのに、何人かが酒盛りを始めたらしい。
つい先ほど通った時は影も形もなかったのに、宴会はすでに出来上がっているかのように賑やかだった。
「 おーい。」
そのうちの一人が、少女に声をかけた。
「 おーい、ちょっと寄っていかんか。
お菓子もあるぞ。」
お菓子、という言葉に少女の心は動かされ、ちらりと梅の木の方を見た。
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