日々の恐怖 11月6日 子供の幽霊
友人Kの家には子供の幽霊がいた。
右の頬に赤アザのある、小さい女の子だった。
歳は小学校低学年か、もしかしたら未就学児だったかもしれないというから、幼いと言っていい。
ごく普通のシャツとスカート姿だったけれど、季節を問わず、あかね色のはんてんを着ていたという。
その子はKが中学生の頃に現れるようになったそうだ。
最初に見つけたのは中廊下だった。
L字の廊下を曲がっていく背中を見たのだという。
驚いて追いかけたが、女の子は煙のように消えていた。
廊下の先の部屋も調べたが、見つけることはできなかった。
その日以降、Kの家の中では女の子がたびたび目撃されるようになった。
最初はKだけが見ていたが、そのうち家族も見るようになった。
女の子は、家の敷地の中ならどこにでも現れた。
母親の家庭菜園を眺めていることもあれば、リビングで飼い猫にちょっかいを出していることもあった。
家族の誰かがそこへ来ると、あっという顔になって物陰へ隠れてしまう。
そしてそのまま消えてしまうのだそうだ。
「 視界から外れると、消えるんだよ。」
ほんの一瞬、目を離せば、その隙に消えてしまう。
なにかの影に隠れて視界から消えると、そのままいなくなる。
そういう存在だったそうだ。
Kは躍起になって女の子を捕まえようとしたが、一度としてそれが叶ったことはなかった。
女の子は、その幼い容姿からは想像もできないほど機敏だった。
あっという顔をしてから、逃げ出すまでがとても素早いらしい。
しかもずいぶん身軽で、助走もつけずにぽんと跳ねてソファーを飛び越えて消えたことがあるそうだ。
女の子は、Kが高校三年生の時まで家にいた。
進学に合わせて上京することになり、荷物を整理していた時に会ったのが最後だという。
トイレに行って帰ってくると、自室に積んだ段ボールを見上げていたそうだ。
いつも通り、あっという顔で戻ってきたKを見た。
けれどいつもと違って、すぐには逃げなかったという。
「 俺、もうじき出てくんだよ。」
そのときは、何故だかKも捕まえる気にはならなかったそうだ。
代わりに、そんな風に話しかけた。
女の子はしゅんとした顔で、段ボールの影に隠れて、消えた。
それきり、女の子は姿を見せなかったという。
「 家族も見かけなくなったって言うんだから、いなくなったんだろうな。」
Kはそう言っていた。
そうかもしれないと思う一方、私は別の可能性も考えていた。
最初に女の子を見つけたのは、Kだった。
家族が見えるようになったのは、その後だ。
そしてKが家を去ると、家族が女の子を見ることはなくなった。
もしかしたら、Kの存在が女の子と家族を繋ぐ唯一の接点だったのではないか。
私は話を聞いて、そんなことを思い付いたのだ。
女の子はいなくなったのではなく、接点を失って誰にも見えなくなったのかもしれない。
そして今もその家で、誰にも見られないまま暮らしているのかもしれない。
女の子は誰にも気づかれずに、一人、家の中にいる。
もちろん、ただの空想だ。
証拠も確信もない。
だから彼にその思い付きは言わなかった。
「 その子、捕まえたらどうする気だったんだ?」
代わりにそう聞いてみると、Kは少し考えて、
「 名前を聞く・・・・、かなぁ。」
と答えた。
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